緑髪双子の料理特訓

raraka

在りし日の日常




 「にいちゃーん! 起きてー!」

 「んー……」



 声が聞こえる。

 いつもだったら、ここで起きるところだ。

 でも今日の僕は一味違う。

 昨日精霊領域フェアリーゾーンに一日中入り浸って、夜明け前、つまりさっき帰ってきたばかリなのだ。

 めちゃくちゃ眠い。

 まだ起きたくない。

 身体が重い。

 僕のだらしない身体がその見た目よろしく「まだ寝てたいよぉ。 いつまででも寝てたいよぉ」と主張してくる。 

 ここは寝返りだけに留めることによって“まだ寝てたいアピール”を全面に押し出し、僕を起こそうとしてくる悪魔が諦めるのを待つことにしよう。

 うん、完璧な作戦だ……!



 「にいちゃん! 起きてってばぁ!」

 「ヴェッ!?」



 突然、自慢のお腹に衝撃が走った。

 強制的に意識が覚醒する。

 どうやら僕は寝ぼけていたらしい。

 この悪魔が寝返りごときで諦めるわけがない。

 なんてガバガバな作戦なんだ……。

 数秒前の自分を叱りつけたい。



 しかしこの自慢の脂肪を悠々と貫通するほどの衝撃を与えてくるとは……。

 今日も今日とて容赦がないな……。



 「に・い・ちゃん!」

 「分かった、分かったから叩くのやめてくれ……」



 起き上がると、ベッドの隣には、綺麗な緑髪と中性的で整った顔立ちが特徴的な、僕の双子のみどりが立っていた。



 「今から料理の練習するから、一緒に来てー」

 「またー? にいちゃん眠いんだけど……」

 「今日学校休みでしょ? 終わったら寝ればいいじゃん」

 「んー…… まぁいいけどさぁ」



 返事を聞くが早いか、緑は部屋から出てキッチンへ向かっていく。

 緑がこうやって起こしてくる時はだいたい料理の練習だ。

 僕としては練習なんて必要ないくらい上手だと思うんだけど、緑は料理の練習が好きらしくて、よく僕に付き合ってくれと頼んでくる。

 なんでも、お父さんに褒めてもらったのだとか。

 それが嬉しくて料理の練習をしていたらどんどん上達して、今では夕飯は緑が作っている。

 そんないきさつを知っているから、緑の料理練習と聞いては、兄として手伝わないわけにはいかない。



 「でも寝起きであれすんのはきついんだけどなぁ」


 

