悪いことした人間は変刑に値するクズ

ちびまるフォイ

人間じゃなければもう家族じゃない

兄が人を殺した。


裁判では殺された遺族が泣き叫びながら訴えた。


「返してよ! あの子を返してよ!!

 どうしてあんたみたいな人殺しがのうのうと生きて、

 なにも悪くないあの子が死ななくちゃいけないのよ!!

 死ね!! あんたみたいなやつは死刑になればいい!!」


「死刑はできません。そのかわり、被告を変刑とします」


兄はどこか別の部屋に誘導され戻ってきたのはガラス張りの虫かごだった。


「お兄さんのご家族の方ですね?」


「あの、これは……」


「悪人は罪の重さに応じて変刑とされます。

 あなたの兄は殺人の罪により、蚊へと姿を変えました」


虫かごには1匹の蚊が飛んでいた。


「これが……息子なんですか?」

「はい」


母は信じられないとばかりに虫かごを見つめる。


「今はまだ自我が残っているでしょうが、

 人間が自然と言葉を覚えるように、

 変刑されれば徐々に体に心が引っ張られて自我も失われるでしょう」


「……行こう」


父は何も言わなかった。

人を殺した罪の重さを噛みしめるようにかごを抱いて帰った。


虫かごはいつも兄が座っていた椅子に置かれた。


「おはようユウキ。今日はいい天気よ」


母はまるでそこに人間の兄がいるように蚊に接していた。

父も俺もその様子に違和感を感じながらも黙っていた。


母としては蚊になったとしても、これまでの家族の関係を壊したくないのだろう。


人間でなければ人権もなにもない。

変刑された兄の情報はあっという間に報道された。


「おい、お前の兄貴って人を殺して蚊になったんだって?」

「家族だから血あげてんの? あははは!」

「もう殺しちゃってるんじゃないの? こうつぶしてさ」


「うるさいな」


元人間の蚊が未成年の保護対象になるわけもない。

その日はムカついたので早退した。


「ただいま……」


家に変えると半狂乱になった母が家を引っ掻き回していた。


「母さん、いったいどうしたんだよ。こんなに部屋をあらして」


「いないの! ユウキがいないのよ!!

 少し自由にしてあげようと蓋をあけただけなの! 戻ってこないのよ!!」


「蓋を開けた!?」


虫かごはからっぽになっていた。

家中の家具は倒され、空き巣でも入ったような惨状だった。


「ああ! いたわ!! ユウキ!!」


母は飛んでいた蚊を捕まえて虫かごに入れた。


「母さん……それ……本当に兄ちゃんなの?」


「何言ってるのよ!!!! あなた、お兄ちゃんもわからないの!?」


母はまた蚊に話しかけていた。

蚊になっても言葉はわかるはずだ、と言っていた。


「やーーいやーーい、モスキートババアがいるぞーー!」

「出てこいよモスキートババア!」

「わ! 本当に虫かごもってる! きもっ!!」


同級生は虫かごを手放さない母を見て笑っていた。

しだいに母は家にこもりがちになりますます虫かごを離さなくなった。


その蚊が本当に兄であるかどうかもわからないのに、

1匹の蚊を家族の誰よりも大切にする母は家族からも孤立していった。


ある日の夜、俺は父親に呼ばれた。


「カズキ。学校はどうだ」


「……楽しくはないよ。でも辞めたらあいつらに負けた気がするから逃げない」


「そうか。お前は強いんだな。でも……母さんはもうダメだ。

 きっともう心が壊れてしまっている……」


「……うん」


「これからは母さんをしっかりと支えていかなくちゃいけない。

 カズキ、この意味がわかるか?」


「わかってるよ」

「がんばれよ」


父はぽんと俺の肩に手をおいた。

自殺したのはその翌日だった。


「母さん……父さんが死んだよ……。

 朝に電車に飛び込んで即死したんだって……」


「ユウキ、今日はどこへ行こうか。

 お腹は減ってない? ほらあなたの好きなオムレツよ」


「いつまで遊んでるんだよ!!」


話を聞かない母から虫かごを取った。


「父さんは、母さんが壊れて……仕事も辛かったって……。

 遺書に書いてたんだぞ!! 残された家族はいるのに、

 こんな蚊いっぴきばかり大事にしてどういうつもりだよ!!」


「返して!! ユウキを返してぇ!!!」


母さんは手入れもせず伸び切った爪で引っ掻いた。

俺からかごを奪い取るとお腹の近くに抱きかかえた。


「ごめんねユウキ。怖かったよね。ごめんね。

 カズキはちょっと感情的になってるのよ。ごめんね……」


「どうしてこんなことに……」


蚊一匹のせいで家族がなにもかも失っていく。

このままではもっと俺の大切なものが失われていくだろう。


追い詰められた俺は計画を練って、閉店時の宝石店に入った。


ジリリリリ!!


