第7話 転生先は、竜眼族の幼女だった。


 幼女の時に、前世を思い出す。頭を打つとか、何かショックを受けて。

 それで、乙女ゲームの中にいると知って驚く。あるいは、神様に会って、状況説明をされる――このあたりが、転生物の定番じゃなかろうか。

 いや、学園入学直前に目覚めるというパターンもあったな。断罪イベントがおきないようにがんばるという、回避型かいひがたストーリーのやつ。


 どれにしたって、共通するのは、主人公は美形だってこと。

 愛らしい美幼女、清楚せいそな美少女、クールビューティの公爵令嬢。タイプは違えど、皆さま、お美しい。

 家庭環境が悪くたって、性格がひねこびていたって、とにかく、お美しい。

 色男の逆ハーレムを作っても見劣りしないくらい、圧倒的に、お美しい。 

 それなのに。それが、『お約束』のはずなのに。

 なぜに、わたしは、なのだろう?


<えー、かわいいよ、マリカ。その子、とってもとってもプリティだよ>


 ありがとう、相棒。きみが、本気で言ってくれてるのは、わかってるよ。

 カエルやイモリを可愛がってる連中もいるもんね。好みは、人それぞれさ。


<ちがうってば。ソラだけの好みじゃないよ。ほら、目がくりっとして大きいし、すごく覇気はきがあるし。きっと、みんな、圧倒的な美女になるね、って言うよ>


 うん。たしかに、目は大きいよな。『くりっ』より、『くわっ』って印象だけど。わたしの美意識からすると、でかすぎて、きつすぎて、そりゃあもう怖いくらいなんだけど。


<あー、美意識の違いかぁ。竜眼りゅうがんを見慣れてないと、そうなのかもねぇ>

<竜眼って、この目のこと? 睫毛まつげなしのまぶたが三つで、ソラと同じだよね>


 何が怖いって、この目が怖い。睫毛がなくて、虹彩が細いのも。瞳孔が竜気で白く光るのも。厚い『外瞼そとまぶた』の裏側から、上下二枚の薄い『内瞼うちまぶた』がするする出入りするところも。

 それより何より、人間でなくなったという事実が、とっても怖い。


<うん。これ、もともとは、竜気を使える高等竜類こうとうりゅうるいの眼のことなのね。それで、竜眼っていうの。竜眼を持つ人は少ないんだけど、やっぱり竜気が使える。それで、他の人族ひとぞくと区別して、竜眼族りゅうがんぞくって呼んでるのよ>


<つまり、わたしも、今や竜眼族なわけね。で、竜気が使えると。さっき、魔物を倒したじゃない。あれって、わたしの力だったの?>

<マリカとソラの力。簡単に言うと、お互いの竜気の循環速度を上げて、増幅ぞうふくした神通力じんつうりきを、攻撃波として収束しゅうそくして、マリカの竜眼から放出したんだけどね>


<それ、ちっとも簡単じゃないよ、ソラ>

<でも、簡単にできたんだから、そんなに難しくないと思うよ。ほら、マリカ、ちょっと、来て。こっちこっち>


 わたしの肩に乗っていたソラは、エメラルドグリーンの翅をパカッと広げて、ススーっとつばめみたいな速さで飛んでいく。わたしは、のろのろと後を追った。怖いもの見たさで目を離せなかった姿見鏡すがたみかがみの前から、見るのも怖い情景の中へと。


 ここは、教室くらいの広さがある地下倉庫だった。姿見鏡だけじゃなくて、いろいろな家具が雑多に置いてあるところを見ると、不用品置き場なのかもしれない。


 そこにいたのは、わたしともう一人。わたしより、頭半分くらいは大きい男の子。同じ竜眼族だから、お兄ちゃんかもしれないと思ったけど、肌の色が全然違うから、近親者じゃないらしい。

 その子は水色。わたしは、レモン色。幸いにして、髪は真っ黒で、黄色人種に近い分、まだマシだと思おう。ソラに負けないほど鮮やかで派手だけど、シルクみたいに綺麗な肌だから、気にしない。どこぞのアニメに出てきそうな原色だけど、気にしないったら気にしない。


 それでも、どうしても気になるのは、四本指。

 両手で、八本しかないのよ。関節はふたつあるね。第一関節全体をおおった、長くて硬い爪がついている。この関節、曲がるというよりは、くいくい回って、変な感触。慣れるまでは、物を持つのも苦労しそう。


