第18話


 ――先生、ごめんなさい。奴らを殺せませんでした。

「良いのよ。こうして無事に帰ってきてくれたおかげで十分」

 ――でも先生、僕の目的はプロトメサイアを殺す事です。

「……それでも」

 ――先生?

 ――先生泣かないで。

 ――ニトイ先生。

「ごめんね……ごめんね、レックス」

 ――先生は悪くない。

「悪いのは全部私達よ。あなた達にすべてを押し付けて、ここでのうのうとしている私達だわ」

 ――でも、先生は悪くない!

「レックス」

 ――僕がちゃんとプロトメサイアを殺せば、先生はもう泣かなくて済む?

「レックス、ああ」

 ――苦しいよ先生。でもぎゅってされるのは嬉しいな。

「お願いレックス。あなたは人間でいて。オルも。みんな、人間でいて」

 ――先生。

 ――僕達をこんな身体にしたのは先生じゃないですか。

 ――だから僕は、僕達は――

「レックス? ……薬が切れたのね。ゆっくりおやすみなさい。そしてどうか。どうか、私の願いを叶えて。それはプロトメサイアの全滅なんかじゃないの。あなた達が、あなた達でいてくれる。それだけで十分なの。それだけで、本当に、私は十分なのよ――」



 地球の対流を覚え込むためにベランダのプールに出てゆらゆらしていると、視線を感じた。よく覚えのあるそれは焦土色。隣の部屋のティラだ。流石にラブホでも男子女子は分かれた。プッテちゃんなんて貞操の危機があるし。あのパラか大人しくしている訳がない。失礼だけどそう思う。半年間プッテちゃんの出るアイドル歌謡から目を離さなかった偏執性から見ても。

 ゆらゆらしているとプールの水面も揺れる。これが地球の対流。覚え込むと、ティラがガラガラと窓を開けてプールに出て来た。月はぼんやりと光っている。まだらなのは都市や森林の所為だろう。あのどこにいて今どこにいるのかも良く解っていないけれど。回り合う地球と月。ラグランジュポイント。ティラは私に話しかけてくる。――振動波で。

 ――聞こえているな? テミス。

「うん」

 ――その力は何だ。

「私にも良く解らないのは本当」

 ――どこで身に着けた。

「月の、メガがいた場所の洞窟」

 ――振動を操っているのか?

「解らない。ただ、水には強いみたい」

 ――水。

「うん。水」

 ――そうか。それでああなったわけか。

「風邪引いてない?」

 ――引ける身体じゃない。

「そっか」

 ――何をしている?

「星を感じてる。……んだと思う」

 ――星。

「そう。星の波を。地球って月の六倍もあるんでしょ? こまめに感じておかないと、あんな偶然は続かないかなって」

 ――あの時は、守ってやれなくて済まなかった。

「ティラが悪いんじゃないよ。謝らないで。まあ運は良かったけれどね。レックスの振動、前に覚えてたみたいだから」

 ――戦う、のか?

「うん」

 ――どうしても?

「うん」

 ――危険になったら隠れろよ。

「隠れる所があったら、ね」

「テミス」

「あは、冗談だよ、そんな戦える能力なのかも解んないし――」


 ティラはいつの間にか、私の後ろにいた。

 ぎゅっと抱きしめられて、身体が硬直する。

 緊張してしまう。ドキドキしてしまう。

 伝わってしまわないだろうか。

 ティラの鼓動は、振動は、いつものままなのに。


「頼むから、」

「ティラ」

「危険なことは、しないでくれ」

 うん――

 だって私達、同じ人達に育てられた兄妹みたいなものだもんね。心配になるかもだけど、大丈夫だよ。アーケロンもいるし。キュムキュムが手元にいないのは寂しいけれど、それでも私が戦力になるためだ。我慢しよう。我慢してね。キュムキュム。

 晒されている右腕のエレメント・ソーサラーは、ごつごつしてちょっと痛い。だけどそれや入れ墨を見せてくれるようになったのは、ちょっと嬉しい。だって信用されてるって事だから。信頼されてるって事だから。月光に煌めくそれは不謹慎だけど綺麗に見えて、兵器だなんてことは忘れてしまいそうだった。そう言えば。

「レックスの右手、服で隠れてたけどダークネス・ソーサラー、って言ってたね」

「恐らくはエレメント・ソーサラーのブラックボックス部分を極力排した劣化版だろう。これは感情値に対して効果が変化する所がある。あの時村を火柱にしたのも」

「あ」

「俺というオリジナルに対する挑戦の意味があったからこそだろうと言える。今回は随分薬を投与されていてダウナーな状態だったからな。俺が手を使わなくても逃げきれただけだ」

「つまりアッパーな状態になると、危ないって事か」

「ああ」

「そうならない内に、TITの本部を叩く必要があるんだね?」

「そうだ」

「でも地球のトーキョー? って意外と広いんじゃないかなあ。今から心配だよ、私」

「問題ない。俺達プロトメサイアが五人そろった事で連中は慌てて尻尾を出すだろうからな。しかも地球に降下している。連中にこれ以上の恐怖もない」

「だと、良いんだけれど」

「……テミス」

「うん?」

 いつになく真剣な声が私を呼ぶ。

「後悔していないか」

 私はティラの腕をすり抜けて、その顔を見る。寝ていた所為だろう、服はTシャツにマスクはしていない。エレメント・ソーサラーもプロトメサイアの印も晒している。何も隠されていない。それが嬉しくて、私は笑う。

「私はあなたに出会った。あなた達に出会ったのよ、ティラ。運命という哲学によって導き出された答えは絶対よ!」

「運命は哲学なのか?」

「お父さんはそう言ってた」

「なら、そうなんだろうな」

 くすっと笑ったその口元に、私はちょんっと自分の口唇を寄せる。

 キスとも言えない接触に、ティラはぽかんとして見せた。

 えへへっと私は笑って、ティラの背負う月を見上げる。

「あそこから来たんだね、私達」

「……そしてあそこに、帰るんだ」

「うん」

 解ってるよ。

 みんなで、帰ろうね。

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