4.キャスター

 現場付近に到着したのは鷹志が最初だった。

 普段の服装や今も身に着けている狙撃用ジャケットと同色の、黒い5ドアの運転席を降りる。バックドアを開けて改造した後部座席に置いたライフルを手に取り、小さめのアリスパックをすぐ隣に浮いているネリーの足に引っ掛ける。

「うぐぐ」

 普段はお喋りが多いネリーだが、今はカバン掛けにされても何も悪態はつかない。緊急時なことへの配慮だろう。

「ネリー、リアクター出力四十パーセント限定稼働承認。俺を屋上まで飛ばせ」

 その証拠にマスターの指示には「了解」と素直に答えていた。

 今のネリーは普段と違って、二枚の翼を拡大するようなアタッチメントパーツが装着され、それは胴体よりも大きく元の二倍にまで広がっている。

 ネリーの表向きの飛行方法はプロペラの風力によるものだが、このアタッチメントは彼に組み込まれたを高効率で作動させるためのリアクター増幅器である。

 さらに背面に増設された強化ワイヤーを鷹志は自分のベルトに固定。

「いつでもいいぞ」

 するとネリーの翼にあるリアクターが作動し、稼働率の上昇と共にコア部の発光と共鳴音が大きくなっていく。

 狙撃用装備で重量が八十キロ以上にもなる鷹志の足元が地面から離れ、数メートル浮遊してからその勢いは増していく。十階建てビルの壁面に沿って上昇しわずか数秒で屋上へ到達すると、鷹志はそこに降り立つ。

「ダメだ、ここじゃ障害物がある。隣のマンションに移るぞ」

「鳥使いが荒いですねー」

「黙れ」と主人に怒鳴られても、ネリーはやや上昇してからその場で約十秒間平行移動を行い、主人を目的の座標に降ろす。

 鷹志は再び狙撃に問題はないか屋上の状況を確認し、目下に広がる住工混在地域を眺める。その中で、百メートル先には目標である荒川オプトロニクスがあった。敷地の全景を見渡せて目立つ障害物もない。

 事前に決めた場所なら鍵等の侵入の準備もできた。しかし今は即席で狙撃地点を選ぶ必要があったため、緊急時にしか許可が出ないシステムを使わなくてはならなかった。

 ネリーに吊るしておいたアリスパックの中から暗視双眼鏡を出し敷地を観察する。

 深夜に集合したせいか警備服だったり私服だったり姿はバラバラだが十人以上の男達が出入り口を中心に散開し周囲を警戒している。それでも優人の侵攻を妨害するには不十分だろう。

 やがて開閉式の改造荷台に一丁の重機関銃を乗せた丸雄のピックアップと、やや遅れて静音走行する優人のテスラが現場に到着した。そこで鷹志は膝射姿勢を取る。

「ネリー、気象データ読み込み」

 鷹志が今構えているのはH&K・MSG90セミオートマチック狙撃銃。

 これから行う狙撃は一時間前に比べ、距離は半分以下だが何人もの動く標的に対し連射することになる。そのためボルトアクションではなく次弾装填の手間がないセミオートのライフルを選んだ。

『突入ルート把握完了、十秒後に敷地内に侵入する。あとはフォローよろしく』

 共有通信の後、予告通り一秒の誤差もなくテスラのドアが開き、夜の闇と同色の特殊スーツを着た同僚が飛び出していくのが見えた。

 不謹慎だがこんなときは逆境を楽しんだ方が良い結果になる。鷹志は久々に修羅場の味を噛み締め、敷地内に侵入者を遮ろうと待ち構える男の足へ照準を固定した。


********************


 オーダーを通じたマコトの指示通りのポイントである脇道にテスラを停めて、優人は突入前の最後の確認をしていた。

 ナビの地図は最小化されて、画面上部には荒川オプロトニクス全景のワイヤーモデルがあり、赤い強調線でマコトとオーダーが決定した突入ルートが記されている。

 さらに画面下部には建物内の見取り図があり、本社棟から侵入し渡り廊下を進み、その先のR&D棟内部を目指すように記されている。但し、最終的なゴール地点らしきポイントには、アンノウンの表記がありデータベース内になく参照できない空間のようだ。

