第4話 何もない勇者



 まぶしい日差しの中、俺は手に持っていた剣を落とした。いや、持つことすらできなかった。重い剣をサウスから渡されて、そのまま落としたのだから。


「ご無事ですか?」

「あぁ・・・すみません。」


 ここは、城の中庭。ひらけた場所なので、剣を振るったりするのにはちょうど良く、王族が剣術を学ぶのに使っているらしい。

 そんなところに来て、やることといえば一つ。剣を振るう。

 俺は、その前段階の剣を持つことすらできなかった。


「どうやら、剣術は・・・そうですね、では次に魔法の適性を見せていただきましょう。」

 言葉を濁し、誤魔化すように魔法適性の話をされた。

「はい。」

 甘かった。剣を振るくらいならできると思っていたが、まさかあんなに重いとは。それはそうだ、鉄の塊だからな。




 俺は、城の中へと戻り、サウスの後ろをついて歩き、怪しげな部屋へと案内された。

 扉を開ける前から何やら異臭がしていたが、扉を開けた瞬間、鼻が曲がりそうなほどの強い匂いが俺を襲った。


「くっ・・・」

 臭い。とか、言ってはだめだ。俺は今猫をかぶっている!その猫が、臭いなんて失礼なことを言うのを許さない。

「いつ来てもひどい匂いだ。おいっ!勇者様をお連れしたぞ!とりあえず、窓を開けろ!臭くてかなわん。」


 サウスの言葉に反応し、部屋の中で人が動く気配がした。そして、風が吹いて匂いを薄めた。


「はぁ。ましになったな。勇者様、失礼しました。どうぞこちらに。」

「はい。」

 サウスに導かれるまま、俺は部屋の中に入る。

 そこは、俺が使っている部屋と同じくらいの広さだが、質素倹約といえばいいのか、豪華さが全くない部屋だった。

 無駄な装飾のない、実用的な部屋といった感じだ。いや、初めて入ったものには使いずらい部屋ではあるので、部屋の持ち主には実用的なのだろう・・・


 壁側は、ほぼ棚と本棚に埋め尽くされていて、なんとなく分類とかはされてない気がする。


 部屋の中央には、机が置かれているが、その上には書類や骸骨・・・がいこつ!?

「そ、それ、本物か?」

「あぁ、そうじゃよ。」


 俺の質問に答えたのは、部屋の中にいた男。黒い、ローブというやつか?とにかく黒い服を着て、おまけに室内だというのにフードをかぶった、怪しい老人だった。


「勇者様、こちらは宮廷魔術師の・・・ロジと呼んでいただければ、よろしいでしょう。」

 俺が肩書や長い名前を覚えられないと踏んで、簡単に紹介してくれたサウスは頭がいいのだろうな・・・

「なんじゃ。ずいぶんあっさりとした紹介じゃの?ま、ワシは別に肩書や家柄などどうでもよいが。では、さっそく調べさせてもらいますぞ。」

 いうが早い。ロジは、俺に近づき、俺と目を合わせた。その目が少し光っているような気がして、気になって見つめていると、ロジはため息をつき、踵を返した。


「何にもないぞ。なーんの資質もない。がっかりじゃ。勇者様なぞ、めったにお目にかかれない存在、どのような力を秘めているのかと、期待しておったのに。」

「そんな!」

 ロジの言葉にサウスが悲鳴にも似た声をあげる。


「魔力のひとかけらもない。何か、特別な力を感じることもないの。それに、普通に見た感じ、そう、ワシの直感が言うておる。この者は脅威ではないと。つまり、ワシよりも弱き者ということじゃ。」

「魔力がない・・・ということは、魔法が使えないということです・・・よね?」

「・・・そうだ。」

 固い声のサウスが答えた。その顔は、暗い。


 どうやら、俺には剣の才能も魔法の才能もなかったようだ。

 おい、鈴木!話が違うぞ!


