第19話

 翌日。

 メガの提案で私達は女子と男子に分かれた。男性陣にはプロトメサイアとして街を荒らしてもらって、女性陣は噂を集めたり拡散する役目を与えられた。プロトメサイア組は全員入れ墨の出る服を着てもらって、ティラにはエレメント・ソーサラー剥き出しのタンクトップである。アロのアルケミストミストの左手もだ。他に可視武器は無いから丁度良いだろう。街にたむろしてる不良を見付けては、こう問うのだ――プロトメサイアって知ってるか?

 実在を探られるのは連中にとって痛いところだろう。人型兵器だって事すら世間には知られていないのに、プロトメサイアを喧伝する者達が現れる。しかも研究所ご謹製のタトゥー付きの、本物が。私達は私達で、街で仲良くなった女の子達とこんな噂を知ってる、と切り出す。先の大戦で使われたプロトメサイアって人造人間らしいよ。人造だからすっこく格好良いんだって。そうして男性の間では畏怖を、女性の間では憧れを作り出すことに成功した。プッテちゃんのつての雑誌ではプロトメサイア特集が組まれる始末だった。果たして人間兵器は実在したのか。その頃にはもうティラはマスクとパーカー姿に戻っていたし、アロもハチマキになっていたけれど。ちなみにアロのハチマキは結び目部分が汚れていたので、エレメント・ソーサラーで漂白した。どんだけ洗ってなかったんだ。

「これで釣れるかねえ……」

 アロの溜息混じりの声に、隣に座っていたメガが来るよ、と妙に断定的に言った。

「ファーストの事もぼかしぼかしににおわせたからね。自分たちの脅威になる物だと思ったら、連中は俺達を殺しに来るだろう。ま、バトルはお前らに任せたぞ、ティラ、アロ。パラは俺の未来の花嫁を探すのを手伝ってくれ」

「それこそ嫌だよ。確かに彼女の固有振動は覚えたけど、犯罪に手を貸せない。そんなのは戦場だけでまっぴらだ」

「恋は戦争だぜ、アミーゴ」

「誰がアミーゴだ」

「俺たち皆がさ」


 普通のホテルのスイートを四つ手配している状態、ってのも目立つだろう。おまけに現場にスプレーで『TIT』のメッセージまで残してるんたから、それで釣れない事は無いと思う。プロトメサイアを名乗る連中がホテルに潜伏している、それだけでも十分に危険な情報だ。


 そう言う訳で。

 夜襲である。


 すかすか寝てた私が目を覚ましたのは、不穏な波を感じたから。人でもロボットでもない波。プッテちゃんはすでに起き上がっていて、ステちゃんも私を起こそうとしているところだった。しぃ、と口を閉ざすよう指示されて、そうする。プッテちゃんがバサっとカーテンを開けると、そこにいたのは機械部分も露わな兵士達だった。多分プロトメサイアよりもっと以前に作られたロットなんだろう、そこに自我はなくただ命令を遂行する事しか考えていない。これはプッテちゃんのリズムダンスレイブも効かないだろう、思ったところでステちゃんの持っていたお守り袋が光を増した。睥睨する眼のようなものがぽうっと浮かんで、それには覚えがあって――まさか里の秘宝って、そっち系?

「え、何、ランフォ……?」

 多分ステちゃんだけに聞こえる声があったんだろう。風がぼうっと吹く。プッテちゃんは素早く窓を開けたけれど、刺客達が入ってくる様子はなかった。どころかベランダから次々に風圧で落ちて行く。プッテちゃんはちょっと驚いたた様子で私達を振り向いた。だけどそれより早く、ドアを叩く音で彼女の疑問は押し流される。

「プッテちゃん! プッテちゃん、平気!?」

 パラの声だ。私は慌ててドアを開けると、メガ以外の男性陣が私達の部屋の前にたむろしていた。

「プッテちゃん!」

「パラ――平気、私達は平気よ」

「テミス」

「大丈夫」

「ステちゃんは?」

「はあ、まあ、大丈夫です――」

 そう言う手の中のエネルギー体に、パラが瞠目する。

「魔導石?」

「えっと、ランフォリンクスって名乗ってました。その名前呼んだら風に吹き飛ばされるみたいにロボット達が吹っ飛ばされてッて――」

「ロボットじゃない。あれでも元人間だ」

「え」

「プロトメサイア以前のメサイアシリーズ。レトロメサイアとでも言ったところか。名前もなく暗殺以外の教育も受けなかった、俺達の前のロットだ。多分全力投入して来ただろうから、これでしばらくは安全か」

