九-5

 大型都市である朔詠市の主な交通手段といえば電車とバスだが、地下鉄も同じくらい普及している。電車の本数と駅の数が多いため、単位時間あたりの利用者数も他の公共交通機関に比べて最も多いかもしれない。地下に張り巡らされたトンネルは網の目のように入り組み、街の隅から隅までアクセスできるほど広大だ。

 蟻の巣に似たその構造は、円田翠にとっては身を隠しながら逃げ回るのに好都合だった。

 上下線分の線路が這うトンネルの脇に設けられた点検用の小さなスペースに、スイはどこかから調達してきた毛布を座布団代わりに敷いて座っていた。明かりは頭上に設置された弱々しい常夜灯一つだけだが、光源が少ない方が人の目に触れづらいのでやはりこれも好都合だ。

「……そうかい、ホスピタルの連中がもうこの街に来てしまったかい。まぁいつまでも逃げられるとは思っちゃいなかったが、随分と早かったねぇ」

 常夜灯の光が届かない線路の方に向かってスイは喋っていた。暗闇の向こうは見えないが、重圧感のある得体の知れないモノが存在している気配はあった。

「見回りご苦労だったね。眠らされていた私を護送車から助け出してくれたし、移動の際は私を運んでくれるし、やっぱり最後はお前が一番頼りになるよ。ただ、ちょっと大雑把な部分があるのが玉に瑕だけどね。こないだみたいに、ただ移動するだけで地下鉄の列車にぶつかったりするんじゃないよ?」

 目を細めてスイは暗闇に手を伸ばし、シルエットの見えない何かを優しく擦る。

「まぁけど、いつまでもコソコソ隠れているのも癪だねぇ」

 すると闇の向こうで巨大なソレがゆっくりと揺れ動き、猛獣の唸り声を思わせる低い音がトンネル内に鳴り響いた。

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