英雄たちとの遭遇(改訂版)

カツオシD

英雄たちとの遭遇

「宇宙船カリエトは現在、減速してネオアースから、わずか100億キロ付近を航行中。(地球から土星までの距離で15億キロ)まもなく乗員はコールド・スリープを終えて、一ヶ月後にはこちらに到着すると見られます」

 航宙局・分析官の言葉に会議室はどよめいた。

「ついに我々は六百年前の英雄と対面できるのか」

 行政長官である私のみならず、誰もが感慨ひとしおだった。


 カリエトは2115年、人類がまだ火星や木星の衛星エウロパの海に都市を築いている頃、大いなる夢を抱く若者52名と移住に必要な機材、数年分の食料、低温で超長期保存できる特別な植物の種、数々の動物の冷凍受精卵及び人工子宮(ex-vivo uterine environment) を乗せて11光年離れた地球型惑星Aq77Cに向け、二度と帰らぬ旅に飛び立った初めての恒星間宇宙船だ。

 ワープ航法も夢でしか無かった時代、複数回のスイングバイ航法を用いて太陽系を脱出し、当時としては最高の出力を持ったイオンエンジンでを光速の約1/52にまで加速して六百年をかけて目的地に到達するという、壮大な計画に基づいて送り出された大冒険時代の宇宙船なのだ。

 だが残酷なことに、宇宙工学の進歩は彼らの勇敢な試みをさほど意味のないものに変えてしまった。

『戦争はテクノロジーに革命をもたらす』という格言通り、タイタンの権益を巡る紛争(2175~2191)中に開発されたワープ航法によって、人類は銀河系内のあらゆる宙域に探査船を派遣する能力を持つに至り、その結果ネオアースと呼ぶにふさわしいキャパシテイを有する、Aq77Cへは新たな植民船団が編成された。

 2203年、7機の宇宙船で構成されたコンボイは、先に旅立ったカリエトを理論上は安々と追い抜き、わずか数ヶ月で目的のAq77Cに降り立った。


 それから五百年余り、Aq77Cの開発は順調に進み都市が出来、森が生まれ、生命の痕跡すら無かった海には地球から運び込んだ幾多の海洋生物が爆発的に繁殖した。

 Aq77C改めネオアースは文字通り、第二の地球として歩み出し、新たな宇宙開発の拠点となって今も繁栄し続けている。


 勿論、人類は勇敢な冒険者達を乗せたカリエトを忘れたわけではなく、回収すべきかどうかの議論はされていた。しかし仮に回収が決定したとしても、カリエト船体に起きたであろう何らかのアクシデントにより、その航跡と現在位置が数百年間も不明となっていた。広い宇宙で初期軌道を離れた宇宙船を見つけるのは、現在においてすら至難の技なのだ。

 ところが数ヶ月前、個人所有の小型宇宙クルーザーによって、カリエトが発見されたという情報が宇宙局に入った。その位置は、我々の住むこのネオアースから900億キロ離れた辺境の宙域だった。

 小型宇宙クルーザーから送られてきた映像の分析によると、カリエト船体は隕石による破損でかなり損傷を受けていたが、一見したところ居住空間自体は問題がなさそうだった為、コールドスリープ中の乗組員を起こさぬよう、派遣されたパトロール船が寄り添う形で見守ってきた。

 そのカリエトがもうすぐこの地に降り立つのだ。これはネオアースのみならず、はるか11光年離れた人類の母性・地球においても大ニュースだった。

 ここで、ふと我々はカリエトに乗る六百年前の英雄をどう処遇したら良いのかという問題に直面した。

「彼らがもし、この発展したネオアースを見たら驚愕するんじゃないか?」

「おそらく宇宙船がUターンして地球に戻ったと感じるだろうな」

「いやそれよりも事実を知った時の虚脱感が大きいだろう。そのあたりのケアが重要だ」

なにせ彼らが飛び立ってから、数年後に開発されたワープ航法によって、彼らが人類で初めて降り立つはずであったAq77Cは今や人口30億人の賑やかな惑星に変貌している。

 つまり本来、彼らが得るはずであった栄誉も、自らの手で0から開発をしていくという、生きがいも無くなってしまった。もし我々が彼らの立場であれば、夢の為に全てを捨てた六百年間は何だったのかと怒り、その虚しさゆえに落ち込むのではなかろうか。

