本編

プロローグ

「助けて、騎士様!」


 ヴァレンティア王国に――正確には、須王龍野に――届いた手紙には、簡潔にそう記されていた。


 差出人不明のこの手紙は、しかしイタズラとは判断されなかった。


「アイツだな」

「ええ、アイツね。

 しかも、裏に何やら書いてあるわ……」


 龍野とヴァイスは、“あるもの”により、一目見るだけで差出人に気づいていたのだ。


「お姉様、今よろしいでしょうか?」


 そこに、ヴァイスとは別の女声が響く。


「シュシュ、貴女だけであれば」

「かしこまりました、お姉様。

 ……皆様、しばしお待ちを」


 シュシュと呼ばれた女性が何者かをとどめつつ、部屋に入ってくる。


「失礼します、お姉様……それに兄卑あにひ、いえ、

 “黒龍騎士団”の正規団員、全員集合させましたわ」

「お疲れ様さん、シュシュ」


 報告を受け取った龍野が、シュシュを労う。


「それで、シュシュ。

 先程『貴女だけ』と言ったけれど、これを見てちょうだいな」


 ヴァイスが手紙を見せる。

 やはり、表情が一変した。


「“カンパニー”……。

 それも、差出人はあの子……いえ、ではありませんか!」


 そう。

 前回、龍野達三人を召喚し、代理戦争に参加させた、魔族の王女。


「現在はCEOになっていると聞いたけれど……。

 シュシュ、知ってるかしら?」

「ええ、お姉様。

 確かにこれは、わたくし達三人のみが知りえる情報ですわね」

「そうよ。

 ともあれ、これは好機……いえ、天啓と言うべきね」

「どういう事だ?」


 唐突なヴァイスの発言に、龍野は疑念を隠し切れなかった。

 と、次の瞬間、ヴァイスが龍野に向き直る。


「龍野君。

『黒龍騎士団副団長』として、全団員の動員を提言するわ」

「反対だな。

 俺達だけならいざ知らず……」


 返す刀で龍野が反対する。


「お二方、あれ……」


 突如、シュシュが部屋を指さした。

 正確には、だ。


「おっじゃまっしまーす!」


 快活な声が聞こえたかと思えば、黒髪と褐色の肌を備えた女性が現れる。


「ど、どなた……!?」

「ディノ(ディノさん)!」


 三者の反応は、真っ二つに分かれた。


 一人シュシュは突然の侵入者に驚き、二人龍野とヴァイスは、しばらくぶりに友人を見た表情であった。


 と、登場一番、ディノが龍野の胸倉を掴む。


「おわっ!?」

「兄卑!?

 ちょっと、狼藉も大概に――」


 シュシュが助けようとする。


「待ちなさい。

 話だけでも、させてあげなさいな」


 が、それをヴァイスが制した。


「お姉様!?」

「何かあったら、二人がかりで止めればいいだけよ。

 今は見守りなさい」


 ヴァイスの言葉で、シュシュは展開しかけた魔術を引っ込めた。


 それを見たディノは、ヴァイスにウィンクしてから龍野に向き直る。


「水くせえじゃねえかよ!

 まして相手は、あの“カンパニー”だぜ?

 今度は誰がさらわれてるか、気が気じゃねえよ!」


 ディノの言葉は止まらない。


「だからこそ、お互いの目的を晴らすべきじゃねえか、龍野!

 違うか!?」

「っ……」

「どうなんだ!?」


 さらに顔を近づけるディノ。

 ややあって、龍野が答えた。


「分かった。

 あいつらも連れていくよ。

 “ハーゲンの意思を継いだ奴ら”もいるからな」


 そうだ。

 黒龍騎士団の団員は、龍野がかつて幾度に渡って共闘した男、ハーゲン・クロイツの関係者がほとんどだ。


「だが、最終的な判断はあいつら次第だぞ」

「それについちゃ、問題ねえよ、龍野。

 あいつらはあいつらで、『異世界に消失したデザイア系列の機体を追跡・調査、場合によっては破壊せよ』って命令があるからな。建前だけど」


 ディノがさらに続ける。


「あと、さっき嘘ついた。ゴメン。

 多分誰もさらわれてねえ」

「ちょ!?」

「だけど、言質は取ったからな。

 な、ヴァイスさん?」

「ええ、バッチリわよ」


 微笑むヴァイスの手には、ボイスレコーダーが握られていた。


「ちょ、ヴァイス!?」

「龍野君、続きは後でたっぷりとお願いね」


 と、ヴァイスが手を叩いた。

 そして、インターフォンに向かって呼びかける。


「皆様、経緯はご存知ですね?

