第3話 光溢れる春の国

 差し込む光は穏やかで、辺りには一面の花々が咲き誇る。人々は皆淡い色合いの服を着て、互いに微笑み寄り添い合っている。

 サーカス団は春の国に到着した。


「さあさあ、今日中にテントを完成させるんだ!」


 リーは張り切って杭を打ち、レンフィールドとジャックは汗を光らせながら丸太を運ぶ。マリーは小物のメンテナンスをして、アーサーは鏡を念入りに磨く。アカネとルーシーはジョナサンと共に町へと繰り出しチラシを配る。

「さあさあ、今年もまたこの国にサーカスがやってきたよー!」

 普段は帳簿とばかり向き合っているジョナサンが、いきいきと人々に声をかけチラシを渡していく。アカネはグラスをかけてパラソルをさし、ルーシーと一緒にくるくると踊る。興味を持った人たちが集まって、次第にそこは小さな舞台となる。


「お嬢ちゃんたち、可愛いねえ。」

「どこのサーカス一座なんだい?」


 春の国の人はとても親切だ。アカネグラスにも何も言わずに、踊りを誉めてくれる。いつしか音楽も重なって、その踊りの輪はどんどん広がっていく。


 ヴァンは図書館の帰りに、その輪に遭遇した。いつもなら穏やかなはずの町がやけに賑わっている。一体何があるのだろうと人ごみをかき分け、その中心へと足を進める。気になったことは何でも追求したくなる、そんな好奇心がいつも彼を動かしていた。

「サーカスだって、楽しそうねえ。」

「明日からだって。ママ、行ってもいい?」

「もちろんよ。毎年この時期になるとこの人たちはやってくるのよ。」

 サーカスなんて、見たこともない。ヴァンは幼い頃から家と学校と図書館を行き来するだけの日々だった。特にこの時期はサクラの花が見頃になる、そのせいで町に行くよりは森で本を読むことが多かった。サーカスとは、どんなものだろう。

 人々が手にするチラシを、自分も受け取ろうと足を進める。その時、くるくると回る少女の異様さに驚いた。日よけなのだろうか、黒いグラスをかけてパラソルを持ったその少女の肌は不気味なほど青白く、その髪は黒々と輝いていた。一瞬身を引きそうになるものの、活気溢れる人の波に背中を押され少女の前へと立ちすくむ。

「あなたも来てくださいね、どうぞ。」

 思いのほか優しく手渡されたそのチラシよりも、彼の目は少女に釘付けだった。

「どうかした?」

 少女の隣で歌をうたっていた別の少女に声を掛けられ、ヴァンはくしゃりとチラシを握ると真後ろを向いて歩きだした。

「へんなの。」

 アカネは自分と同じような、しかし色のないグラスをかけた巻き毛の少年の後姿を見てそう呟いた。


 家につくなり、ヴァンは部屋中の本棚をひっくり返した。彼の頭の中にはある一つの可能性が浮かんでいた。片っ端から本を開き、その可能性を探し出す。そしてすべての本を探し終えた後、彼の父の書斎へと向かい同じように荒らした。

「どこかにあるはずなんだ、あの肌、あの髪…。」

 そして太陽の光を嫌うあの生き物。物語の中にしか存在しなかったとされるその生き物は、太陽の光を嫌い、夜に生き、人の生き血を吸っては永遠の命を生き永らえる。

「あった!」

 その項目の内容をしっかりと頭に叩き込み、ヴァンはチラシに描かれたあの少女の肖像をまじまじと見つめる。明日この目でしっかりと確認しなくては。そう決心した少年はその本を小脇に抱え、彼が尊敬する祖父の家へと向かう。


「ねえねえルーシー、こんどのお休みの時に髪飾りを買ったお店に行きましょう。」

 寒く重苦しい冬の国とは対照的に、ほかほかと暖かい春の国は過ごしやすい。ひとしきりチラシを配り終えたアカネは、そうルーシーに提案した。

「そうだね。この花のことも知りたいし…。」

 テントの完成は夜になりそうだ。小屋に向かって歩いていても男たちの唸り声や杭を打つ地響きが伝わってくる。

「それに、この国は書物がとても充実しているの。図書館にも寄りたいわ。」


 無事に初日の幕も開き、しばらくして待望の休日が訪れる。休日はうんと睡眠をとり、やっとアカネが目覚める頃にはいつも誰もいない。しかし、外に出掛ける日だけはいつも違っていた。

「アカネ、おはよう。今日は気を付けて行ってくるんだよ?」

「わかってる。」

 リーに念入りにヘアアレンジを施されたアカネは、今日は以前春の国で手に入れた淡い桃色のワンピースを身に纏っている。それはまるで花の妖精のようで、嗚呼!と遠くで雄叫びをあげている父を無視しながら娘はさっさと階段を降りる。

「アカネ、いこう。」

「うん!」

 同じような水色のワンピースを着たルーシーに手を引かれ、アカネはパラソルをもう片手の手に持ちゆったりと歩く。

 爽やかな春風が心地よい。ルーシーは冬の国の生まれで、その国に花は咲かない。そのせいか、春の国に来るといつもご機嫌だ。いつも眠たげな彼女から想像もできないほどの沢山の言葉が出てくる。

「これはスズナ、こっちがスズシロで…。」

 今もこうして見たこともない花の数々をアカネに教えてくれる。





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茜の不思議サーカス団 陽花紫 @youka_murasaki

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