19.私は、彷徨っている -シィナside-
「シルヴァーナ。……これを見て」
母さまが、自ら作り出した
覗きこむと、片方が黒でもう片方が紫の瞳の、同じ年齢ぐらいの男の子が映っていた。
「……誰?」
「ユズル、というそうですよ」
「ふうん……」
もう一人、少年が映った。
ユズルより少し背が大きくて笑顔が素敵な男の子だった。
一目見て、私はドキッとした。
……何て明るく笑う子なんだろう。
「……この子は誰?」
聞いてみたけど、母さまは興味なさそうに「さあ?」とだけ答えた。
そして少し強い口調で私に語りかけた。
「いい? シルヴァーナ。あと5年……18歳になったら、ユズルから時の欠片を継承するの。そして、あなたは女王になるのよ」
けれど……母さまの話は殆ど私の耳に入らなかった。
二人の少年が何を話しているのか分からないけど、とても仲良さそうだ。
「ねぇ、この二人は何を話しているの?」
「……そうね、ミュービュリの言葉は分かった方がいいかもしれないわね」
母さまは少し溜息をつくと、私の隣に座って、私の手を握った。
「……呼吸を整えて。精神を集中して。そうすれば、彼らが何を話しているのか何となくはわかるはず。後は、繰り返し聞くことよ」
「うん!」
その日から、私は母さまにお願いして
言葉の勉強のためなら、と母さまも応じてくれた。
母さまは紫の瞳の少年をよく観察しなさいと言っていたけど、私は彼の隣にいる男の子の方が気になった。
彼の名前は、トーマというらしい。紫の瞳の少年をユズ、と呼んでいて、とても仲良さそうだった。
ユズも、独りだと淋しそうな、つまらなさそうな顔をしているけど、トーマと一緒の時はちょっと嬉しそうだった。
トーマはみんなと仲良くしていたけど、特にユズのことは大切にしているみたいだった。
ユズを傷つける人間に対しては、年上だろうが容赦なく突っかかって行った。
……そして、まわりにいる女の子にも人気があるみたいだった。
母さまと数人の女官しかいない私にとって、
私もあの中の『同級生』というものになれたらいいのに。
いつか会えたらいいな……。時の欠片の継承とか、関係なく。
そして、トーマと……いろいろなお話をしたいな。
母さまが見せてくれる
だから必然的に、いつもユズとトーマの二人を見守ることになった。
私は二人をずっと眺めながら、もしトーマと会ったらこんな話をしよう、とかユズにはこんなことを聞いてみよう、とかいろいろ想像して楽しんでいた。
そうして月日は流れ……私があと4カ月ほどで18歳になるというある日。
どんな家なんだろうとワクワクしたけど、とても沈んだ雰囲気だった。
ユズの表情は一変して……暗く、生気がなかった。隣にいるトーマも涙ぐんでいた。
……何があったんだろう。
「……ついに、少年の手に渡ったようね……」
隣で見ていた母さまが呟いた。
驚いて、まじまじと母さまの方を見つめる。
「え?」
「時の欠片よ。
「守って……」
「多分、亡くなったんだわ。そして、息子に継承した」
「古の女王? 息子?」
古の女王も驚きだけど、息子という話にはもっと驚いた。
だって……女王は女の子しか生まないはずなのに。
「詳しい説明は……やめておくわ。とにかく、あなたは18歳になったら彼に会いに行くのよ。そして、彼から時の欠片を受け取るの。あなたの身を守るには、女王になるしかないのだから」
会いに、行く……?
二人に……トーマに、会いに行けるの?
「……時の欠片を継承しに行くだけよ。無駄話は駄目。すぐ戻ってくるのよ」
私の顔が明るくなったのがわかったのか、母さまはピシリと言い放った。
――私を牽制するように。
「古の女王のこともあるし、ミュービュリの人間には深く関わるべきではないの。それに、ギャレットにバレても困るわね」
母さまは独り言のようにそう呟くと、何かいろいろと考え始めた。
私はなんだか、寂しい気持ちになった。
母さまの瞳には、本当に私は映っているのだろうか。
私は、女王になるためだけに生きているの?
私は再び、
トーマはもういなくなっていて、ユズが沈んだ顔のまま何か後片付けのようなものをしていた。
母さまの話が本当なら、ユズは一人ぼっちになってしまったということじゃないの?
そんなうちひしがれているユズから、時の欠片をむしり取るなんて……。
それに、トーマだってどう思うだろう?
時の欠片……そこまでして必要なものなのかな?
そこまでして、私は女王にならないと駄目なのかな?
母さまは、今こうして閉じ込められているのはギャレット様のせいだと言っていた。
守ってくれているのではなく、自由に動けないようにするためだと……。
だとしたら、ギャレット様も時の欠片を狙っているのかな?
私が行かなくても結局ユズやトーマが危険に晒される。
それぐらいなら、私が行った方がいいのかな?
……私にできることは何だろう?
