第14話

 夜中にこっそり洞窟の奥に行くのは難儀だった。何せ四人中三人が戦場を経験したプロトメサイアで、一人は気配に聡いシノビだ。奥の方のベッドからこそこそと行くのはかえって不信かと思い、いかにもトイレに行きますよ、と言う様子で歩いて行く。そうして突き当りは、アーケロンがいた場所だ。私はそこでイメージで修行する。慣れると不思議に眼を閉じると波が見えるようになっていた。何の波だろう、解らないけれどそれに合わせて身体を揺らしているとそれと一体化するイメージになった。

『良い筋をしている。小娘』

 小娘じゃありません、テミスです。

『そうだったな。そのまま波に身を任せる事を覚えろ。波はあらゆるものにある。水、空気、次元、体内――あらゆるそれにリンク出来るようになれ。短時間でだ。その為には練習は欠かせない。聞けば二週間後にはここを発つのだろう? それまでにはなんとかしろ』

 はーい、解りました。でもこのゆらゆらしてるの気持ち良いな。ちなみに何の役に立つんです?

『それを考えるのはお前の役目だ。星の仔よ。この星の、子よ』

 星。

 宇宙にも波はあるんだろうか。

 だとしたら宇宙船の操縦にちょっとぐらい役に立つかな。

 思いながら私は揺らめく。

 ゆらゆらり。

 ゆらゆらり――。


「なんかクマ出来てない? テミス」

「え。そ、そうかな」

「うん、眠れないの? なんなら私が子守唄を」

「洞窟内で響くのはやめろ」

「何よティラ! 私の美声に酔いしれなさいよ! 里で寝付かせられなかった子なんていないんだからね!?」

「里、って?」

「私の生まれたとこ。山里だったんだ、開発を絶対拒否して関わる議員暗殺して行ったらいつの間にか秘境扱いになってて、初めて仕事の為に山降りた時はびっくりしたよ。服から違うからね、って言われてマント渡されてたのには本当感謝した」

「仕事って言うとやっぱり――」

 暗殺関係だろうか。ちょとびくびくしながら聞いてみると、ステちゃんはけらけら笑いながら大したもんじゃないって、と言う。

「諜報だよ、まあ私の里の言い方では間者って奴かな。見つかるとリスキーだけど、見付からなきゃどうってことない仕事。今はどんな内容だったかも覚えてないぐらい、ちょろい仕事だったよ」

 そんなもんなんだろうか。私は初めてバイトで店に出た時の事をしっかりと覚えている。酔っ払いおじさんの膝の上から逃げられなかった、十四の春だ。だからメガにもオルちゃんのことあんまり性的な眼で見てあげて欲しくないけれど、敵だしなあ。天敵がいるって言うのは良いのかもなあ。でも泣いてたしなあ。私より断然悪いのに引っ掛かって、あれは可哀想だったよ、流石に。しかも誰も止めてあげないし。こっちの男どもは遠くを見て、こっちの女性陣には戦闘能力が微妙で。本当に申し訳なかったと思う。次があったら謝ろう。メガは止めて。そう、何よりもメガは止めて。しかしよく気付いたな、あんな胸。いや、気配とかが男女で違うモノなのかな。でも初めて会った時誰も何も言わなかったし、一人称も俺だったから気付かなかったよ。本当、悪いことをした。

 そのメガはコーンスープにパンを浸してうとうとしている。自由だなあ。私が会ったプロトメサイアの中で一番自由かもしれない。と、眼があった。ほにゃ、と笑われて、ぎくっとなる。怖い。やっぱり、怖い。

「食べるかい? テミス」

「いえ結構です。メガが食べてください、食事は大事だから」

「そう、眠りぐらい大事」

 ぎくっとなるとにたにた笑われた。なんかもしかしてバレてます? と訊きたいけれど、ここでそれは自爆だろう。

「それに俺にとっての食事ってのはあんまり意味のある行動じゃなかったからねえ――デオキシリボムの為に何でも食わされた。およそ人の食う物じゃないものまで。そうしてるとやっぱり、断食ってのは気持ちが良かったねえ。こうやって皆で和やかにごはん、ってのも良いけどさ」

