第12話


「ダークネス・ソーサラーのメンテナンスが終わったわよ、レックス。痛くはない? 違和感は?」

 ――いえ、先生。ありません。

「なら良いのだけれど、あなたはあのブラックボックスだらけのエレメント・ソーサラーのレプリカだからね。心配になっちゃうのよ」

 ――大丈夫です、先生。

「どうしてこんなことするのかしらね。まだ幼い子供に成長薬まで投与して」

 ――ぼくもう大人ですから、平気ですよ。先生。

「あなたはまだ子供よ。たった六歳の、子供」

 ――でも兵器です。平気です。

「そんな事を言わないで。お願い。あなた達は人間よ。それを忘れてしまったら、本当にモノになってしまう。そんなの私は嫌。お願いよレックス、人間でいて。あなた達の運命には過酷かもしれないけれど。でもお願い。忘れないで。あなたは、人間なのよ」

 ――はい、先生。

「ごめんなさいね。本当、ごめんなさい……」

 ――どうして泣くんですか、先生。

「解らないの。解らないけれど、涙が止まらないのよ」

 ――泣かないで、先生。

 ――ニトイ先生。

 ――僕が必ず消すから。

 ――廃棄物のプロトメサイア達を、ちゃんと消すから。

 ――だから泣かないで、ニトイ先生。

「レックス……レックス……」

「僕はへいきですよ、先生」

「レックス」

「行って来ます。ニトイ先生」

「ああ、あああ――……」


 先生の為に。

 今度こそあいつらを、殺さなきゃ。



「多分この辺りだと思うんだが」

 ティラの言うこの辺りは、見渡す限りの草原だった。木立が少しあって、でも子供達が喜んで遊びそうな草原。もっともここに来るまでに村や町はなかったから 手つかずの野生、って感じだ。こんなところに人がいるとは思えないけれど、ティラが言うんだからいるんだろう。最後のプロトメサイア。メガ、とか言ったっけ。識別呼称はメガ017。正式名はメガ・ロ・サウルスだったと思う。そう言えば。

「サウルスって付く人多いけど、何か意味ってあるの?」

 私はティラを見上げて問い掛ける。ン、と私を見下ろしたティラは、言ってなかったか、とちょっととぼけた返事をした。ご機嫌に聞いていませんよ、私は。ステちゃんは気配を探すべく草原に入って行ったけれど、まだ戻らない。アロやパラも同様だ。私達は目印のため、ここに留まっている。もしもの襲撃のために、ティラをボディガードみたいにして。キュムキュムも一緒に。

「同じ孤児院から引き取られたんだ。だから印みたいに名前が付けられてる。アロと俺とメガは、生まれた時から一緒だった。まあ人見知りが激し過ぎて貰い手が付かなかったと言うから、組織に恐らくは売買されたのだろうが」

「……私も子供の頃から託児所で一人だったけれど、流石に売買はされなくてよかったわ」

「博士達は?」

「仕事でしょっちゅう地球まで行ってたから。もしかしたらあなた達と過ごした時間の方が多いのかもね、ティラ」

「それは悪いことをした」

「真顔で言わないでよもー、冗談だってば」

「だがお前たちから家族の時間を奪っていたのは事実だろう」

「良いのよ私にはキュムキュムがいたし。それにしても見つからないね」

「……パラ!」

 ぴょこっと草むらから足跡を探していたパラが顔を出す。

「なーに、ティラ」

「お前の能力で探せないか。俺が聞いた情報では、確かにこの辺りなんだが」

「はいよー」

 すう、と息を吸って。

 はぁ――っと長く吐かれる。痛いっとステちゃんが呻く声が聞こえた。これって言うのは振動を操る能力の応用版で、近くにいる人間を探すこともできるらしい。ちょっとでも修業した人には耳鳴りみたいに聞こえてしまうらしいけれど、私は平々凡々なのでまったく効果がなかった。サンキュー凡人の身体。たまに便利だぜこの鈍感さ。

