29話「昔の出会い」






   29話「昔の出会い」





 色と翠は、彼のおすすめのパン屋さんで遅めのブランチをとりながら話しをしていた。

 翠はチーズがたっぷりと入ったフランスパンとミルクティー、色はサンドイッチとコーヒーをそれぞれ食べた。


 ある程度食事が終わりそうな時に、翠はずっと気になっていた事を彼に伝えた。



 「冷泉様、昨日の話の続きなんですけれど。どうして、私がエメルと呼ばれていたと知っていたんですか?」



 エメルと呼んでいたのは、祖母だけだったし、そう呼んでいると知っているのは翠と翠の母親だけだった。この呼び名は誰にも話したことがなかったので、翠はとても不思議に思っていた。



 「それに、冷泉様の憧れの人が私かもしれないというのも………。」



 そう問い掛けると、色は少しだけ苦しそうに笑うと、「やっぱり覚えてないんだな。」と言った。


 自分が何を忘れてしまっているのかもわからずに、翠は困惑してしまう。だが、色はそんな表情を浮かべた翠に「いいんだ。」と優しく言ってくれた。


 「もしかしたら、翠が思い出したくない記憶だから忘れているのかもしれない。それでも、話していいか?」

 「はい。」

 「………おまえの左胸の下にある傷の話に繋がるとしても?」

 「………はい。冷泉様と繋がる話なら聞いておきたいです。それに、祖母と離ればなれになった理由も本当は知りたかったので、教えてくれませんか?」



 翠はまっすぐに彼の瞳を見つめると、色は少し迷った後に小さくため息をついて「わかった。」と、承諾してくれた。



 そして、ゆっくりと過去の話をしてくれた。

 色はひとつひとつ丁寧に、そして大切そうに目を輝かせていた。







 ★☆★





 色は、幼い頃は京都の実家で過ごしていた。

 冷泉家の料亭は、この実家から始まっていた。そこで英才教育を物心がつく頃にはもう行っており、友達と遊んだり、寄り道をしたりして遊んだ記憶はほとんどなかった。


 ただ、習い物と習い物の間の空いた時間だけが、色の自由にできる時間だった。

 色はそれをいつも、田舎道の途中にある小さなな神社で過ごしていた。


 そんなある日の秋だった。

 いつものように、石の階段を登っていくと、いつも誰にも会ったことがないのに、誰かがいるのに気づいた。拝殿の入り口に、誰かが猫のように丸くなっているのだ。


 色は誰かが倒れていると思い、焦って近寄った。すると、小学生に上がったばかりぐらいの、自分より小さな少女が、すぅすぅと寝息をたてて昼寝をしていたのだ。そして、その少女は、少し容姿が変わっていた。長い金色の髪で、肌も透き通るように白かった。色はその子を見つめながら、神社にも天使がいるのだろうか、と本気で思ってしまった。



 しばらく眺めていると、少女が身動きして、ゆっくりと目を覚ました。すると、その瞳は綺麗な緑色をしており、宝石のように輝いてみえた。


 女の子は、緑をみて少し驚いたが、同じぐらいの年だとわかると、じっと見つめてきた。



 「おまえ、何やってんだよ。こんな所で寝てると風邪ひくぞ。……でも、天使は風邪ひかないのか……。」

 『私、天使じゃないよ。小学2年生だよ。』



 少女は、色の知らない言葉をしゃべり始めたら。色はすでに、英語や韓国語を習っていたがそ言葉はどちらとも違っていた。

 魔法のような言葉を話す少女に色は少し戸惑った。



 「俺は冷泉色。お前は?」

 『…………エメル。』

 


 名前を聞き、色はすぐに「外国人か。」とわかった。髪や瞳の色、そして話す言葉が違い、名前も今まで聞いたことがないのだ。それしか考えられなかった。



 「エメルって言うのか?」



 そう問い掛けると、その少女は小さく頷いた。そして、少しだけビクビクとしていたので、安心させたいと思った。何故同じぐらいの年の男に、そんなに怖がるのかわからなかったが、色はこの少女と仲良くなりたいと思ったのだ。


 もしかしたら、友達とも遊ばずにこんな場所で、寂しく一人で過ごしている少女が、自分と似ていると思ったのかもしれない。


 天使でも年下の女の子でも色はよかった。色は友達が欲しかったのだ。きっと、彼女なら自分と仲良くしてくれると、直感で感じていた。

 色が彼女に向けて、手を伸ばす。

 すると、キョトンとした顔をした。



 「なんだよ。俺と遊ばないのか?」



 そう聞くと、すぐに少女は満面の笑みを浮かべた。その無邪気でキラキラとした笑顔を見た瞬間、色は胸がドキッと鳴った。初めての感覚だった。


 その気持ちに戸惑いながらも、エメルの手をギュッの握り返したのだった。





 ☆★☆




 「えっと、全く覚えてないんですけど…………ごめんなさい。とっさに嘘ついちゃったみたいで。きっとお婆ちゃんとギリシャ語でしか話さないゲームをしてたので、日本語をしゃべらなかったんだと思います。」

 「今思えば、俺が言った言葉を理解出来るのに、話せないなんておかしな話なんだけどな。」

 「小さい頃ですし、そういうのはわからないですよ。それに……。」



 翠は自分が色の事を覚えてない事が、とても悲しかったのだ。

 どうして忘れてしまったのか。色が言っていた、思い出したくない事とはなんだろうか。

 少し怖き気持ちもあったけれど、今は、色と一緒にいられているのだ。

 そう思うだけで勇気が出てくるようだった。



 「翠………大丈夫か?」


 

 しばらく考え込んでしまったのだろう。色が心配そうに翠の顔を覗き混んでいた。

 翠は愛しい人が安心できるように微笑み掛けた。



 「私は大丈夫です。冷泉様がいてくれるので。」

 


 そう言うと、色はホッとした表情を見せた後に、話を進めた。

 優しく話す色の声が、少しずつ強ばっていくのを、翠は感じ取っていた。






 ★☆★




 それからと言うもの、平日は毎日のように古びた神社で遊ぶようになった。縄跳びや鬼ごっこ、キャッチボール、絵本を読んだり、絵を描いたりもした。言葉は一方通行で、会話は成り立ってなかったかもしれないが、表情や身ぶり手振りで十分楽しかった。


 色がエメルと会うときは、おやつに貰うと和菓子を持って行った。エメルは、その和菓子がお気に入りのようで、いつも幸せそうにゆっくりと味わって食べていた。色の分もあげると『いいの?』と遠慮しながらも誘惑には勝てないようで、いつも2つをペロリと食べていた。




 そんな穏やかな日々が半年続いた。

 色は、この時間が何より大切であったし、無邪気に笑うとエメルは妹のようでもあり、初めて恋をしていたようでもあった。



 けれど、そんな日々は長くは続かなかった。

 ある日、2人は大きな事件に巻き込まれ、そして会うことが出来なくなってしまったのだった。


 色は、その日の事を今でも鮮明に覚えていた。

 決して、忘れないように。


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