 それらを二度見直して頭に叩き込む。

『突入ルート把握完了、十秒後に敷地内に侵入する。あとはフォローよろしく』

 共有通信で他のメンバー達に告げてから一度の深呼吸で集中力を高める。

 ホルスターのワルサーを抜いて、時計の秒針が十回動き――テスラから飛び出した。

 侵入ルート通りに、正門とは逆の搬入口へ向かって敷地沿いを進む。

 まだ距離はあるがスーツ姿の見張りが約六人。

 奇襲もできず真正面から全員を叩くのは不可能ではないが避けたい、そう思った瞬間背後から迫ってくる車両のヘッドライトが全身を包む。

 すぐに優人を抜き去ったピックアップトラックの荷台には、三脚で固定された重機関銃があった。給弾ベルトを垂れ流し、獰猛な五十口径を搬入口へ向けつつ進んでいく。

 優人より早く捉えたそれを侵入者と見なし見張り内数人は拳銃を発泡してくるが、タイヤまで防弾対策の施されたピックアップを止めるには火力不足で、止まる様子は全くない。

 やがて荷台は自動で銃口の向きが変わり、轟音と共に巨大な弾丸を撒き散らし外壁や車輪付きの門、その後ろにある大型トラック等を砕いて蹂躙していく。

 全ての弾道が人を避けたものであった。しかし牽制効果は十分にあり見張りの四人がその場に座り込み戦意喪失していく。

 優人はその隙を活かして接近。まともに動ける残り二人の体にスパークを散らすスタンナックルを掠めるように素早く当て、倒れたのを確認せず先へと急ぐ。

 派手な銃撃音を聞きつけたのか前方から新たに四人、その中の数人は拳銃を持っている。かといって突入ルートを考えると、この四人を避けては通れない。

 強引に走破することは諦める。一体多数の状況では使い難いスタンナックルをベルトに戻し、ワルサーを再び構えて近場のトラックに身を隠すと、コンクリートの地面とトラックの車体を叩く跳弾の音がした。

 足止めされて一呼吸、すると視界の端で妙なものが過ぎった。

 もしやと察して見上げると、大地から天を貫く赤き雷光が突き進んでいた。

 おそらく二度目の照射だろう。

 それは映像で見るよりも遥かに奇怪で、胸のざわめきを掻き立てる不気味なものに見えた。

 ぐずぐすしてはいられない。

 負けじと撃ち返すが無理な姿勢では当たらず、フラッシュバンに手を掛けたときだった。

 突然、四人の内一人が絶叫しのたうち回る。それが遠距離から飛来した弾丸によるものと察したときには、すぐに第二射があり二人目も苦悶を隠せずその場で蹲る。

 その二人が拳銃を取りこぼしたため、強気にワルサーを正面に構えて丸腰の残り二人へ距離を詰めつつ連射すると脹脛と大腿に命中する。

 絶妙のタイミングだった先輩二人の援護に感謝しつつ先を急ぐ。

 突入ルート通りの本社棟に入る扉が見えてきたが、次は左側から三人接近してくる。

 位置関係を考えると先に扉を開けて入ることはできるが、その間は無防備を晒すことになるため背後から銃弾を浴びる可能性もある。応戦するにも数秒前の連射でワルサーの残弾数も少なく交換も必要。

