第23話

 アトムファンシーの子を眠らせて放置する。すると角から出て来たのは、オルちゃんだった。ショートパンツは前よりちょっと女の子らしくなっている。Tシャツもラメが織り込んであって、ちゃんと女の子に見える恰好だった。こそっとニトイが私達に耳打ちする。

「最近可愛い物も欲しがっててね。多分メガに会った日からだと思うんだけど、何かあったの?」

「えぇー……あれで性別性身につけるとか、すごいな」

「生乳晒されてねえ……」

「え、確かにまだスポブラも付けてないけど、メガったら何したの」

「オルちゃん!」

 私達のひそひそ話に真っ向から無視をして、ぱっと笑ったのはメガだ。本当、本当にさあ。これで性別性が変わっちゃうとか、無しでしょ。冗談でしょ。可哀想すぎるでしょ。ちょっと頬を赤らめながら胸の前でぎゅっとシャツを握る姿なんて少女だよ。宇宙ステーションでも行き会ったらしいけど、その時に何かされたのかと思うぐらいだ。本当、最初は目付きの悪い男の子だったのに。アロの店も滅茶苦茶にしてさ。そんな子が今は女の子として成長している。メガの恐るべき変態性欲によって。本当。怖い。世の中って何が起こるか解らない。

「久し振りだね、やっぱりそっちの方が可愛いよ!」

「久し振りって程も時間たってねーだろ……あと可愛いとか言うな。これはニトイ先生が勧めてくれたんだ。だから着てるだけ。それだけだ」

 振り向いたメガがニトイに向かってサムズアップ。ニトイは大分困った顔してる。いつの間にか変態になっていた検体が恐ろしいのだろう。私達だって恐ろしい。プロトメサイア中一番恐ろしさを感じていると言っても構わない。

「ニトイ先生」

 成長途中の女の子のソプラノが廊下に響く。

「何でそこにいるの」

「オル」

「先生は俺達の味方だよね? 俺達の先生だよね? 何でそこにいるの?」

「オル――もうやめましょう。無理だったのよ、メサイアなんて名前の兵器を作るのは。私達は、人間は、そこまで烏滸がましくなっちゃいけない」

「プロトメサイアは戦場で一定の成果を出したのに、俺達ファーストはその場を与えられることもなく廃棄されるの?」

「廃棄なんてしないわ。あなた達はみんな私の子よ。私が育てた、私の子」

「嘘だ!」

 ごうっと風が起こる。スカートを押さえてから、アーケロンのいる胸元に手を当てた。しっとりと全身が湿り気を帯びて、風に飛ばされる事が無くなる。私より軽いステちゃんの手を掴むと、ぽあ、とした明かりが生まれた。だけどそれだけだ。何だって、言うんだろう。

 オルちゃんは泣いていた。博士達も解散させられ、残ったのが自分とレックスだけだと解ったからだろう。誰もいないのは怖くて寂しい。私もそれは知っている。でも彼女達以上に、とは言えない。改造された身体。薬で制御される精神。それでも脆く保ってきた自我が、もう限界なのだろう。彼女は思ったことがあるだろうか、普通になりたいと。プロトメサイアと違って受精卵段階から加工されているファースト世代には、そもそも普通なんてことはなかった。ただ戦闘訓練をするばかりだったのだろう。ニトイは最近可愛い物も欲しがっていると言っていた。そんなものに眼もくれないで来たのに、ここに来て女の子扱いする奴が出て来たからだろう。自分は女の子である、という自我が彼女に目覚めた。だからかわいい服も欲しくなったし、そんな恰好もしてみたくなった。

 でもそこでニトイの裏切りだ。彼女は深く傷付いただろう。彼女を傷付けない為のそれだったのに、結果彼女はここに居る。戦場にいる。それでも女の子使いして来るメガがいるのは、幸か不幸かどっちだろう。

「なに悲しがってるのか解んないけれどさー」

 相変わらずのひょうひょうさで頭を掻きながら、メガが肩を竦める。

「寂しいならこっちに来ればいいじゃん」

「ちょ、メガ!?」

「オルちゃんはずっと一人で戦闘訓練や実戦投入をされて来たんでしょ? でも帰ればニトイ博士が迎えてくれた。ニトイ博士が迎えてくれる場所に来たいなら、こっちに付けばいい。ただそれだけのことなんでない?」