「――見付けた」

 言ってパラが歩き出すのに、鴨打状態で私やティラ、アロやステちゃんが付いて行く。木立を抜けるとそこは崖だった。

 そしてその先端に、座っている人がいる。

 髪は伸び放題、ぼんやりしている姿はまるで世捨て人か自由人。溜息を吐いて立ち上がったその人はこっちを向いた。不精髭がちょっと目立つ、男の人だった。

「プロトメサイアが三人も集まって何してんだい。世界の転覆でも狙ってるなら俺はお断りだよ、のんびり生きてるのが楽しいところなんだから」

「俺達ファーストシリーズが動いてるって言っても、かな?」

「ッ!?」

 まったく気配を感じさせない方角から響いた声に、私達五人はそっちを見る。十二・三歳の年かさに見えるその子は――オル、とか言ったっけ。

「メガ017。まずは面倒くさい君から潰しておこうと思ったのに、まさかプロトメサイア連中が集まってきてるなんてねえ。そっちはレックスに任せたいところだけれど、俺も手柄は欲しいところだしなあ――」

「君。名前は?」

 メガの視線がそっちに行ったのが、私にも解る。でもそれは何だか、嫌な感じだった。そう、レストランで働いていた時に時折感じた視線――

「オル。ファーストシリーズのオル・ニトミムスさ」

「俺っ子が流行ってるのかい? 巷では」

 え?

 しゅびっとその風貌からは考えられない速さで動いたメガに、オルも動揺したらしい。簡単に後ろを取られて、それから――

 服を、めくりあげられた。

 そこにはステちゃんや私よりも小さいけれど、確かに胸があって――

「お……女の子ぉ!?」

 叫んだステちゃんに、オルは慌てて服を戻す。だけどその中にはもうメガが手を突っ込んでいた。

「んんー発達途上だけどなかなか可愛いねえ、何歳? 六歳か七歳かな、この投与薬の量なら」

「ひああ!」

 耳を舐められて彼女は悲鳴を上げる。って言うかどう見ても犯罪現場なんてすけれどどうなんですかそこのところ、ティラさん。遠くを見詰めないで。アロも。ステちゃんが凄い目で見上げてるから。ロリコン疑惑掛けられてるから。

「ふん、クスリとの相性が悪かったんだね。それ以上は自然に任せる他なかったって所か。それにしても可愛いね、オルちゃん、オルちゃーん」

「なんっなんだお前!? 俺に触るな、って言うか服から手を抜け! 気持ち悪い、やめろ、いやあああ!」

 女の子としては流石に助けてあげたいところなんだけれどどうなんだろう。涙目になってるし。可哀想に、七歳って立派に女の子なのよ。十三歳なんて立派なレディなのよ。それなのに初対面の変人に乳揉まれて耳舐められて、否本当止めようよティラ。あんたの友達でしょ。あんたが止めなくてどうするの。アロも遠くを見ない。今日は風が騒がしいなーなんて情緒に浸らない。それ現実逃避だから。あかん。あかんわこいつらあてにならん。

「あのーメガさん、そろそろ離して上げては……泣きそうですよその子」

「レディ~を見たら口説くのが俺の持論でね。そっちは皆お手付きみたいだし、俺たって彼女欲しいよー。それにしてもファースト? 本当に? こんな女の子が? プッテだって実戦投入さたのはもうちょッと大きくなってからだったのに」

「プッテちゃんとそんなおてんばな子比べないで」

 すかさず入るパラ。本当にプッテちゃんの話には見境ないな。

「おてんばとかっ言うな――!」

 真っ赤な顔がこれ以上ないぐらいになった所で、オルちゃんは何かをした。何かを、と言うのは、それが何だったか私達には解らなかったからだ。ただ彼女の周囲の草むらが、ミステリーサークルのように凹んだ。でもメガは相変わらずむにむにとオルちゃんの胸を揉んでいるし、私達が受けたような圧力がかかっている様子もない。なっ、とオルちゃんも驚いた様子で、メガを見上げた。

「デオキシリボム。俺の能力。体液を摂取したり食べたりしたものの属性を手に入れられる。もっとも君達は同じメサイアシリーズだから効かないけれど、今君は俺に圧力をかけているね? 前に食べたマッコウクジラの能力だね、彼らは水圧に強い。水上の圧力にはもっともっとだ」

「なっ、なっ」

「あー可愛いー戸惑っちゃってるオルちゃん可愛いー。ねえ君、一目惚れって信じるかい?」

「信じたくないわ! 助けて、レックス、レックスぅー!」

 とうとうわんわん泣き出したオルちゃんが流石に不憫になって、ティラのマントを引っ張る。現実に戻ってこい。あれがあなたの生まれた時からのお友達です。

「メガ。そろそろ離してやれ」

「なんで? ファーストシリーズなんでしょ、この子。ティラ達が俺を探してた理由も恐らくはこの子達だ。その、レックスって子も合わせて。だったら捕獲しておいた方が良いじゃないー」