 リターンとリスクが天秤の上で揺れ動くが、カードリーダーのLED照明が突然赤から緑になると、それまでの思考を放棄して少しでも早く辿り着くよう全力で走る。

 ノブに手が届く地点まで近付いて扉を開ける。

 そこで左肩に鈍い被弾音と強い衝撃があり体勢を大きく崩す。しかしどうにか中へ体を捩じ込んで扉を閉めると、すぐ耳元で施錠音が聞こえて一瞬の安息が訪れる。

 左肩の具合を確認するが、保護部位の多いプレーツアーマーのおかげか、運良く傷にはならず、痛みが残るだけでこの後の行動に支障は少ない。

 ただそれ以上に助けてくれたのは、新宿の地下からオーダーを操るマコトだろう。

 ロックの制御をしてくれたおかげで、今も背中の扉を叩き続けるスーツの男達を足止めしてくれている。

 しかしまだ対空レーザー照射装置を視認すらしていないため、すぐ立ち上がる。

 その後は、マコトの社内システムを利用した妨害工作によって楽に進めた。

 侵入者を阻もうと、いくつかの扉が鍵ごとこじ開けられそうでガタガタと音を立てていた。しかし余計な邪魔は入らないように優人が通らない扉が全て電子的にロックされ、突入ルートは他の区画から隔離されている状態。

 突入ルート通りに本社棟から渡り廊下、R&Dに進むと数人が待機していたが、タイミングよくマコトが室内のスプリンクラーを作動させて相手を惑わせてくれたおかげであしらうのは簡単だった。

 最後の長めな廊下を進み、ようやく目的の部屋の前に辿り着く。

『こちらアドミニストレーター』

「マコ先輩、さっきはありがとう。おかげでかなりスムーズに進めたよ」

 声に抑揚がないマコトとは関係なく、優人は自然にお礼を言う。

『それは良かった。妨害工作と同時に、レーザー照射装置のある部屋の電源をカットできないか試していたんだけど無理だった。この先の部屋は完全に独立したシステムで動いてて入口もそこ以外はない。ここから先は助けられない。きっと大勢で待ち構えてるはず』

 それを聞いて敵の目的が、自分達を守ることではなく、上空にあるFROCを破壊し続けることなのだと実感する。

『あとリーダーからの伝言。キャスターはワルサーと相性が良い、とのこと』

 確か数日前に装備保管室で同じことを言われた。

「十分過ぎる助言だよ。終わったらウィルで楽しもう」

『気をつけて』

 一言だったが今までと違いどこか温度を感じる声で、オーダーの影響下でも気遣ってくれたようにも聞こえた。それをチームリングスに所属する天使の加護と受け取る。

 最後の扉は両開きで、電子的な仕組みは何もなく通常の錠前があるだけだった。

 当然開かないが、錠前をワルサーで二連射すると壊れたのか、少し押すと動く手応えを感じた。マガジンを取り替えてグリップを握り直す。

 そして勢い良く扉を開け放ち、構えたワルサーを正面に突き出す。

 視界が一瞬の内に捉えたのは、広さが学校の体育館の半分程度はある空間。

 天井付近まで高さのある大型の天体望遠鏡に酷似した機器。

 それに――三脚で固定された機関銃が、無数に設置されていた。

 すぐに前列に設置された十台が侵入者を認識し、固定台の可動部からモーターの駆動音がして一斉に射線の調整を行う。

 優人は次の瞬間に起こる事を察し、一瞬で心臓が萎縮し思考が凍りつく。

 本能ですぐに床を蹴って後ろに下がるとほぼ同時に、フルオートで轟き続ける無数の発射音。

 自分の後ろへ通過していく銃弾に翻弄されつつも、どうにか脊髄反射で全身が動き分厚い壁の後ろへ逃げる。

 同時に銃声も止むが、一瞬で息が荒くなり足が竦んで額が冷や汗で湿る。

 今までも死の局面に陥った瞬間は幾度もあったが、これほど危険な状況は初だった。自分がこなしてきた任務の多くは諜報活動と小規模の戦闘で、訓練こそしていても戦争のような激しい銃撃戦を経験することになるとは想像もしていなかった。

 九死に一生とはこの事……そう思い込んだが、冷静になって改めてみる。

 絶対におかしい。

 なぜなら今、自分の両手両足や胴体に顔、どこにも出血どころか痛みすらない。

 十台を超える汎用機関銃によるフルオート射撃が一秒以上続いたため、銃弾の数は百発以上。それにも関わらず自分の体を避け、銃弾が全て通り過ぎていくなど天文学的確率だ。プレーツアーマー内の防弾プレートに着弾しても痛みは残る上、露出した顔面は無防備。