「彼らをネオアースの砂漠地帯に誘導し、そこで初めての開発という夢を見てもらってはどうか」などという、バカげた意見も出たが、六百年前の技術でもドローンを使えば星の隅々まで見渡すことも可能で、本当の事が分かった時点でバカにしているのかと激怒するだろう。

 そこで……、

 ここは正直に人類初の恒星間飛行を成し遂げた英雄として、その業績にふさわしい地位と生活基盤を与え、本を執筆してもらったり、銀河テレビに出演して頂いたりして栄誉を称えるのが良いのではないかという結論に達した。


 一ヶ月後、我々は万全の体制を整えてカリエトを待った。六百年前の資料からカリエトがAq77Cのどの地点に降りて来るのかだけは分かっていたので、その付近にあった数軒の農家と耕作地は立ち退いてもらう準備もした。

(なおこの時、『着陸地点が田舎で農家しかないから良かった。これが首都付近であれば』云々と言った行政官の言動は不適切と非難された)


 やがて空の上から、遠目に見ても傷だらけで痛々しいカリエト船体がゆっくり垂直着陸を開始してきた。すでに船体の大部分を占める高密度イオンエンジン・ユニットはネオアース突入時に切り離している。

 我々は「ヒーロー歓迎!」と書いた横断幕を上げて数万人で待ち構えた。

 だが……、

 カリエトが無事地表に降り立ち、重々しくドアが開いても誰一人降りてこなかった。

「行政長官、カリエトの船員達はどうして降りて来ないんでしょう?」

 側に立っていた書記官が怪訝そうな表情で私に言った。

「無理もない。無人の荒野に降り立つはずが、我々のような宇宙人(!)数万人に取り囲まれているんだ。勇敢な冒険者といえども戸惑うはずだ。仕方がない。こちらからお迎えに行くとしよう」

 私は、「危険ではありませんか?」と言う書記官を制し、志願した女性行政官ら数人を率いて武器を持たずに、カリエト船内に乗り込んだ。

 が、中で見たものは……、

 予想以上に破壊された居住区と、防御ケースまで壊れてしまったコールドスリープ装置。そして、そこに眠る52体のミイラだけだった。この被害の大きさは、宇宙船内に飛び込んだ隕石が、壁に当たって二次被害をもたらしたものと推測された。

「なんてことだ。英雄達は既に全員が亡くなっていたのか」

 私は落胆し、処理を部下に任せて船を降りようとした。

 とその時、一人の行政官が声を上げた。

「長官、このコールドスリープ装置はまだ機能しています」

 それは通常サイズのコールドスリープ・カプセルと比べると約1/2の大きさで、唯一壊れておらず、目標の地点に降りたというのに未だ白く凍りついたままだった。

「子供も乗っていたのか。たぶん保護者はこの星に基地を開設してから起こす予定だったんだろう。だが、大人達が全員死んだので起こされることもなく今も眠り続けているんだ。可愛そうに。早く起こしてあげなさい」

 私は後から船内に入ってきた、当時の機器を扱える技術者にそう命じた。

 白い氷に閉ざされたカプセルを温風が包み、やがてそこに眠る者が姿を表した。

「子供じゃありません。猫です! 生きています」

 技術者がピクリと動いた猫を見て驚いたように叫んだ。

 成人用のコールドスリープ装置に寄り添うように置かれていたその小さなカプセルは、おそらく、その人が可愛がっていた猫だったのだろう。首には『チャコ』と書かれたリボンが巻かれていた。

 もし我々が先にこの惑星を開発していなければ、このまま何千年も眠り続けるか、生命の全く存在しない星で唯一匹、死の時を待つしか無かっただろう。

 私は猫のカプセルの隣で眠るミイラに、「あなたが連れてきたチャコちゃんは、我々が大事に育てます。この星には猫が既に沢山いるので、チャコちゃんの友達もすぐにできますよ」と言いながら、恐る恐るチャコを抱き上げると、小さな英雄はミャウーと鳴いた。

「ようこそ、ネオアースへ。長旅ご苦労様でした」


      

         ( おしまい )

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