地図にない基地 #6

 その状況に一瞬でも困惑したのはミスだった。


 慌てて「曹長!」と声を張り上げたが、曹長のいる側で物音とうめき声が聞こえたかと思うと目の前に投げ飛ばされたらしい曹長が床に叩きつけられる。


 私は即座に格闘戦ができるよう身構えて曹長がいた方向を向く。


 “敵”の腕が私を掴もうとしていたが、かろうじて右手で払いのける。


 敵は右手に拳銃を持っている。間合いをとれば撃たれる。ここは詰めるしかない。


 間合いを詰めても拳銃は脅威だ。発砲させてはならない。


 一瞬の間に私は敵と駆け引きをしながらそう判断した。


 だが、この判断も致命的なミスだった。


 敵の拳銃を掴むことはできたが、そこに拳銃を握る敵の手はすでに無かった。拳銃へ意識を向けすぎて、敵の行動を失念していたのだ。


 後悔よりも先に私の視界は一転し天井を見上げていた。


 痛みはない。だが、視界があるはずのない床の下の暗闇へ引きずり込まれるようだ。暗闇に引きずり込まれるにつれ、あらゆる感覚も鈍くなっていく。

 

 そんな状態のこちらに脅威はないとみたのか、敵は拳銃を拾うと麻袋を被せられた男を担いで出口の方へ向かっていく。


 その姿は眼帯姿の男だった。男は物音を立てないよう潜入用のダイビングスーツに身を包み、拳銃などの装備もベルトやホルスターから見てわずかだった。



 何者だろう。暗闇に引きずりこまれる短いようで長い時間の中で考える。やはりソ連のスパイだろうか。ああ、そういえば顔からして肌は白いから中南米の人間ではないな。だとするとKGB?なら最低限の装備での捕虜救出も納得できる。


 自分の中で納得したせいか、意識がさらに暗闇に落ちていく。もう意識を保っていられない。


 なにか最後に考えることはあるかと天井を見つめる。


 やはり、敵の動きをしっかりと見て戦うべきだった。


 考えたのは先ほどのミスに対する反省と後悔だった。


 やれやれ、と私自身に呆れる。こんな状況で最後に考えるのは後悔か。


 最後かもしれないのに後悔なのか。


 最後は思い出の中にいるか、天使でも見えるかと思っていたのに。



 他の者たちもそうなのだろうか。


 戦いの中で倒れるのはこういうことなのだろか。


 だとしたら、虚しい。



 私の意識はそこで闇に呑まれた。

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