 お入りくださいませ」


 部屋のロックを解錠し、シュシュが連れて来た人物を招く。


「アークエグゼ様、それに龍野さん、お久しぶりです! 」

「お邪魔しますわ」

「お久しぶりですわね、ヴァイスシルト殿下」

「失礼致します」

「広いな、ここ! 俺の部屋より広いぞ!?」

「カメリア宮殿と同等か、それ以上ですわね。ゼルギアス様」

「……美しい」


 そこには、“七人”もの来客がいた。


 過半数が狐耳ともふもふ尻尾を有しており、かつ、総じて“筋骨隆々”か“グラマラス”であった。


 その内の一人である、リーダー格の男が前に出る。


「龍野さん、ヴァイスシルト殿下、お話は聞かせていただきました。

 僕達七人は、あなた方の望むままに動きます」

「あいよ……(こうなっちまったら、引き返すワケにもいかねえな……)」

「わかりましたわ」


 男と龍野、そしてヴァイスが確認を取っている間、それ以外の面々は自由に歓談していた。


     *


 ややあってのこと。


 一行は、龍野、ヴァイス、シュシュ、ディノを除き、各々の巨大ロボット――鋼鉄人形――の前に待機していた。


「それじゃ、オレが鋼鉄人形を呼んでやるよ。

 オレ達が乗った、『ランフォ・ルーザ(ツヴァイ)』……改め、『ランフォ・ルーザ(ドライ)』をな!」

「“ドライ”だと!?」

「また魔改造したのかしらね」


 龍野とヴァイスの話をよそに、ディノはシュシュを見る。


「わ、わたくしでしょうか……?」

「ああ、シュシュ。

 お前の為の鋼鉄人形も、特別に仕立ててもらったぜ。


 その名も、『リナリア・ヴァイスリッター』だ!


 さあ呼ぶぞ!」


 シュシュの反応を見ず、ディノは鋼鉄人形2機を召喚した。

 眩い光が一同を覆い――そして、それらは現れる。


「呼んだぜ。

 角が三本あるゴツい胸の機体が『ランフォ・ルーザ(ドライ)』、

 細い見た目の機体が『リナリア・ヴァイスリッター』だ」

「こいつが……」

「“ドライ”……」

「そして、“リナリア・ヴァイスリッター”……」


 そう。

 かつて龍野とヴァイス、それにディノが登場した『ランフォ・ルーザ(ツヴァイ)』と異なり、“ドライ”はわずかに違っていた。

 具体的には、全高、それに頭部の角の数である。

 “ツヴァイ”では一本だった角が、“ドライ”ではになっていたのだ。


 そして、リナリア・ヴァイスリッターは……シュシュから見て右隣の機体の、“色違い”であった。

 厳密には角飾りなどの細部が異なるのだが、とにかく、それくらい似ていたのだ。


 三人がしばし呆けていると、ディノから声が飛ぶ。


「ほら、団長!

 全員、搭乗させろよ!」

「!

 済まん、ボーッとしてたぜ、ディノ!」


 ディノからの喝を受け取った龍野は、騎士団長として、全員に号令を掛ける。


「全員搭乗!

 搭乗後、そのまま待機!」


 その言葉と同時に、龍野、ヴァイス、シュシュ、ディノ以外の七人が、即座に飛び乗った。

 やがて、龍の咆哮が如き駆動音が響き始める。


「それじゃ、俺達も乗るか」

「ええ」

「勿論だぜ、龍野」


 遅れて、龍野達四人も飛び乗る。


 と、シュシュがヴァイスに念話を飛ばした。


『お姉様、よろしいでしょうか?』

『何かしら、シュシュ?』

『どのようにして、フーダニットのいる地まで行くのでしょうか?』

『それは龍野君から指示があるわ(正確には、私が手順を伝えるのですけれどね。

 あくまで私は“副”団長、職掌は守らねば)』


 かくして疑問に答えたヴァイスは、龍野に手順を伝える。


「龍野君、裏面の文章を読んで、その通りに指示して」

「わかった」


 一分ほどかけ、読み終える龍野。

 直後、指示を飛ばす。


「総員、鋼鉄人形同士で手を繋げ!

 理由は追って説明する!」


 この指示と同時に、全7機が手を繋ぐ。


「では行くぞ!」


 全機が指示に従ったのを確認次第、龍野は“指定された文言”を読み上げた。


「『我、汝の願いに応じ、馳せ参ず』!」


 この言葉と同時に、7機の鋼鉄人形は光に包まれ――“消失”したのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る