一体何が――と原因を考え出そうとしたところで自然と首が動く。

 優人はゆっくりと首を動かし左上腕を見た途端、目を奪われた。

 そこには陽香から受け取ったキャスターがある。金属フレームの外殻に覆われた内部に楕円形の水晶部があり、その中心には微かな燐光が浮かんでいる……普段なら。

 今は宝石のような小さい輝きと違い、眩い緑色の放射光を発生させていた。

 それは、一ヶ月前にワルサーの弾丸が纏っていた翡翠色のオーロラを彷彿とさせるもので、キャスター自体の意思すら感じる輝きだった。

 刹那的で疑わしかった今までとは違う現象。

 キャスターの正体や原理がわからなくても見ているだけで、優人は緊張感が消え去り穏やかな感覚にさせられた。それは同じ超常的な現象でも、上空の赤いレーザーとは違い幻想的ですらあったからだ。

 しかし第三射を阻止しなければならず、その輝きに長くは見惚れていられない。

 現実に思考を戻す。

 銃弾の雨を掻い潜って全ての銃器を無力化する必要があるが、その力がキャスターにはある。

 恐れを捩じ伏せて扉を開け、部屋の中からこちらを狙う銃器へ、左腕の肘まで晒す。

 すると再び一斉射撃が始まるが、腕に命中するはずの銃弾は次々とその直前で何かに弾かれて軌道を変えていく。それは、見えない壁に阻まれているかのようだった。

 一秒程度その状況を確認してから腕を戻す。

 仕組みはわからなくともキャスターに頼れば、銃弾を回避できるだろう。

 但し不安要素はある。短時間なら機能するが長時間の弾幕には耐えられるのか。もし大口径や貫通力の高い弾丸を使われたら防げるのか。しかし検証する時間はない。

 あとは心構えを済ませて突入するだけだった。

 すると突入前に聞いた陽香の言葉が自然と浮かんできた。

――キャスターを信じなくても、あたしの言葉を信じて

 言葉にはしなかったがこんな世界で優人が最も信じられるのは、他でもない彼女だった。

「僕の命を預ける。だから、頼むぞ」

 挨拶変わりに、キャスターの外殻フレームをワルサーのフロントサイトの先端で小突いてからすぐにカウントを始める。

 3、2、1、祈りを込めてワルサーのグリップを強く握り……0。

 扉を開け放ち、前列と後列に配置された多数ある銃器の中央を目指す。

 中央に飛び込めれば同士討ちさせられると考え、まずは乱戦に持ち込み圧倒的不利な状況を切り返すことが先決だと優人は判断した。

 しかしそれには、秒間百発以上の弾幕に身を晒すのすら狂気の沙汰だが、さらに迫り来る銃弾へ真っ向から突撃する必要がある。

「うおおおおお!」

 前列の機関銃から次々と発射してくるが、恐怖を叫びで掻き消し構わず突き進む。それはキャスターが無ければ物理的に不可能な行動だ。

 優人の眼前では、薄い翡翠色の防護膜が展開されている。

 数十センチ手前まで銃弾が迫ると、その箇所に濃緑の粒子が集中し次々と逸らしていく。

 優人はすでに仕組みを理解することは諦めている。ただこれが無ければ、すでに凄惨な姿に成り果て人の原型を残さず破壊されているのは間違いない。

