第2話 とは言うが、さめは普通に生臭い

 くんくんくんくん。ふすふすふすふす。


 さめは近所の野良猫たちに追いかけられていた。

「めっちゃにおいかがれてるんですけど!」

 にやにやしながら並走するメイドを鬱陶しげに見ながら、さめが叫ぶ。

「お魚のにおいしてるからじゃないですか〜?」

 にやけ顔から満面の笑みへと表情をレベルアップさせながら、ここぞとばかりに友人の窮地を堪能するメイド。自分の仕事も忘れ遊び呆ける彼女に、果たして未来はあるのか。いや、ない。


 この館の地下には備蓄庫がある。海のものも山のものも、人には言えないあれこれも、貴族である主人夫妻は多く貯め込んでいる。しかしさめがこの家に拾われてからというものの、それらは全て(色んな意味で)つまみ食いの対象となった。

 はじめは「ははは、こやつめ」と好きにさせていた主であったが、ついに今日、対策を講じることにしたらしい。メイドの愚行どじっこを目の当たりにした読者諸君になら容易に想像できるだろうが、これは彼らにとって小金に等しい額の金銭的損失を食い止めるためではない。いたずらっこに敢えてイタズラすることの趣を理解しているが故に、である。


 かくしてこの反攻作戦の火蓋が切って落とされた訳だ。すなわち、大量のねこによる戦術爆撃である。いつもの調子で吹けぬ口笛を吹きながら扉を開けた途端に、勢いよく飛び出すねこ、ねこ、ねこ。その物量にはさしものさめもたまらず驚き、決死の逃亡劇へと発展した。

(ああ、やっぱりお魚さんなんですね……)

 こういう時に、彼女は人間ではないのだということを改めて思い知らされる。走り疲れたメイドは辺りをびちゃびちゃにしながらお茶を入れ、しなしなになったビスコッティをかじりながら彼女らの様子を観察することにした。


 メイドが海辺で拾ってきたさめ。出会ったとき彼女は、竹ぼうきや石つぶて、パチンコ、爆竹、スタンガン、パンツァーファウスト等で割とガチめに武装した十名ほどの少年少女小隊に囲まれながらも、「背水の陣なのー!」と元気に応戦していたっけ。

(どっちを助けるべきか、結局最後まで分からなかったです。軽く修羅場でした)


 昔話なら、人間にいじめられた可哀そうな動物を庇い、お礼に竜宮城ルルイエにでも連れてってもらえそうなものだが。現実はあべこべで、メイドはやむなく子供の方を助ける羽目になり、その結果としては不思議なことだが、さめの方がこの館について来た。今思い返しても、あの成り行きは訳が分からない。……分からないが、ポンコツな自分にはじめて“友達”と呼べる存在ができた、ということには変わりない。絶対に本人に言う気はないが、メイドにとってこの出会いは一生ものの思い出なのである。


「さあて、そろそろ助けてあげましょうかね!」

 メイドは濡れたエプロンドレスを絞ると、隅っこに追いやられたさめのもとに向かった。

 数で勝る相手にひとり対峙する英雄ヒロイン。そんな自己陶酔を覚えながら両手を大きく広げ、そのまま勢いよく掌を打ち合わせた。メイド殺法、猫騙しである。ねこは突然起こった聞き慣れぬ音に、びくっと背中を丸めた。しかし音の出所が分かると、どちらかと言うと興を削がれた思いが強くなったらしい。みな一様に冷めたような目をしながら帰っていってしまった。

(なんだか、思ってた反応と違うんですけど……)

 ともあれ、さめは救われた。


「大変だった。もうつまみ食いなんかしないわ」

「そんなに食べたいなら、私が作ってあげますから、ね?」

 とぼとぼと歩くさめの手を引いて、メイドが優しく励ます。しかしその思いやりを素直に受け取れないのがさめなのであった。

「きみの料理は味がまともな分、裏でどんな作り方やらかしてるか分からなくて怖いんだ」

「あーら、そういうこと言うなら……こうですよ!」

 メイドがごそごそと何かを取り出し、さめの方を振り向く。

「ぎゃっ!!!」

 さめは即座に気絶した。それを見て勝ち誇るメイド。その頭には、精巧な作りの猫耳カチューシャが乗っていた。

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おっぱいさめとどじっこメイド Karappo @Karappotei

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