 とは言え、今さら「やっぱにいちゃんもっかい寝てもいい?」なんて言ったら間違いなく拗ねられるし、もうどうしようもない。

 覚悟を決めるしかない。

 とりあえず、準備しとかないと。

 時計を見ると8時だった。

 ちょうど熟睡タイムに入る直前だったからまだ瞼が重い。 



 「みどりー? にいちゃん用の生肉どこー?」

 「もう出しといたよー!」



 キッチンに行くと、皿の上に赤々とした生肉が置いてあった。

 これを焼けばあっという間に極上ステーキの出来上がりだ。

 でも、ステーキを作るために生肉を用意してもらったわけじゃない。



 「またそのまま食べるの? 僕の料理食べれるようにしといてよ?」

 「大丈夫大丈夫。 どうせすぐに消費するんだし」



 僕は生肉に少しだけ塩と胡椒をかけて、フォークを突き刺してそのままかぶりつく。

 当然、生肉が好きなわけじゃない。

 肉寿司、なんてものがこの世のどこかにはあるらしいが、これはそんな上品なものじゃない。

 市場で買ってきた、普通の生肉だ。

 特殊な精霊魔法を施しているから、衛生面的には何の心配もないが、だからと言って味が良くなるわけじゃない。

 別に美味しくもない、というかほとんど味なんてよく分からない生肉を、ただひたすら貪っていく。

 何度も言うが、生肉が好きなわけじゃない。

 そしてもちろん、この一見奇行にもとれる行動には、理由がある。

 僕は生肉を食べ終わると、緑の所へ向かう。

 今日は何を作るのだろうか。

 最近は凝ったものに手を出してるから、多分僕では力にはなれないと思うけど、一応聞いてみる。



 「今日は何作ってんの?」

 「カチャトーラとカポナータ」

 「カチャ……? カポ……? なんか兄弟みたいだな……」

 「兄弟……? なにが?」

 「いや、その……語感的に……? 似てない? カチャなんとかと、カポなんとか……」

 「つまりさっぱり分かんないってこと?」

 「うん、まぁ……」

 「ま、だろうね」


 

 不甲斐ない僕に対して、緑は特に気にしていない様子で説明してくれた。



 「どっちもこの辺の料理じゃないし、だから作ってるんだし。 にいちゃん向こうで待ってていいよ」



 緑の言葉に甘えてリビングで待つことにした。

 両親が見当たらなくて、緑に「お父さんとかはー?」と聞いたら、「出かけてるー!」と大きな声が返ってきた。



 適当に妖精についての学術書を読んでいると、双子の妖精の感覚共有について書かれているページに差し掛かった。

 僕と緑も、双子だ。

 それも、一卵性双生児。

 ほぼ同じ遺伝子を持って生まれ、一般的に容姿や声など、様々な面で似ることが多いはずの一卵性双生児だが、僕と緑はあまり似ていない。

 いや、昔は似ていた。

 今はもう似ていない、という表現が正しい。

 でも、僕たちが似ていないのには明確な理由がある、と僕は思っている。

 まず、僕と緑は、決定的な違いがあった。

 “好きなこと”、つまり趣味だ。

 緑が好きなのは歌、そして僕が好きなのは妖精と精霊魔法。

 将来進みたいと思えるほどの趣味が決定的にずれていたから、おのずと興味が向く対象にも少しずつずれが生じてくる。

 人格を形成する上で最も重要と言ってもいい“生き方”が違うというのは、やはりいろいろと影響が大きい。



 ――――そして、時間だ。

 双子なのだから、僕と緑は当然同い年だ。

 でもそれは、人間界基準での話だ。

 僕は妖精が中心の世界である「精霊領域フェアリーゾーン」に度々入り浸っている。

 精霊魔法を専門とする魔法使いの中でも精霊領域フェアリーゾーンに入ることを許されている人間は稀で、僕はこれを誇りに思っているし、友達が多くない僕にとっては我が家と同じくらい居心地がいいのだが、困ったことに精霊領域フェアリーゾーンは人間界と時間の流れが違う。

 大体、人間界で一分が過ぎるころには、精霊領域フェアリーゾーンでは一日が経っている。

 だから、例えば今日初対面で僕と緑が双子だと言っても、おそらく納得してくれる人なんていないだろうくらいには、見てくれの年齢に差がある。

 兄弟? とか、兄妹? と言われることは多いけど、双子だとは絶対に言われない。

 でも、髪はどっちも緑色だし、僕だって「このデブ痩せれば美形っぽいのになー」とよく言われる。

 まぁ、僕が太ったのは緑に原因があるんだけど……。

 とは言っても、僕としてはこのお腹も別に嫌いじゃない。

 緑のせい、じゃなくて、緑のため、だからだ。



 「にいちゃーん! できたから味見してみてくれるー?」



 いきなり緑に呼ばれてちょっとびっくりしたけど、気を取り直してキッチンへ向かう。

 テーブルの上には、トマトをベースに肉をメインで煮込んだ料理と、パプリカとか、ナスとか、なんかいろんなのを煮込んだ料理が置いてあった。

 こっちもトマトで煮込んだ感じだ。



 「これ、どっちがどっち?」

 「こっちがカチャトーラ、で、こっちがカポナータ」



 どうやら前者がカチャトーラで、後者がカポナータらしい。



 「なんか、同じような感じだな」

 「まぁどっちもトマトベースの煮込み料理だからねー。 食べ比べるために同じようなの作ったんだし」

 「ふーん」

 「じゃ、ちょっと食べてみて?」



 食器に取り分けられたカチャトーラとカポナータを食べてみる。

 毎度のことながら、中学生が作ったなんて信じられないくらいには美味しい。



 「おぉ…… どっちもうめぇ」

 「ほんとー? やったぜぃ」

 「うん。 緑も食べてみ?」



 緑も自分の食器に料理を取り分けると、味を確かめるようにゆっくりと咀嚼する。


 