「それより魔導石って何?」

 ステちゃんの真っ直ぐな質問に、パラは私を一瞬見た。ふる、と頭を振ると、こくりと頷かれる。この人のこういう所、本当助けられてるなあって思う。子供達がよく懐いていた理由も解るってもんだ。パラ先生、パラ先生って。

「月で発見されたエネルギー体の名前だよ。四つあったらしいけれど三つは実験途中で暴走事故を起こして行方不明。……ティラのエレメント・ソーサラーにもブラックボックスとして入ってる。ランフォって名乗ったのは、君を主と認めているからだろうね。或いは子供と。里の秘宝なんでしょ、里の子は皆我が子として守ろうとしたのかも。プッテちゃんやテミスちゃんはそれにあやかれたって所かな」

 ほぼ無言だったあんたは何なのよアーケロン。やっぱり私なんかどうでも良いってか? ああん?

「あー不味いもん食った」

 やっと隣の部屋から出て来たのはメガである。ふあ、と欠伸をしながら集まってる私達を見て、怪我人がいないのを確認したらしい。ん、と頷いて、頭をぼりぼりと掻く。って言うか食ったって。

「食べた……の、あれ」

「まあ食う事が俺の仕事だからねえ。でもあれはあんまりよくない。血管代わりのオイル管が腐食してたし、まあ最後の花を咲かせたって言っても嘘じゃないね。どうやらTITは俺達の資料抹消ついでに持て余してたこいつらも使ったらしい」

「おえっ」

 乙女らしくない声を出すのはステちゃんだ。でも本当、全兵器を使われたらどうなってしまうんだろう。ファーストの二人だって一緒に現れたら大変だろうに。でもステちゃんが魔導石持ってたのには驚いた。ほんと、言えよ、アーケロン。残るのはTITに保管されてる一つと、行方不明の一つか。月の、星の力を引き出すって割に地球でも使えるんだな。衛星だから? アバウトなことを考えつつ、とりあえずは解散する。

「私が起きてるから二人は寝てていいよ」

「プッテちゃんも女の子なんだから美容に睡眠は必要だよ。それに今夜はもう来ないと思う。てんやわんやだろうから」

「魔導石が二つもこっちにあることが解って?」

「あぅ」

 やっぱりあの時パラに聞いてたのか。くすっと笑うプッテちゃんは、本当、同性の眼から見ても可愛い。

「二つって?」

「テミスちゃんも持ってるのよ、アーケロンって言う、水や流れを操る魔導石。でもステちゃんには本当驚かされるなあ。まさかだもん、持ってるの。お守り袋出してた時点で気付くべきだったんだろうけれど」

「シノビだからね、私も! 自分以外の物の気配消すのだって得意だよ!」

「仲間にまで隠してほしくはないけどね」

「だってそんな大したもんだと思ってなかったもんー」

 仲間。

 そっか、私達仲間なんだ。

 今更の事を思い知って、ちょっと恥ずかしくなる。信用はしていたけれど、そこに名前を付けるのは怖くて、堪らなかった。多分最初の朝にティラが私を置いて行こうとしたからだろう。私はその時からお荷物の足手纏いだと思っていた。ティラにボウガンを止められた時だってそうだ。私はずっと、ただ見てるだけなんだろうって。でもちゃんとレックスの事を退ける事も出来た。今はもしかしたら、違うのかもしれない。

 そう思うと、ほっとして、涙腺が緩む。

「わーテミス、何泣いてんの!?」

「テミスちゃん!? べ、別に責めてるわけじゃないのよ、ね、ねっ?」

「ちが、って」

 私は無理やり笑う。

「私も仲間で良いんだな、って」

 へたくそに笑うと、当たり前じゃない、とプッテちゃんには呆れられてしまう。

「元々ティラに動機を与えたのはテミスちゃんなんだから、そのテミスちゃんが仲間でなくて何だって言うの、まったく」

「動機、」

「守るべきものがいる事。何よりの動機よ、それは」

 私が付いてくることで。

 みんなを集めた。

 私が駄目だと思っていたことは。

 ティラには必要だった?

「あーもう泣かないでよテミスー! 私だってアロ様に引っ付いて来ただけなんだから! 動機なんてみんなそれぞれ! テミスがたまたまティラの動機だったってだけだよ、もう!」

 それでも涙は止まらなかった。

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