 翡翠色の防壁頼りに走り続けて、最も距離が近い機関銃まであと数メートル。

 ワルサーの銃弾は命中しやすいように、機関銃の列が一直線上にある場合に温存。

 キャスターのある左肩を前面に押し出し、そのまま最も近くにある機関銃の銃口を蹴り飛ばす。すると三脚から外れ、高く宙を舞って残弾を打ち尽くした後、何もしなくなる。

 これで一方的に銃撃を受ける状況ではない。

 しかし他の銃が三脚の上で回転しこちらを狙ってくる。ただ優人は、全ての銃器が同じ規格のケーブルで三脚と繋がっていることを見逃さなかった。

 おそらく自動射撃を行う制御装置だろう。

 走りながら前列左半分に並ぶ機関銃と三脚との接続部を狙い、ワルサーで撃ち落としていく。

 すると五連射した弾丸全てが狙った箇所に命中、五台分の無力化に成功する。

 優人は定期的に射撃練習をしていたが、普段ならそんな芸当はできないだ。しかも走りながら命中させるなど、スナイパーである鷹志でも不可能だろう。

 今の射撃は明らかに、一ヶ月前の工事現場と同じキャスターによる弾道の誘導がされていた。

 しかし無力化すべき機関銃はまだ他にもまだ十台以上ある。

 掃射される弾丸をキャスターの防壁でやり過ごし、ワルサーのマガジンを交換しながら後列と前列半分の中央に向かう。

 すると想定通り、優人は翡翠色の防壁に守られながら、機関銃は同士討ちする形となって次々に破損していく。

 無数の跳弾が甲高い音を立てて飛び交う状況で、比較的残っている後列右側をキャスターの弾道誘導まかせにワルサーで一台ずつ確実に落としていく。

 振り返れば残る機関銃は五台程度、あとは焦らず潰していくだけと思ったとき――左肩を揺さぶる突然の衝撃。

 優人は翡翠色の防壁に守られていながら、全身がやや浮き上がり肩幅分押し込まれる。

 これまでの銃撃ほど連射速度がない代わりに威力は上、突入前に危惧していた大口径の弾丸による銃撃だろう。

 幸運にも防壁を貫通しなかったが、一発でも被弾を避けるためすぐに駆ける。

 銃列の処理に集中していて、フロア内の二箇所から装甲板らしきものを盾に砲身が突き出ていることに気づかなかった。機器類でカモフラージュもされ、即席の砲塔になっていた。

 優人はすぐに二箇所ある内の一つを目指す。

 そこで一つのアイディアが浮かぶ、キャスターは銃弾以外も誘導できるのか?

 距離が近い砲塔へ走りつつ一瞬振り向き、逆側の砲塔へ狙いを定めて大腿部のケースにあるフォールディングナイフを投げる。

 本来なら無駄に武器を捨てただけで、神頼みの域を出ない無意味な行動だ。

 まさか当たるわけがない……と思ったが、ナイフが機関銃に突き刺さる鈍い音、続けて操作していた人間の叫び声が、背後から聞こえてくる。

 信じたくはない。

 学んできた戦闘訓練の常識が覆ってしまうからだ。

 そんな結果に戸惑うが、すぐに目指していた重機関銃の射角外に入り、勢いを乗せ力任せに砲身を蹴り上げる。すると重機関銃は吹き飛ばされた衝撃で弾詰まりになり、機関部からけたたましい異音が上がる。