 顔立ちは、なんとも言いようがないとしか言いようがなかった。

 目ふたつ(竜眼だけど)、鼻ひとつ、口ひとつ、耳ふたつ。人間と構成は同じだし、SFファンタジーに出てくるエイリアンほど奇抜きばつではないんだよ。逆立ちしたって、プリティには見えないにしろ、気色悪いってほどでもないしね。


 ただ、何て言うのか……そう、マンガ的なんだな。

 二次元で見てる分には面白いけど、このギョロ目が自分だと思うと、『これじゃないカン』が、猛烈に突き上げてくる。『夢であってくれガン』と一緒に。


 唯一の救いは、ほっそり体型なことね。わたしの人生で、こんなに痩せていたことがあるだろうか。いや、ない。

 まだ幼女なら、細くて当然だって? そんなことはないぞ。わたしは、幼少期から、ぷっくりふくれていた。残念なことに、証拠写真が山のようにあって、厳しい現実と向き合って生きてきたのだ。


 うん。厳しい現実だと思っていたんだよ。

 ママに似ないで、パパそっくりなことも。丸缶と言われた体型も。美形の弟と比較されることも。言葉の暴力を受け続けることも。

 だけど、物理的な暴力を受けたことはなかった。子供同士の他愛ない喧嘩をのぞけば。誰からも。一度たりとも。


 日本で、人が亡くなるのは、たいてい事故か病気か老衰で。天災にあうと大事だけど、それは不運な事故のうち。殺人が起きるのは、マスコミが大騒ぎするくらい珍しくて。まして、テロや内乱なんて、よその国のニュースに過ぎなかった。

 わたしは、暴力に免疫めんえきがなかった。非業ひごうの死というものに慣れていなかった。

 

<――ソラ、その人たち、みんな、死んでるの?>


 階段をなんとか登って、地下室の扉を出ると、そこは、同じくらいの広さがあるお遊戯室だった。壁には、一面に、大中小、何十種類もの竜の写実画。竜のぬいぐるみに、カラフルな積み木。ボードゲームらしきものや、クレヨンみたいな画材。幼稚園風の遊具が、あちらこちらに散乱している。


 そんなほのぼのした空間に、人が倒れていた。剣や槍を握りしめている男の人たちが何人も。ロングスカートをはいた女の人も一人混じっていた。みんな、固まって動かない。一瞬、彫刻かと思ったくらい、生気を失っていた。

 違うな。生気じゃない。失ったのは竜気だ。竜気が、全然感じられないんだよ。


<うん。みんな、もう、竜界にかえっちゃった。ソラだけじゃ、力が足りなくて。助けてあげることができなかったの。でも、ここにマリカが来てくれたから、あだてた。魔物を退治することができたのよ。ほら、これが、証拠の魔石>


 ソラが、空中浮遊しながら、キツツキ嘴でつんつん突いているのは、溶岩みたいな固形物だった。血の色で、ごつごつしていて、ボーリングの玉よりも大きい。


<これが、魔石? こんなに大きいものなの?>

<魔素が濃くて強い魔物ほど、魔石は大きくなるから。これは、中くらいかな>


 これで中くらいなら、もっと強くて、ずっと恐ろしい魔物もいるってことだね。

 わたしが呆然と立ちつくしていると、ソラがひょいと肩に乗ってきた。


<ごめんね、マリカ。ほんとは、こんなの見たくなかったでしょ。でも、一度は、見ておいて欲しかったの。ソラは、魔物と闘うために生まれた。みんなを守るために作られた。だから、ソラの相棒になるっていうことは、これからも、こういう悲しい場面に、立ち会わなきゃならないってことなの。何回も。もしかしたら、何千回も>


 相変わらず、アバウトだね。数回と数千回じゃ、心構えだって違うじゃないの。

 でも、そうか、あんたって、正義の味方系の秘密兵器だったのか。マスコットキャラ系だなんて、馬鹿にしていてごめんよ。


<もし、それがつらいなら。どうしても、耐えられないと思ったら。ちゃんと言ってくれれば、相棒は解消するからね。約束するよ>

<そのときは、わたしが言わなくたって、あんたには、ちゃんとわかるでしょ、ソラ。なんたって、相棒なんだから>

<うん、そうだね。わかりたくなくても、わかっちゃうよね、相棒なんだから>


 ソラは、キツツキ嘴をうにゅっと丸めて、わたしの頬に、ぽわんと軽く触れた。「チュッ」という効果音付で。

 

 わたしとソラが、真の相棒になったのは、この瞬間だったのだと思う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る