「お前のそれは捕獲じゃない。セクハラだ。痴漢だ」

「っく、ぃっく、ふえええ」

「あれ? オルちゃん何泣いてるの?」

「お前以外の原因が見当たるか?」

「ないね! 仕方ない、解放してあげよう」

 ぱっと服の中から手を抜いたメガから、オルちゃんはダッシュで距離を取る。正しい。痴漢に対しては正しい姿勢だ。少し伸びちゃった服を慌ててさらに伸ばし、キッとした目を向けてオルちゃんは私達を見渡す。

「今日はこのぐらいで帰ってやるけれどな、次に会ったらただじゃおかねーぞ! 特にそこの痴漢!」

「ただの自由人だよー」

「自由とかじゃない! 痴漢、変態、セクハラ魔!」

 私たち女子陣はそれをフォローする言葉を持たない。男性陣もだけど。フォローした瞬間見放すからね、大体。

 風に乘って崖下まで逃げて行くオルちゃんに律儀にぱたぱた手を振ったメガは、次にはこっちに眼を向けて来た。思わずステちゃんと手を繋ぐ。恐い。もしかしたら今まで会ったどの敵より味方より、怖い。

「じゃ、俺も付いて行くとしようかな。目的地の目安は付いてるの?」

「付いてるよんー」

 はあっとため息交じりにアロも現実に帰って来る。ステちゃんが草鞋でその靴を踏みつけているからかもしれないけれど。

「地球の極東地区。小さい島国の首都。そこが怪しい、って、さっきの子に文字通り握りつぶされた資料に書いてあった」

「よくそんな資料があったな?」

「この子が保管してた。アル博士達の娘の、テミスちゃんだ」

 紹介されるのは初めてで、びくっとなってしまう。ああ博士達の、とさらりとした反応をされて、何となくホッとする。

「私はアロ様の婚約者のステ! 私に手を出したらアロ様が黙ってないんだからね!」

「興味もねーよおじょーちゃん」

「さっきのはもっとお嬢ちゃんだったけれど……」

「でも俺達と属性は同じだったからなあ。普通の人間には流石に手ぇ出せねーわ。んでそのテミスちゃんはティラのステディなわけ?」

「いや」

 即答で否定されるとちょっと傷付く乙女心。

「まだそんな余裕はない」

「え。何、ティラとテミスちゃんって付き合ってんじゃなかったのん? てっきり愛の力で付いてきたのかと思ってたのに」

「アロ、変なこと言わないで……私はその、TITブッ潰してお父さん達の痕跡を辿るのが目的だから」

「痕跡ねえ」

 いつかみたいにシニックな表情で、パラがクッと笑う。

「残ってればいいけれどね。それも。やつらの徹底主義の中で生き残れたのなんて、ナノマシンで殺せないプロトメサイアシリーズぐらいだったのに」

「えぅ」

「意気を挫くようなことを言ってやるなよ、パラ。で、地球まではどう行くつもりだ?」

「プッテの能力で宇宙船を乗っ取ろうと思っている」

「ほ。そりゃ大事業だ。そのプッテは?」

「ツアー中」

「プッテちゃんは月のローカルアイドルなんだよ、知らないの!?」

「いやローカルなんて知らんわ。で、ステは体術の心得があるとみて――お前は? テミス」

「え」

「お前には何が出来る、って訊いてるんだよ」

 パラに渡された小刀で伸び放題だった髪を切り、髭も剃ってアロたちと同じ年嵩に見えるようになったメガは、無感情に私を見ていた。

「見届け、ます」

「何を」

「すべてを。それが両親の子である私の、役目だと思うから」

「はん」

 目を眇めたメガは、ちょっとだけ笑ったみたいだった。

「まあ足手纏いの一人や二人、抱えてたって良いか。五人揃って俺達は無敵だからな。ま、ティラ一人でもやれることはやれるだろうが、昔のダチ集めてカチコミってのも良いもんだ。久し振りに会ったのも縁だし、協力してやるよ」

 足手纏い扱いされた。密やかに凹む。

 でも現状それ以外の何でもないしなあ。

 私にももっと、力があれば。

 何か力が――あれば。

「で、プッテのツアーはいつ終わるんだよ」

「二週間後」

「それまでは、待機訓練って所だな。んじゃ俺、寝る」

「えっ」

「おやすみー」

 後ろにバタンと倒れたメガは。

 大の字でいびき書いて寝始めた。

 いやいやいやいやいや。

 自由すぎだろ、この人!

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