18歳になるまでの4カ月の間、私は悩んでいた。
でも結局、答えが見つからないまま……その日が来てしまった。
「シルヴァーナ。まず、姿を変えましょう。彼らと同じ、黒い髪と黒い瞳に」
「どうして?」
「目立ち過ぎるの。マーガレットも
「……」
私は鏡の中の自分を覗きこんだ。
金髪に紫色の瞳。
私は意識を集中した。
この西の塔に閉じ込められてから、私は殆ど力を使ったことがなかった。
私の力は強すぎて……眠っている女王の眠りを妨げてしまう、と言われていたから。
でも、母さまは「シルヴァーナなら大概の事はできるはずよ」と言って私を見つめた。私はできるだけ力を抑えながら祈った。
トーマの周りにいた女の子たちのような……素敵な……黒い髪、黒い瞳になりますように。
――そして、再び目を開ける。
「……できた!」
鏡の中には、初めて見る私の姿が映っていた。
これなら、二人の前に現れてもおかしくない。
「そう……ね……」
でも母さまは不安そうだ。
そして溜息をつくと、マリジェンカを呼んだ。
マリジェンカは私に付いている女官で、小さい頃からずっと一緒にいる、お姉ちゃんのような存在だった。
私はいつもマリカ、と呼んでいた。
黒髪になった私を見たマリカが、にっこりと微笑む。
「あら、シルヴァーナ様。変身の練習ですか?」
「やっぱり……すぐわかってしまうわね」
母さまが深い溜息をついた。
「それは……だって、醸し出す雰囲気が違いますし……このような美しいお顔立ちの方、そうそういませんよ」
褒められているはずなのに、母さまは浮かない顔をしている。
「やはり、これだけでは駄目ね。シルヴァーナ、小さくなりなさい」
「えっ?」
私は驚いて母さまを見た。
母さまの言っている意味が分からない。
「あなたは小さい場なら時を戻すことができるでしょう? それを、自分にかけなさい」
「どうして……」
「ギャレットに絶対に見つからないようにするためよ」
「……」
母さまはとても真剣だった。10年間ずっと、私が時の欠片を継承するためにどうすべきか、ということだけを考え続けていた。
――それだけが、私の身を守る唯一の方法だったから。
それを知っていたから、私は母さまには逆らえなかった。
再び目を閉じて祈る。姿が幼くなるようにと……。
でも同時に、幼くなってしまったらトーマは私に興味を持ってくれないかもしれない、ということが頭をよぎった。
ユズのこともあるけど、私がミュービュリに行きたいと思ったきっかけは、トーマだった。
この気持ちが何なのかは、自分でもよくわからなかったけれど。
トーマに、会いたい……。
「……それでいいわ」
声が聞こえて、私ははっとして目を開けた。
見上げると、目の前に二人の女性がいた。だけど……これらの女性が誰なのか、思い出せない。
私は自分の今の状況が、分からなくなってしまった。
「シルヴァーナ……では、行きなさい」
年配の女性が空間に切れ目を作った。
「……?」
「少し無理な術をかけたから、どれぐらいもつかは分からない。目的を果たしたら、すぐに帰ってくるのですよ」
女性が私を抱え上げて切れ目の中に押し込んだ。
「……?」
よくわからないまま立ち上がると、私はぼんやりとした空間を見回した。
入ってきた切れ目は、あっという間に消えてしまった。
とにかく、道なりに進むしかない……。
仕方なく、私はとぼとぼと歩き始めた。
行ってきなさいって言われたけど、どこに行けばいいんだろう。
とりあえず歩いていれば着くのかな。
……でも、何だっけ。何のために、どこに向かってるんだっけ。
何だか頭がぼーっとしている。
それにこの空間……歩くたびにエネルギーを吸い取られるような感じがして……ひどくだるい。
意識が朦朧とする……。
「……!」
終点らしい切れ目から……何かが見えた。
降りしきる雨。憂鬱そうに夜空を見上げる、男の人。
「トーマ……!」
そうだ。私は……トーマに会いに来たんだ。
一生懸命走ったけど……出口まで遠い。
どうにか辿り着いた時には……私は意識を失ってしまっていた。
◆ ◆ ◆
ああ……思い出した。――思い出してしまった。
私は時の欠片をユズから継承するために……そのために、母さまに送られてきたんだ。
母さまが待ってる。受け取ったら、帰らなくてはならない。
――女王になるために。
「トーマ……」
溜息のように、漏れた。
嫌だ。帰りたくない。
女王にだって、なりたくないもの。
でも……じゃあ、どうしたらいいの?
――シィナ!
トーマの声が聞こえた気がして、辺りを見回す。
真っ暗闇だ。何も見えない。
「トーマ!」
思わず叫ぶと、目の前にぼんやりとした映像が浮かび上がった。
夜の空き地……そうだ、さっきユズが連れ去られそうになったところだ。
トーマとユズが何か難しそうな顔をしている。すぐ隣には、女の人……。
「マリカ?」
――そうだ。マリカだ。思い出した。
遊園地で会った人、マリカだったんだ。
でも、どうして?
何のために私の前に現れたの?
『……お前達、でかしたな』
不意に……暗闇の奥から女性の声が響いてきた。ウルスラ語だ。
誰が……どこで喋ってるんだろう?
『確かにシルヴァーナだわ』
『ギャレット様、いったいどうなさるおつもりで……』
『さて……どうしてやろうかしら?』
ぐっと、誰かに髪を掴まれる感触がした。
……怖い!
『同じ女王の血筋であるわたくしなら、どうとでもできる。傷つけることも……殺すこともね』
――嫌だ! 何? 怖い!
「トーマ!」
助けて! このままじゃ、殺されちゃう! 怖い! 誰か……。
――トーマ!
映像の中のトーマが振り返って、私を見てくれたような気がした。
その瞬間、私の頭や身体にこびりついていた何かがすべて剥がれ……内側から力が溢れ出すのを感じた。
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