「たっ、助けてくれ」

 装甲板の奥に男が一人、重機関銃を撃っていた人間に違いない。

 ホールドアップしながらガタガタと口元を震わせているが、無理もない。

 もし一般人なら、機関銃で攻撃しても無傷な人間を前にして平常心を保てないだろう。

「悪いな」

 一言だけ声を掛け、放電状態にしたスタンナックルを男へ放り投げてからその場を離れる。

 銃列に残る機関銃も全て弾切れを起こし銃撃は全て収まった。あとはレーザー照射装置を止める方法を探そうとしたが、

「うわああああ!」

 ナイフの投擲で無力化した砲塔の方から、別の男が叫びながら向かってくる。

 ただ自暴自棄で刃物も銃も持たないなら――という浅はかな思考は、男が両手で抱えている手榴弾を見て吹き飛ぶ。

 左手でレバーを抑えた状態で手榴弾本体を持ち、右手で安全ピンを、今引き抜いた。

 明らかに自爆覚悟の特攻に対し、どう対応するべきか。

 仮に至近距離で爆発してもキャスターに頼れば防御できるかもしれない、自分だけは。しかし手榴弾を両手でしっかり持ち、突進してくる男はまず助からない。

 優人は一瞬で結論を出し、爆発までの時間を少しでも縮めるために男へ向かって全力で走る。

 相手が逃げることはあっても逆に向かってくるとは想定外だったのか、男は驚愕する。

「ふんっ」

 それがチャンスとなり、まずは手榴弾を握る男の腕を全力で叩き落す。

 プレーツアーマーによる筋力強化とキャスターの力が合わさり、男の右腕は骨と筋肉が砕かれる鈍い音を立て歪む。

 頼む、まだ爆発するな。

 右腕からこぼれ落ちた手榴弾を手で掬い、そのまま天井へ向けて全力で投げる。

 すぐに腕を抱えて倒れ込む男を庇い、左腕のキャスターを盾にする要領で構える。

 すると床から数メートルの地点で、手榴弾は白い閃光を上げて爆発した。破片は銃弾と同じようにキャスターの防壁が退けるが、爆風は優人を床に叩きつける。

 優人は頭のふらつきが回復してから身を起こす。

 すぐ隣で倒れている男は意識を失っているが、外傷もなく呼吸はしているためひとまず安心するが、そこで異変に気づく。

 リフトの上にある照射装置から、コンプレッサーらしき低い駆動音が徐々に大きくなっていく。対空レーザーの第三射であることは間違いない。

 再び切迫してきた状況に焦り、すぐに立ち上がりリフトの元に行く。

 しかしレーザー照射装置は全ての面が金属に覆われていて、停止するために操作パネル等が見当たらず、どうすれば良いかわからない。

 止める手立てが無いため本体ではなく周囲を見回すと、フロアの隅に装甲板で囲まれた部屋のような場所があった。

 ノブをワルサーのグリップで叩き落とし、無理やり中に入る。

 そこには数台のPCやハードウェア、照射装置のパーツらしきものが積まれていて、中央には一人の男がいた。待ち構えていたように椅子に座り、入口に立つ優人を見ている。

 建物の外にいた武装した男達とは違い、線も細く弱々しい。

「あっ、あんたっ」

 しかし優人はその男の顔に見覚えがあった。

 駆け寄り乱暴に男のシャツの襟を掴み上げる。そのまま背後のスチールラックへ体を押し付けて、鼻先が当たるほどの至近距離で睨みつけるが、多少手足が震える程度で大きな動揺は無かった。

「久しぶりだな、少年」

 一ヶ月前の工事現場で一度は捕らえたが、青白い光を放つ《光の柱》発生装置を自爆させて逃げていった、あの時のリーダー格の男だった。

「あれを止めろ、今すぐだ! でなければ……」

 ワルサーの銃口を横から首に突き付けて要求するが、男は乾いた声で笑う。しかし覇気は無くとも勝ち誇ったような含みがあった。

「わたしを殺すかね? 無駄だな、それこそあれを止める方法がわからなくなる。それに君達は意味のない殺傷は禁止されているはずだ。この偽政者どもめ」

 嘲笑を続ける男を突き飛ばし、優人はリフトに載った照射装置の前に戻る。

 照射口に当たる部位にはすでに赤い光が宿り始めていた。

 リフトを破壊できれば対空レーザーの発射は避けられるが、おそらく装置自体より頑丈だろう。爆薬の一つでも持っていれば良かったと後悔する。

「もう外部からのアクセスは通じない。不安要素はこの区画ごと木っ端微塵にされることだったが、君がここに来るということはできないんだろう。いや許可が出ないだけかな」

 残り時間も少なく、男の言葉に苛立っている場合ではない。

 唯一所持している装備で破壊が望めるのは……キャスターだけだろう。しかし把握している機能は銃弾を避ける防壁だけで、他には何も知らないも同然なのだ。しかしこの場で解決を望めるとすれば、未知数の要素を含むキャスター以外にはない。

 神頼みしかできない歯痒い思いで、右手にあるワルサーを見る。

 拳銃程度の弾丸では致命傷を与えるのは無理だが、せめて悪あがきでも何もしないよりは良いだろう。リフトの上にあるレーザー照射装置へ狙いを――そこで思い止まる。

 これは果たして、本当にただの悪あがきだろうか?

