地図にない基地 #5

「もしや、1人だと眠れないタイプかい?」

 私が茶化すと曹長は笑いながら否定する。これなら会話が続きそうだ。


 そうやって歩きながら会話を続けてみたところ、やはりこの基地における兵士への待遇はかなりのもので、冷房設備を含め衣食住に関しては階級を問わず高い水準の環境が提供されており、雑誌や娯楽品も頻繁に届くことも分かった。

 だがその一方で、ここが極秘の基地であることは軍曹を含めた基地兵士に整った設備環境や娯楽品では誤魔化せないほどのストレスにもなっていることも明らかになった。


「基地兵士間でもパトロールを含め終了した任務の話題は禁止なうえに、出身や基地着任前の話題まで禁止とはね……」

「そこまで制限されると話す話題はその日届いた荷物や雑誌の話題ばかり。仲間が目の前にいるはずなのに孤独感のようなものを感じてしまうのが辛いのですよ、大尉殿」


 それはそうだ。会話を極端に制限されては仲間内での信頼関係の構築はおろか、仲間への不信感が強くなってしまいかねない。そのうえ、いつアメリカ本国へ帰ることができるかも分からないのであれば、曹長が何かしらの体調不良を抱えるのも不思議ではない。


「これは帰国したら真っ先に兵士の精神的ストレス問題を報告しないとな」

「あの、その報告ですが」


「大丈夫、基地兵士の様子から改善を要するほど、行動や会話における制限が厳しい基地だったと報告するさ。これまでの会話はなかったことに、ね」


 それを聞くと、曹長は歩きながらであったが「どうかよろしくお願いします」と帽子のつばを手で少し下げたお辞儀をした。周囲は捕らえたスパイの収監施設が近いのか警備の兵士もちらほら見かけるようになり、彼の行動もそれを意識したものなのだろう。


「この階段を下った先です」


 曹長がそう言いながら進んでいくのは基地の施設と施設の間にポッカリとあいた地下へと続く階段で、その先は息が詰まるほどの湿気のなかで水道管などの様々なパイプとそのバルブを管理する空間だった。

 それらライフラインの警備は最重要事項で、警備の兵士だけでなく監視カメラやセンサーなども重点的に配置されているようだ。そんな空間だからこそ捕らえたスパイの脱走を防ぐにはちょうど良いという判断なのだろう。


「こちらです」


 その言葉と共に水道管などがない区画に案内される。そこは収監施設というよりは、手荒な尋問を行う事を前提にした檻のある部屋だった。


 だが、ここで予想だにしないことが発生した。

 麻袋を被せられたスパイとみられる男は確かにいたが檻は開き、男は拘束されることなくその場に座り込んでいる。そのうえ警備の兵士2人がその傍で倒れているではないか。




 



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