バカでかい警報が鳴ると警察があっという間にやってきた。

抵抗する間もなく現行犯で捕まってしまった。


やがて俺の処罰は決まった。


「父親が死んで生活苦のために宝石を強盗しようとしたのだろうが、

 その行為はけして許されるべきものではありません。


 変刑としてブタとします」


「ブ、ブタ……」


「こちらへ来てください」


俺は兄と同じように別室へと案内される。

変刑部屋の前に立つと向こう側からドアが勢いよく開いた。


「うあああ!! 誰か!! 誰か助けてくれぇぇ!!」


出てきたのは下半身がウマに変刑させられた悪人。


「おい捕まえろ!」


ケンタウロスのようになった悪人を近くに居た大人たちが取り押さえた。


「嫌だ! ちょっと魔がさしただけで

 どうしてウマにされなくちゃいけないんだ!」


「このままの姿で生活できるわけないだろ!」


「あ、あああああ……」


男は自分のことを客観的に考えて諦めた。

ケンタウロス状態の人生に絶望したのかまた部屋に戻っていった。

この騒動は神が俺に味方してくれたように感じた。


「待たせたな。行くぞ」


変刑部屋に入ると中には1つの光線銃が用意されていた。


「いいか。動くなよ。かわそうとすれば中途半端になる。それが一番イヤだろう?」


「あの……一言だけいいですか。人間としての最後の言葉を……」


「いいだろう。家族になにか残すといい」


「このマヌケ」


さっきの騒ぎで十分な時間が稼げたのは幸いだった。

俺は計画どおり手錠を外すと光線銃を奪い取った。


銃口を突きつけるとすぐにおとなしくなった。


「教えろ! 変刑させられた人間をどうやって戻すんだ!」


「変刑者はすべてネットのデータベースに登録される!

 それを解除すれば変刑も解除される。でもそれは司法の認定がなければできない!」


「他には!」

「ねぇよ!」


「わかった。それじゃ、お前はゴキブリに変えてやる」


「教えたのに助けてくれないのか!? これ以上罪を重ねるな!」


「ゴキブリ1匹をたまたま踏み潰したことでなんの罪になるんだ?」



「教える! 教えるから助けてくれ!

 本当は助ける方法がもうひとつあるんだ!!」


俺は男の話を聞くと家にすぐに戻った。


家にある虫かごの中に蚊がいることを確認し、

光線銃の隠しダイヤルを回して「ニンゲン」にセットする。


「兄ちゃん……」


かごから蚊を放ち光線をあてた。



蚊は人間へと姿を変えられたが、兄ではなかった。

ふたたび蚊に姿を戻すと絶望感だけが残った。


「やっぱり……あの蚊は兄じゃなかったのか……」


「カズキ? なにやってるの?」

「母さん……寝てたんじゃなかったの?」


「その銃……あなた、もしかして……」


「うん。兄ちゃんを戻せるかもと思って犯罪をして

 変刑装置を手に入れてみたけど……ダメだった。ごめんね、母さん」


「そうだったのね、カズキ。あなただけ頑張っていたのね。

 でももう大丈夫よ、お母さんが戻す方法を見つけてきたから」


「え……?」


今さらながら、母が壊れていないことに気がついた。


「あなたも知っているでしょう。

 変刑者はデータベースで管理されているの。

 だからそれを解除する方法をずっと探していたのよ」


モスキートババアなどと言われていたのもこの一瞬のためだった。

すべて「心を壊した」という隠れ蓑を作りたかったんだ。


「母さん……!」

「ユウキ。戻ってきて!」


データベースをパンクさせると、すべてのデータがリセットされた。

これまで変刑された人たちがもとの人間としての姿に戻った。


部屋のすみには蚊から戻った兄が床で寝ていた


「ああ、ユウキ! かごから出ても家に居てくれたのね!

 おかえりなさい、ずっと会いたかったわ」


「か、あ、……さ、……ん?」


兄は蚊から戻りたてで人間の体になれていなかった。

二人は抱きしめあって再会を喜んだ。



「かあ……さん、カズ、キ、は……?」


「うちは3人家族よ。あなたとお父さんと私。そうでしょう?」



家には二人の人間と、1匹のハチが飛んでいた。

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