――キャスターはワルサーと相性が良い

 数日前に陽香から数分前にマコトから、それぞれ聞いた言葉とこれまでキャスターが起こしてきた超常現象を合わせれば、無鉄砲ではない気がする。

 通常は利き腕での右手でグリップを握るが、今に限っては左手に持ち替える。なぜなら左上腕にキャスターがあるからだ。

 根拠や論理など無い、ただのオカルトの域を出ない願掛けだ。

 エージェントとしての堅い志を解いて、自然体の真心になるように意識する。

「お前には何度も助けられた……信じるよ。だから今一度僕に力を貸してくれ」

 キャスターにだけ聞こえるように小声で囁き、左手で持ったワルサーのアイアンサイト越しに目標を凝視する。

 すると優人の願いに呼応するように、キャスターの緑色の放射光がこれまで以上に強くなっていく。さらにその輝きと共に、甲高い共鳴音も連動していく。

 それはレーザー照射装置が発する赤い光と低い駆動音に対抗しているかのようだった。

 やがてこれまでにないほどはっきりと見える翡翠色のオーロラが現れ、優人の左腕を渡ってワルサーの銃身にまとわりついていく。そしてグリップより上の部位を全て覆うと、最後の手順を乞うかのようにオーロラが点滅し出した。

 そんな自分を導くような神秘的な光景に身を任せ、優人はトリガーを引いた。

 圧縮された未知のエネルギーが7.65ミリ弾と共にバレル内から目標へと打ち出される。

 通常の射撃なら手元に軽い反動が残る程度だが、大砲の如き凄まじい風圧が上半身に返ってくる。その後、火花を散らすか軽い損傷を与える程度の拳銃弾が、装置表面の金属を穿ちそのまま内部構造を突き破って空へと抜けていく。

 するとCPUが載った電子基板を貫かれて正常な制御を失ったのか、照射部から赤い発光が消えていく。やや遅れて小規模だが連鎖的な爆発、やがて行き場を失った余剰エネルギーが大きな爆発が周囲に響かせると、駆動音も徐々に収まっていく。

 対空レーザー照射装置は完全に沈黙した。

 するとキャスターからワルサーへと伸びていた翡翠色の光の残滓が、少しずつ密度を失いやがて幾筋もの弧となり、最後には役目を終えたように消えていった。

 一般論の範疇を超えた不思議な現象と任務達成の影響で妙な浮遊感に包まれるが、すぐに現実を思い出し成すべき事をする。

「こちらアタッカー、目標の機能停止に成功した。中には銃器で武装した者が二人いたが起き上がる気配はない。それとは別に主犯格の男が一人いる」

『そう……うん、よくやったわ。もうすぐ第四管理部隊と調査班が着くから、待っててね』

 陽香は話し足りなそうだったが余裕が無さそうにすぐ通信を打ち切る、きっとやることが山ほどあるだろう。なら自分も油断せず最後まで役目を全うするべきだ。

「もうすぐ身柄を確保する班が来る。少し待て」

 一ヶ月前は安易に逃してしまった結果、確保すべき目標を自爆させてしまった。だから今回は最後までしっかり監視を怠らない。

 念のため再びワルサーのマガジンを取り替え、今もスチールラックの前に立つ男へ狙いをつける。

「見立てではあと数秒でレーザーを撃てた。さっきのはなんだ? あれは拳銃程度でどうにかなる設計ではなかった。それに君には50口径の弾丸すら通じないようだな」

「誘拐犯に答える必要はない」

 この男は友人である由梨を攫った。無事に返したとしても、許せるようなことではない。

「あの女子に対してはやり過ぎだった。今更言い訳だが、あれは部下が勝手にやってしまったことで、一ヶ月前に君に『解放しろ』と言われたときは何のことだかもわからなかったのだ。本当に悪いことをした。囁かな金額だが家族にもお詫びをさせてもらったよ」

 悔やむように語るが、過失は認めた上で男は優人に屈する様子はない。

「ところで正式な呼び方は知ならないが、世間では《空飛ぶヒトデ》と呼ばれているらしいな。我々が撃ち落としたやつのことだ。あれはどんな仕組みで飛んでいるんだ? しかも光学迷彩の機能もあるようだが?」