「俺はレックスを置いて行かない! お前たちの仲間にもならない!」

「なんで?」

「なんで、って」

「忠誠を立てるべき組織はもうないって言うのに。言っちゃうともう、君は自由なんだぜ。オルちゃん」

 ぽいと世界に放り出されるだけの自由。

 何をしたら良いのか解らない。

 子供は産まれた時に泣くのだという。

 私は長い事、それが世界に放り出されてきた恐怖から来るものだと思っていた。

 TITの託児所で孤独に一人遊びを続けながら、私は誰も迎えに来てくれないかもしれない恐怖に震えていた。

 そしてやがてそれは現実になり、託児所を放り出され、提供されていた家ではなく数度顔を合わせた事があるだけの叔父の元に行くことになった。

 自由なんて全然、自由じゃない。

 自由人には解らない不自由だろう、これは。

「それでも俺は、レックスを置いて行けない! ハイプレッシャー、圧縮せよ!」

 風が強く拭いて私達を一塊にしようとする。だけどそれは鉄身のプロトメサイアを動かすには至らず、私とステちゃんはアーケロンとランフォの加護でそれが効かなかった。ニトイはちょっと飛ばされそうになってたけれど、私とステちゃんが両側からその腕を抱くことで妨げた。何でだ、何でだよぉと泣き出すオルちゃんに、やっぱりマッコウクジラの能力なのか、すたすた近付いて行くのはメガだ。

 そして。

「出来れば五年ぐらい待ちたかったんだけど――」

 くい、とその顎を上げさせて、自分も屈む。

 見えなくても、何をしているのかは解って、はーっと溜息が出た。

 きょとんとしているのはニトイだけ。

 待つつもりがあっただけましか。真性じゃなくてよかった。他のプロトメサイアもみんな眼を反らしてるけど、戦闘中にこれって良いんだろうか。仮にも。くちゅくちゅ音が響いて、こっちが恥ずかしくなる。赤くなった顔を隠すように目頭を押さえると、ステちゃんはアロの方を見ていた。羨ましいんだろうかまさか。私はティラとこんなことになったら舌噛んで死ぬわ。公開ちゅうショーとか、誰得だよ、まったく。大体ティラが私の事どう思ってるか知らないし。

 否。果たして両想いでも公衆面前は嫌だ。ティラもアロも変態じゃ無くて良かった。パラは……どうかなあ。意見が分かれるところだ、あの、朝から晩までプッテちゃんの録画番組見たりラジオ聞いたりしていたのを考えると。ラジオのCDなんてン十枚持ってきてたし。しかも荷物それ関係だけだったし。まあ食も服もアルケミストミスト頼りだったから、それでも良かったんだろうけれど。ティラは自分の服と当面の食糧は持ってたし、私も同じだ。多分ステちゃんも。なのに何でたった五人の中に変態が二人も。いや、拒否しないプッテちゃんがいるなら三人も? アロはちゃんとステちゃんがベッドに入って来るのを拒否してたし。まだましだった? むしろ一緒に寝ちゃった私とティラの方がやばい? 否否そんな。本当に寝ただけで何にもしてないから。

「んっ、んー!」

 やっと声が出たところで、はっとなったニトイが声を上げる。

「メガ、その子四歳!」

 ぶーッと私達全員が吹いた。

 成長薬との相性が悪かったっていつか分析していたけれど、そこまで幼いとは思ってなかったよ! 七歳ぐらいだとか言ってなかったっけ、そこの変態!?

「ん、愛に年齢は不問ですよ、ニトイ博士」

 やっと長いキスを終えると、ぺたん、とオルちゃんはへたり込んでしまった。息は荒く顔は真っ赤、変な色気すら感じさせるその姿に私達はやっちまったと頭を抱える。四歳。四歳に手を出すのはいかんだろう。ひょいと抱きかかえてしまえるのは彼女がまだ子供だからだろうか、プロトメサイアのように体の中に異物を突っ込んでその重量を増加していないからだろうか。それとも単にメガが力持ちさんだからだろうか。パラとプッテちゃんのキスシーンは何度か見た事があるけれど、ここまで居心地の悪い物じゃなかった。本当、居た堪れないというか、何と言うか。色っぽいよオルちゃん。嬉しくないだろうけれど、子供の表情じゃなくなっちゃってるよ。

 すたすた前を歩いて行くメガに、慌てて私達も付いて行く。

 って言うか。自由すぎるんだよこの自由人は!

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