第8話 登録手続き



「い……一括ですか……?」



 ギルドの受付嬢は呆気に取られたような顔をしていた。



「ああ、なので報酬が三千万Gの依頼があったら紹介して欲しいのだが」

「……」



 ん? なんだこの沈黙は……。



 三千万Gの物件なんだから、三千万Gの報酬が得られるクエストを受ける。

 ただそれだけのこと。

 間違っているようには思えないのだが。



「あ、もしかして、そういった報酬額のクエストは出てないのか?」

「えっと……ある事にはありますが……」



「じゃあ、それを頼む」

「で……では、冒険者カードを提示願えますか?」




「持ってない」




「は?」

「今日から冒険者を始めようと思っているので、まだ持ってないんだ」

「……」



 彼女は目が点になっていた。



 あれ? まただよ、この感じ。

 俺、そんなに変なこと言ってるか?



 疑問に思っていると、不意に近くのテーブルで笑い声が上がった。



「はっはっはっはっ、こりゃ傑作だ」



 酒の入ったグラスを片手に豪快な笑い声を上げたその人物は、鎧を身に纏った恰幅の良い男だった。

 彼の背中には分厚い刀身を持った両手剣がある。



 恐らく……というか、こんな場所でその風貌、彼も当然冒険者だろう。



 受付嬢も「バルドさん」とか呼んでるし、このギルドでは名の知れた人物であることが分かる。



 そのバルドとかいう彼は、値踏みするような目付きで俺を見回してきた。



「ここらで三千万Gの依頼って言ったら例のドラゴン狩りだろ? あれはSランク級のクエストだぜ? それを今から冒険者になろうっていう、ひよっ子が受けようって言うんだ、これを笑わないでいる方が難しいだろ」



 そう言うと彼は、再び声に出して笑った。



 三千万Gのクエストってドラゴン狩りなのか。

 魔物と違い、ドラゴンは神獣の類いだ。

 とはいえ、人に仇なす邪竜がいるのも確か。



 依頼に出されるくらいだから実際、被害が出てるんだろうな。



 どちらにせよ、魔王である俺にとってドラゴン狩りなど容易いこと。

 家の金はそれで手に入りそうだ。



 俺がこれからの算段を考えていると、バルドがニヤニヤしながら言ってくる。



「見た所、身形は良い物を身に付けているようだが、かなりの世間知らずのようだ。それにその偉そうな態度、落ちぶれた田舎貴族の坊ちゃんってとこか? ははっ」



 また貴族の坊ちゃん呼ばわりか。

 しかし、なんでそんなふうに見えちゃうんだろうか……。



 あ……もしかして、魔王っぽさがまだ抜け切れてないとか?

 これでも一番地味な服を選んできたつもりなんだけどなあ……。



 まあいいや、柄の悪い奴は放って置いて、自分のやるべきことをやろう。



 俺は目の前で、未だにぼんやりとしている受付嬢に向かって尋ねる。



「ここなら自分の腕次第で稼げると聞いてきたのだが?」

「は、はあ」



 そんな中、バルドが「おやおや、無視ですかい」と、馬鹿にしたように言っているのが聞こえてくるが、構わず目の前のことを進める。



「俺もその冒険者というものになりたいのだが、可能か?」

「あ、はい。大丈夫です。では登録手続きを進めても宜しいですか?」

「ああ」



「それでは失礼しまして……」



 そう言うと彼女は片眼鏡モノクルのような物をどこからか取り出してきて、自分の目に掛ける。

 そしてそのまま俺の姿を見つめてきた。



 あれ……?

 その片眼鏡モノクル、形は違うけど、なんだか見覚えがある気がするぞ……。



「それは?」



 気になって聞いてみた。

 すると彼女は、当然そうにこう言った。



「鑑定鏡ですが、何か?」

「……」



 なんだか……嫌な予感がするぞ……。



 鑑定鏡って……あの骨董屋の店主が使ってたものと同じってことか?

 あれは見た物の詳細が分かるというアイテム。



 そいつで俺を見るということは……。




 魔王だって、バレちまうんじゃね!?




「では、登録の為に今から貴方のステータスを見させて頂きますね」



「ちょっ!?」



 彼女は天使のような微笑みを浮かべながら、鑑定鏡に手を添えた。


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