「こんな者が、どうやって魔王を倒すというのか・・・これなら、ワシやお主の方がまだ可能性があるわい。」

「しかし、神話では・・・魔王を倒すのは、勇者であると。」

「全く。そんなもの数十年前は信じられていなかった、ただのおとぎ話じゃ。」

「だが!魔王は現れたではないか!」

「そうじゃな。魔王は本物であったのじゃろう。魔王のことについては、おとぎ話ではなかったのじゃな。」

 ロジが俺を見た。その目は、失望したようなものではなく、憐れむような目だ。


「じゃが、勇者はおとぎ話だったのじゃ。ワシらは、何の力も持たない小童を召喚してしまったようじゃの。剣も魔法も使えぬ、哀れなことじゃ。」

「・・・俺たちは、取り返しのつかないことをしてしまったな。」

 サウスは、こぶしを握り締めて目をつぶった。


「まだ間に合う。勇者召還は失敗と伝えれば、それでいいじゃろう?」

「いや、もう遅い。昨日のうちに各国に早馬を向かわせてしまった・・・勇者召還は成功したと・・・」

「愚かな。」

「そうだな。だが、一刻も早く、人類に希望の光を灯したかったのだろう。半信半疑の儀式で、人が現れれば成功したと思うだろうが。」

「ワシだったら思わんがな。まぁ、よかろう。とにかく、お前はこの事態を上に伝えるべきじゃ。」

「そうだな。後を頼めるか?」

「わかったから、さっさと行け。」

「あぁ。」

 サウスは、一度俺に頭を下げた後、部屋を足早に出て行った。


「これから大変じゃぞ。」

「え?」

「全く。何と言えばよいのか、抜けておるの。小僧、置かれている状況を理解しておるのか?力がなくとも、小僧は勇者じゃ。おそらく魔王のもとへ送られることになるじゃろう。」

 勇者として召喚された奴は、みんなそうだと聞いた。神話に描かれた勇者たちは、魔王と対峙し、勝ち続けたと。

 ある時は剣で、またある時は魔法で。魔王に勝ち続けた勇者たち。


「死ぬぞ。死が待っているだけじゃ。」

 ロジの言うとおりだ。剣も魔法も使えない俺は、魔王のもとに送られたって死ぬだけ。


「こんな、なんの力もない勇者を、魔王と戦わせるのですか?」

「愚かな話ではあるが、そんなもの国には関係ないのじゃ。いいか。勇者は召喚されてしまった。なら、次に人類がとるべき行動は、その者を魔王と対峙させることじゃ。」


 ロジは、俺が魔王と対峙すれば死ぬと言った。もちろん俺もそう思っている。


 だが、それでも俺は魔王のもとに送られるのだろう。そのために召喚されたのだから。


「・・・どうにか、できないのか?俺は、死にたくない。」

「・・・」


 なんで俺が死ななければならない。

 イケメンの本当の俺を失って、どこにでもいそうな特徴のない男になったことすら最悪なのに、その上死ぬって・・・何の冗談だよ?


 あの女のせいだ。


 白いワンピースを着た、黒髪の女。ストーカー女・・・


 いつか会ったら、絶対に復讐してやる。まずはいい思いをさせて油断を誘い、次に金を根こそぎ奪って、馬車馬のように働かせ、使えなくなったらひどい捨て方をしてやる。


「神に。」

 ストーカー女に復讐する姿を思い浮かべていると、唐突にロジが呟いた。完全に存在を忘れていた。

「・・・神?」

「そうじゃ。神に選ばれたことが運の尽きじゃったな。こんな何の力を持たないものを勇者とするなぞ、刑罰・・・神じゃから、神罰じゃな。神罰を受けるようなものじゃ。」


 刑罰、神罰。今の状況がそうであるならば、俺は罪人か?ふざけるな!


「僕は、罪人ではありません。盗みも殺人もしたことはありません!」

「そうか。なら、ワシとは違うのじゃな。」

「・・・!?それは、どういう意味ですか?」


 ロジは、近くの窓の方を向いて、目を細めて城下町を眺めた。


「ワシは、人を殺したことがある。だが、それはこの世界では珍しいことではないぞ。」

 目の前の老人が人を殺したことがあるという事実に、ぞっとする。


 俺は、今まで人を殺したことがある人間と会ったことがない。だからなのか、怖いと感じた。

 しかも、この世界では殺人が珍しいことではないらしい。それはとても恐ろしいことではないか?


「ワシらからすれば、そのような平和を享受することが、もう罪であるとしか思えないのぉ。」


 ロジの、人を殺したことがある人間、の鋭い眼光が俺に向いた。

 俺はただ、震えてそこに立っていつしかなかった。



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