 必要以上に会話は禁物、しかも秘匿度がかなり高い内容だ。

「黙りを決め込むか……ならいい。ここからはわたしの独り言だ。まあ、聞いててくれ」

 開き直って力無い様子だが、まだ意思を失っていない眼差しで男は話し出す。

「わたしは今日までテクノロジーの業界で働き続けてきたし、社会の上層を窺えるまでの地位も得た。だからわかる。政府はあの《空飛ぶヒトデ》といい、君が持つ装備といい、オーバーテクノロジーを隠している。詳細はわからないが他にも、君達はどんな情報端末でも乗っ取ることができるノウハウを所持しているはずだ」

 思ったより機密を把握していることに驚くが、表情には出さないように努める。

「その隠された謎を解き明かしたかった。そして可能ならそれを世間へ公表したかった……今となっては叶わぬ夢だがね。しかし目標の最低限はクリアできたよ。あれを見たまえ」

 並んだデスクの奥にあるディスプレイを左手の親指で示す。

 その画面は上空を映したもので、対空レーザーの目標となっていた箇所だろう。

 落下するFROCによって雲が掻き分けられ、その奥には――空ではなく、灰色の人工物が浮遊している。

 大きさは直径十五メートル級のFROCの比では無く、優に百メートル以上の幅はあり長さに関しては雲に阻まれて把握できないほどだった。

 それは優人達が一般社会への認知を絶対に阻止しなければならない《リング》と呼ばれるものだった。

「映像とはいえ、あれを見るのは初めてだよ。やはり仮説は間違ってなかった。最低限、あれの存在を確かめたかった。できれば肉眼でもはっきり見えるぐらいにはしたかったがね」

 腐った声で話し続けていた彼の眼に意思が蘇ったかのようだった。しかしそれは妄執に取り憑かれて暗いものだった。

「異常だとは思わないか? 自分達の頭上にはこんなものが浮かんでいるのに、巧妙に隠されている。住む世界に大きな偽りがあるのにみんな何も知らない」

 それは今まで考えずに封じていたこと。

「誰もが騙されて生きているこんな世界が、間違っているとは思わないか?」

 怖いのではなく、社会の裏仕事をこなす上では考えない方が上手くいくと思ったからだ。

「わたしは自分なりの正義に準ずる行動した。後悔はない」

 自分にも正義はある。だからこそ一ヶ月前に独断専行とわかっていながら行動したのだ。

「君はこんな状況が正しいと自信を持って言えるのか?」

 すると男の表情が、積怨によって憎悪に満ちたものへ豹変していく。

 一ヶ月前の工事現場でも見た、敵意を剥き出しにした炯々たる眼光が瞳に宿っている。

 気圧されてはいけない。

 顔を見ないように視線をワルサーに移すことで、表面的な体裁だけはなんとか取り繕う。

「御託はいい。被害が出るとわかっていながら、あんたは《空飛ぶヒトデ》を落とした。あれが落下した場所に住む人達のことを蔑ろにしたお前に、理想を語る資格は無い」

 正論であり決して間違ってはいない。

 厭世的で偏った思想の者へはこんな答えで良いはずだ。

 但し、それは男の問い掛けの本質を避けたもので、言葉を潰すだけの返事である。フェアに考えれば逃げですらあると優人は自ら悟ってしまう。

「この偽政者達め!」

 その後すぐに調査班や別部隊の応援がやってきた。

 出入り口が一箇所しかない部屋で作業が円滑には進まない状況だったため、優人も後処理を手伝うことにした。具体的には、破損状態の対空レーザー照射装置の回収、気絶している男の拘束や手当等である。

 そんな騒がしい中、リーダー格の男も拘束されて移送されていく。

 優人は離れた位置からその様子を伺うが、男は視線に気づいて見返してくる。手錠を付けられた状況だというのに、最後まで侮蔑の笑みを浮かべて優人を見ていた。

 気にする必要はないと理性ではわかっている。

 それでもなぜか男の言葉と表情が印象的で、しばらく脳裏から離れずにいた。

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