落語 春夏冬

紫 李鳥

落語 春夏冬

  




 えー、秋風亭流暢しゅうふうていりゅうちょうと申します。


 一席、お付き合いを願いますが。


 ここで小話を一つ。


 お菓子屋のおばさんは、よく疑う。


 うむ……おかしい。


 も一つ。


 お菓子屋のおばさんは、よく笑う。


 アッハッハ……おかし!


 えー、お菓子屋とは関係ねぇんですが、可笑しいのとは深~く関係があるわけで。


 商人あきんどの話でして。







 えー、丁稚奉公でっちぼうこうの末松は、そろばんを弾きながら、算術の勉強中だ。


 パチッ。パチッ。


「二十二引く三は……んと……二から三は引けないから……繰り下がり、十の位から借りてっと」


 パチッ。


「十引く三は……んと……七……で」


 パチッ。パチッ。


「一の位は九になって、十の位は、も一つの十を取られて、十しか残ってないから、そのまま十。二十二引く三は、んと、……十と九つかな? ……番頭さん、えーと、十九ですかい?」


 自信なさげに訊くってぇと、


「その通りだ。できたじゃないか」


 番頭は几帳面に帳面に書き入れながら、末松をチラッと見た。


「ぁぁ、よかったぁ」


 末松はホッとするってぇと、嬉しそうに笑ったりして、子どもならではのあどけない表情だ。


「末松」


「へい」


「商人はそろばんができないと、にっちもさっちもいかないよ」


「……ニッチもさっちゃんもですかい?」


「ニッチもさっちゃんもじゃないよ。にっちもさっちもだ」


「? ……へぃ」


「にっちは二進にしん、さっちは三進さんしんのことだ。

 二進とは二割る二、三進とは三割る三のことで、ともに割り切れ、商に一が立って計算ができることを意味してるわけだ。な?

 そこから、二や三でも割り切れないことを【二進にっち三進さっちも行かない】と言うようになり、しだいに計算が合わないことを意味するようになったわけだ。

 さらに、商売が金銭面でうまく行かないことの意味になり、身動きがとれない意味へと変化したわけだ。な?

 だから、勘定が一銭でも足りないと、にっちもさっちも行かなくなるよ」


「……?」


 意味がいまいち分からねぇ末松は、ポカーンと口を開けちまって、いかにも足りなさそうな顔だ。


「お前さんが足りない顔して、どうすんだい」


「へぇ」


「かと言って、帳尻を合わせるために、誤魔化してはいけない」


「チョウジリって、……てふてふのお尻のことですかい?」


「飛ぶ蝶々じゃないよ。羽根があったら、銭が飛んで行っちまうじゃないか。縁起でもない」


「どうも、すんません」


「帳尻を合わせるとは、帳簿の尻 (最後の部分)を合わせることがその由来だ。

 帳簿の最後、つまり収入と支出の最終計算が合うようにするということだ。な?」


「……へぇ」


「それと、【商い上手の仕入れ下手】では困るよ」


「……? ……へぇ」


「へぇって、ホントに分かってるのかい?」


「わかってるような、わかってないような」


「分かってないじゃないか」


「へぇ」


「 要は、客の扱いが上手で、よく売れるけど、仕入れが下手では、結局利益が上がらない。つまり、無駄骨であるということだ」


「へぇーーー、そういう意味だったんですね」


 末松は分かったらしく、何度もうなずいた。だが、実際はどうだか分かったもんじゃねぇ。


「銭勘定もそれと同じだ。な? 儲けが無ければ赤字になる。黒字にするために、あれこれと算段するわけだ」


「へぇ」


「そのためにも、そろばんは基本中の基本だ。銭の勘定ができなければ商いはできないよ」


「へぇ」


「商売は、“春夏冬”だ」


「えっ? ……どうして秋が無いんですかい?」


「だから、商い (秋ない)って言うんだ」


「……なるほど」


 納得した末松は何度もうなずいた。


「だから、飽きない商いをしなくてはいけないよ」


「へぇ」


「銭勘定は商いだけに限らない。一般家庭でも同じだ。な? 足が出ないようにやりくりする」


「足って、この足のことですかい?」


 末松が片足を上げた。


「その短い足のことじゃないよ。この足は、赤字のことだ。予算オーバーすることを足が出るって言うんだ」


「へぇ」


「やりくり上手なかみさんを持った亭主は幸せ者だ。な」


「へぇ」


「“貧乏人の子沢山”と言って、貧乏人にはとかく子どもが多いということだ。亭主は食いぶちを稼ぐために一所懸命働く。その少ない給料で、上手にやりくりするかみさんは偉いもんだ。な」


「へ」


「お前さんも、そんなかみさんを持ちなよ」


「へぇ、あしからず」


「……面白いダジャレだね」


「へぇ。あっしのダジャレです」


「うむ……あっしと足をかけたわけだね?」


「へぇ」


「そろばんのほうは日光の手前 (いまいち)だが、ダジャレはイケるね。そっちのほうに鞍替くらがえするかい?」


「あっしゃぁ、くらがえするなら、くらがええ」


「上手いこと言うね。くらはくらでも、馬の鞍じゃなくて、銭にちなんで建てるほうの蔵だね?」


「へぇ。クライマックスで」


「……? 意味は分からないが、とぼけた顔してババンバンだね」


「バンバンババババ、番頭さ~ん♪」


「うむ……これは江戸時代の話だからね。この時代にGS (グループサウンズ)なんて無かったんだよ」


「へぃ、すんません。耳年増みみどしまで」


「……? ……うむ……ダジャレもいいけど、とにかく、そろばんを早く覚えておくれよ」


「へぃ、わっかりやした。ね、番頭さん」


「なんだい?」


「うちの問屋は、畳半分たたみはんぶんですね?」


「……なんでだい?」






「繁盛 (半畳)してます」






■■■■幕■■■■

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