第7話 冒険者ギルドへ
俺は骨董屋の店主に紹介された冒険者ギルドという所に向かっていた。
なんでも、そこに集まってくる依頼をこなすと、内容に応じた報酬が出るのだとか。
一日でこなせるような依頼もある為、今すぐ金が必要だという人間にも重宝されているらしい。
他にも拠点を設けてクエストを行う者の為に、冒険者向けの居住物件も紹介しているというから、定住地を探している俺にとっても丁度良い。
そんなわけで、行ってみない手はなかった。
冒険者ギルドは町の中心部に建っていた。
石造二階建ての建物は、一見すると大きめの宿屋のようにも見える。
中に入ると、広いフロアにテーブルがずらりと並んでいて、そこで冒険者と思しき人達が飲んだり、食べたりしながら語らっている姿が目に入ってくる。
ここがギルドってやつか。
まるで酒場のような雰囲気だな。
俺はマントを大きく翻すと、悠然とした態度で一歩進み出る。
すると、なぜだが視線を感じた。
どうやら、そこにいた全員から注目されているらしい。
フロア全体を見渡すと、皆やっていたことの手を止めて俺の方を見ている。
「……」
毎回、魔王城で玉座の間に入る際に、こんな感じでやってたからな。
いつもの癖が出てしまったようだ。
少々、大袈裟過ぎたか。
ちょっと誤魔化す必要がありそうだな。
「いやあ、今日は埃っぽくていけない」
ボソリと呟き、マントに付着した砂を払う仕草をして見せると、そこに居合わせた冒険者達は興味を失ったように各々がやっていたことに戻り始める。
よし、注目回避。
そんな人達の様子を横目に見ながら、入って正面にある受付カウンターと思しき場所に向かう。
「ここで住居を斡旋していると聞いてきたのだが」
「あ……はい、冒険者さん向けの宿ですね? でしたら、こちらで冒険者割引の利く宿をご紹介できますよ」
若い女性の受付は最初こそぼんやりとしていたが、すぐに柔やかな笑顔で答えてくれた。
「いや、宿じゃない。定住できるような一軒家を探している」
「あ、このレムリスの町を拠点に、お仕事をお考えですか」
「気に入った場所があればだが」
「?」
仕事よりも住まいを優先する俺の発言に、彼女は一瞬、不思議そうな顔をする。
そうなるのも当たり前だろう。
普通、仕事を決めてから、それに合わせて住む場所を探すのが当然の流れだと思うし。
先に住まいを決めてしまうと、いざ地元のギルドに行ってみたら碌な仕事がない! なんてことになりかねない。
でも、俺はいいのさ。
何よりも住む場所が重要なのだから。
憧れのスローライフを送る為のな。
だから金が必要とは言いつつも、稼ぐことには然程興味は無い。
理想の家を見つけ、それに掛かる分だけ稼げばいいと思っている。
「左様ですか……では、お一人で住まれますか?」
「ああ」
「でしたら、今資料をお出ししますんで少々お待ち下さい」
そう言うと彼女は、背後にある棚の中をゴソゴソとし始めた。
待っている間、俺は妄想の世界へと耽る。
それはもちろん、これから住むであろう新居での生活についてだ。
暖かい日差しが差し込む窓辺で、椅子に腰掛け一杯の茶を飲む。
囀る小鳥の声、澄んだ空気。
ゆったりとした時間が流れる中で、膝の上には可愛らしいモフモフのにゃんこ。
ああ、最高すぎる。
「ふふっ……」
思わずニヤついた顔が表に出てしまう。
しかし、たまたまその表情を見た受付嬢は、なぜだか、
「ひっ……!?」
と、小さく悲鳴を上げて顔を青くしていた。
「なっ……何か私に……そ……粗相がありましたでしょうか……」
彼女は怯えながら聞いてくる。
その時、俺は、「あー……やっちまったな」と後悔していた。
これは過去にも勇者に指摘されたことがあるから分かる。
俺は普通に笑ったつもりでも、周囲には人を畏怖させるほどの邪悪な笑みに見えるらしいのだ。
無愛想な人が無愛想なだけなのに、「なに怒ってるの?」と言われるのに似ている。
それは生まれながらに魔王として備わったものなので仕方が無いのだと思う。
鏡の前で温和な笑みを練習したこともあったが、結果は変わらなかったし。
これがいつまで経っても魔王や魔物が恐れられる原因の一つでもある。
「あー……なんでもない。こちらのことだ」
「そ、そうですか……」
普通の表情に戻し、そう言ってやると彼女は安心したようだった。
「では、こちらになりますが……お一人様に丁度良い物件ですと、今はこの二軒が空き家として売りに出されています」
カウンターの上に二枚の紙が広げられる。
一枚は町の中心部にある物件。
もう一枚には町から外れた丘の上に建つ物件。
それぞれに間取りや、設備などが記載されている。
静かな場所で穏やかに暮らしたい俺からしたら、どちらに興味が湧くのか考えるまでもない。
「この丘の上の物件というのは?」
「はい、ここからも見えます、あの小さな丘にある物件です。町の中心部からは少し離れていますが静かで良い場所ですよ」
彼女が窓の奥に見える丘を指しながらそう答えた。
ここからでは建物の姿は窺えないが、確かに緑豊かな丘が遠くに見える。
俺は改めて間取りを見直した。
魔王城から比べれば随分こぢんまりとしているが、一人で暮らすにはこれくらいが丁度良いのかもしれないな。
町の喧噪から離れつつも、必要なものはすぐに買い出しに行ける距離でもある。
環境的にも申し分無い。
これは実際に見なくても分かる。
俺が思い描いた理想の家だ。
だが最後に一つ聞いておきたい。
「この家は、猫は飼えるか?」
「え? あ、もちろん大丈夫ですよ。隣に馬小屋もありますから、猫だけでなく冒険に必要な馬や騎竜なども飼えますし、土地も充分な広さがありますので、周囲を気にせず魔法の練習などにも活用できます」
なんと、そいつはいい。
それなら家畜も飼えるし、畑も作れそうだな。
「気に入った。これを貰おう」
「えっ……」
彼女は呆気に取られた顔をしていた。
物件を見もせずに即決したのだから、そうなるのも当たり前か。
でも、ビビッと来たんだから仕方が無い。
「いくらだ?」
「あ……は、はい! えっと、こちらの物件は三千万G丁度になります。ローンを組みますと一月あたり……」
「いやローンじゃない。一括で買う」
「へっ……?」
受付嬢は気の抜けた声を上げた。
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