CHAPTER 17


「バ、バカな、こんなバカなことがあるかッ! 我が精鋭の六戦鬼が、こんな奴らにィッ……! こっ、こうなれば貴様だけでも始末してくれるッ! ABG-00、やってしまえぃッ!」

『ギギギィイギィッ!』


 GRITグリット-SQUADスクワッドの奮戦により、機甲電人オートボーグ六戦鬼ろくせんきは壊滅状態。一度は戻って来た兵士達も、ついに1人残らず完全に退散してしまった。


 それでも大臣は諦めず、何度でも立ち上がって来る最大の障壁――CAPTAINキャプテン-BRAEDブレッドに、六戦鬼最強の鉄人を差し向けていく。

 その巨体にモノを言わせる、全体重を乗せた斧による斬撃が、再び彼を襲っていた。


「――安物め」


 だが。すでに、その一閃を見切っていた彼は――構えていた盾を僅かにずらすと、刃の腹に沿わせるかのように受け流してしまう。

 一瞬のうちに斧をいなし、懐へ飛び込んだ彼は――両肘の噴射機構ジェットを全開にして、その推力を活かした鉄拳を放った。


BREADブレッド-SMASHスマッシュッ!」


 その叫びと共に、瞬く間に築き上げられたアッパーカットが、鉄人の下顎に炸裂し。その衝撃で宙に浮き上がった鉄人の脳天に、2撃目の拳が突き刺さる。


『ギャギッ……ギッ……!』

「え……ABG-00……? どうしたというのだ……!? た、立て、立ち上がれ! 貴様、なぜ立たんッ!? 貴様ら『六戦鬼』に一体、いくら支払ったとッ……!」


 その2連撃で頭脳部を破壊された鉄人は、轟音と共に墜落し――瞬く間に動かなくなってしまった。大臣は鉄塊と化した鉄人に向け、焦りを露わにしながら怒号を飛ばし続けている。


 だが、唾を飛ばしながら狼狽える主人に対し、鉄人が応えることはもうない。頭部がひしゃげている鉄人はすでに、自律機能を完全に破壊されている。

 その頭部から覗いている、内部の機械。そこから飛び散る火花が、彼が放った2連撃の威力を物語っていた。


 ――全ての戦闘改人に等しく搭載されている、両肘の噴射機構。彼はその推力を活かした拳打を、弛まぬ「鍛錬」と自らの手による「改造」で、「必殺」の威力まで練り上げたのだという。


 それは、プログラムされた能力しか発揮し得ない機甲電人には、決して辿り着けない境地なのかも知れない。

 例え体の一部が機械でも、人間としての心を持って戦うことのできる、戦闘改人にしか……成し得ない、強さ。


「……2121年現在、機甲電人のモデルはABG-06までリリースされている。ABG-00がロールアウトされたのは、2102年」

「ぬ……!?」

「どこでこいつらを買ったのか、いくら払ったのかは知らんが……随分と古いモデルを掴まされていたようだな」

「き……聞いてない……聞いておらんぞ……! こ、こいつさえ手に入ればこの国を支配できると言われたから、儂はABG-00を、機甲電人六戦鬼をッ……!」

「貴様のような男が官僚にいる限り、遅かれ早かれこの国は混乱していた。……貴様の謀反は貴様自身を排除する、いい機会だったのかも知れんな」

「そ、そんな……!」


 一方。宮殿のバルコニーから彼を見下ろす大臣は、顔面蒼白になりながらオロオロと辺りを見渡していた。


「そ……そうだッ!」

「……」


 やがて、何かを思い立ったかのように顔を上げると、大急ぎで踵を返したのだが――その眼前まで彼が跳び上がって来る方が速い。さっきまで外にいたはずの彼が目の前に現れ、大臣は腰を抜かしてしまう。


「ひ、ひひぃっ!?」

「国王と王妃を人質に……か。作戦としては悪くないが、切り札が壊される前に動くべきだったな」

「た、た、助けてくれ! そっ、そうだ、お前を雇ってやろう! いくら欲しい!? 戦闘改人なら、メンテナンス費用が要るはずだ! その資金をワシが援助してやるぞぉ! いいや、いっそもっと強力なボディに買い換えてやってもいい!」

「……」

「約束する! 儂が異世界に渡り富を築いた暁には、お前にもお零れをくれてやろう! 悔しくはないか!? あの20年前の旅客機事故で多くの命を奪った、ホナミ家の女が今や異世界の皇后なのだぞ!? 奴の待遇を快く思わぬ連中も少なくはないのだ! ゆくゆくはそいつらも味方に付け、セイクロスト帝国を揺さぶることも出来ると儂は考えておる! どうだ、儂と組まんか!? お前もあの事故を知っているのなら、許せんと思うだろう!? 何もかも毟り取ってやりたいと思うだろう!」


 彼はあくまで冷静な佇まいで、淡々と降伏を迫っている。一方、腰を抜かしている大臣は、両腕を振りながらなんとか彼を説得しようとしていた。


 ――ハナ・ホナミ・セイクロスト。

 かつて旅客機事故で甚大な被害を出し、多くの人命を奪ったホナミ家出身の人間でありながら、異世界との繋がりを持った唯一の地球人にして、あのテルスレイド・セイクロスト陛下の妃でもある女性だ。

 没落した名家の娘として虐げられていた人生から一転し、世界中から注目を集める異世界との架け橋となり、今やそのシンデレラストーリーのような生い立ちもあって、絶大な人気を博している。同じ姫君でも、東欧の小国で静かに暮らしていた私とは、何もかもが正反対な人物だ。


 けれど、20年前の旅客機事故で多くの命を奪ったホナミ家の人間であることに変わりはない。異世界との交流を保つ地球側の代表として全世界から支持されている一方で、彼女を妬み、憎む人々も決して少なくはないのだ。

 大臣は、そこから彼を引き込める可能性に賭けたのだろう。


「……思わん。それに結城あいつは、お前のような男など相手にはしない。絶対にな」


「ひっ――ぎゃあぁあぁああッ!」


 だが彼は、全く取り付く島もなく。勢いよく盾を振り下ろし――大臣の股、の近くに突き刺してしまった。

 それでも大臣にとっては、殺されるほどの恐怖だったらしい。口から泡を吹き出し、白目を剥きながら、気を失っている。


 その光景を目の当たりにした今――私はようやく戦いの終わりを確信し、彼が無事であることに胸を撫で下ろしていた。

 CAPTAIN-BREADと共に、満身創痍になりながらも六戦鬼を打ち破った、GRIT-SQUADのメンバー達も。兵士達から私を守り続けていた、VAIGAIヴァイガイ-MANマンも。多くを語ることなく笑みを零し、激闘の夜明けを迎えている。


 山を越え、天へ昇り、私達を照らし始める朝陽の輝きが――このクーデターの幕引きを示しているかのようで。光を浴び、煌めきを放つCAPTAIN-BREADの鉄仮面は、神々しさすら滲ませている。


「……っ」


 そして私はとうとう、最後の最後まで見ているだけであった。飾り同然の蒼い光線銃を抱いたまま、何も出来ず。

 1ヶ月も一緒に旅していながら――本当に、最後まで。私のために戦い続けた彼の背中を、見守るだけだったのである。


 ――彼は見抜いてしまっているのだろうか。今、私の胸に在る切なさも、甘い高鳴りも――。

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