 人の食う物じゃないもの、ってなんだろう。虫とか爬虫類とかだろうか。でも聞くつもりはなくて、むしろ断食していたのかあの自由人の風貌はと、納得してしまった。何もしたくない。何もさせられたくない。髪も髭もボーボーだった由来がそこにあるのだとしたら、私は彼の生活を完全に掻き乱す部外者だったのかもしれない。ティラは自ら目立つ行動をとって来た、プロトメサイアとして。アロはコック。パラは先生。プッテちゃんはアイドルとして、狙われにくい環境を自らの外に作り上げた。そして何もしないことをすることで、メガはTITの眼から逃れていたんだろう。多分TITが補足しているのはティラとプッテちゃんだけだった。ナノマシンでは殺せない。何故なら彼らもナノマシンだから。刺客は送り込まれて来たけれど、それも大雑把には素人とオルちゃん・レックスの二人だけだ。TITはまだプロトメサイアをそれほど危険視していない。ならば叩くのは――今だろう。

「そう言えばプッテちゃんの力で宇宙船を用意するって言ってたけど、どうやって?」

「民間航空会社に慰問として入ってもらう。そこですべてのモニターからリズムダンスレイブの力を使えば、小さいのを一隻ぐらいかっぱらえるだろう」

「……運転は?」

「それなら私出来るよー」

 思わぬところから声が上がって、私はステちゃんを見る。え? 出来るって、え?

「職業柄あらゆる機械の操縦は仕込まれてたからね、宇宙船はシミュレーター任せだから楽な方。大体降りるだけだし。トーキョーで良いんですよね、アロ様」

「ん、とりあえずそこが一番怪しい都市だからな。しかしよく覚えてたなーステちゃん、流石未来の俺のお嫁さん」

「えへへー」

 撫でられて嬉しそうな様子を見ると、この子は犬なんじゃないかとちょっと思う。しかも猟犬。油断ならないなーとパンの最後のひとかけらを食べると、視線を感じた。なんだろうと隣を見ると、ティラが相変わらずエレメント・ソーサラーで綺麗に食べた食器を前に私を見ている。それから手が延ばされた。いつもの左手。それが私の前髪を上げる。んっと眼を細めてしまうと、本当に、と低い声が私に向けられる。相変わらず良い声だ。ぞくっと来ちゃうぐらい。

「クマが出来ているな。眠れてはいるのか?」

「う、うんうん、全然眠れてるよ、大丈夫」

 その前の修行がしんどいだけで。それも大部慣れて来て、睡眠時間は多くなった方だ。その、色んな波に身をゆだねる、って言う修業は。

「俺だけ独り者かよーなんだよお前ら。やっぱこの前のオルちゃん捕獲しといた方が良かったんじゃ」

「それはお前か楽しいだけだ。可哀想に、男に不信感を持つ子に育ったらどうする」

「え? 俺がお嫁さんにするけど?」

「最低過ぎる……!」

 思わず声に出ると、ぷーっと頬を膨らませられた。そんな顔しても可愛くないよ、十八歳(くらい)男子。いや、もう男性だから余計にやばいわ。オルちゃん逃げて。せめてこの変態の手からは逃れて。

 って言うか。

「殺す……つもりは、ないんだね。メガも」

「ないねぇ。あの子の近くで肌舐めたら解るけど、俺達が戦場に出る前に嗅がされてた麻酔薬の匂いしたもん。あれを嗅がされると一定時間恐怖とか罪悪感とか感じなくなるんだよ。しかも俺達の時よりバージョンアップしてた。あれ常時嗅がされてたとしたら、自我がいつかどっかで狂っちゃうだろうね」

「めっちゃ泣いてましたけど」

「あれは副作用もあるよ。俺だけの所為じゃありませんー」

 ぴーぴろぴーと口笛を吹いてハンズ・アップするけれど、いまいち信用できないんだよなあこの人――。

 そう言う訳で。

 時間は少し飛ぶ。

 プッテちゃんとの合流まで。

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