 「うーん…… まぁ美味しいけどなんか違うような……」

 「そう? 僕は美味しいと思うけど」

 「味がなんかしっくりこないんだよねー…… ちょっと味付け変えてみよっかな。 よし、にいちゃん」

 「……はいはい」



 ……やっと僕の出番だ。

 僕の出番がきてしまった。

 さっきわざわざ僕が叩き起こされたのは、単なる味見のためじゃない。



 ―――――――――呪文を詠唱する。

 詠唱と言っても、僕が言葉を紡ぐわけじゃない。

 精霊魔法は、精霊を自身に宿す魔法だ。

 そして、精霊は術者から魔力を吸い、術者の肉体を媒介とすることによって、その術者の望みを叶える。

 ――――――――それが、精霊魔法だ。

 故に、精霊魔法にはテクニックなんてないし、難しい暗記とかもする必要はない。

 魔力量と、自分の望みをより具体的にイメージする想像力と、精霊や妖精とどれだけ心を通わせることができるかが、術者の能力の高さの指標になる。

 つまり、僕が呪文を詠唱しているわけではない。

 精霊が、僕の身体を媒介とすることによって、呪文を詠唱し、その力を人間界に顕現させるのだ。

 だから、僕自身、自分の口がどう動いているのか分からないし、何を言っているのかはさっぱり分からない。

 最後に魔法の名前を宣言してその効果を人間界に発現させるという仕事があるものの、それまでは自分を後ろから傍観するような視点で待つだけだ。

 ただ「自分を後ろから傍観している第三者の視点」と、「普段の一人称視点」の移り変わりは脳への負担が大きくて、全身が揺れるような状況で魔法を宣言しないといけないから、慣れるまでは大変だけど。

 これはもう何度もやっているから、失敗することはまずないと言ってもいい。

 その代わり、魔力効率はひどい。

 でも、料理の材料費に比べれば安いものだから、家計のためにも仕方ない。

 ……なんて、どうでもいいことを考えてる場合じゃない。



 ―――――――――――さぁ、来た、“その時”が。



 ――――――――――――――――――魔法の名前を宣言し、その効果をここに発現させる。


 

 「―――――――――リターン・アンド・リバース」



 なんでリターンした後にリバースをするのかは、僕には分からない。

 でも、これが定められた魔法の名前なんだから、仕方ない。

 この魔法を編み出した当時の精霊魔法使いに文句をつけたいところだけど、ひとまず、魔法は成功した。



 この魔法は、自然物が加工され、さらにその実態を保っている物に限り、時を戻すことができる魔法だ。

 時を戻せる時間は、加工させる直前か、その自然物が命を落とした瞬間まで。

 当然、命まで取り戻すことはできない。

 つまり、例えば今食べていた料理にこの魔法をかけると――――――――。

 ――――――こうなる。



 「おおおおおお。 相変わらずすげー」



 そこには、緑が作ったはずの料理はない。

 あるのは、パプリカ、トマト、鶏肉、ナス、他にも様々な食材たち。

 そう、緑が作ったカチャトーラとカポナータの、食材たちだ。

 ちなみに、僕たちが食べた分は戻らない。

 だから食材たちはちょっと欠けたりしている。



 「へへ、まぁね……」

 「よし、ありがとにいちゃん。 じゃあ肉はそこ置いといたから、食べといていいよ」

 「うん…… 分かった……」



 この魔法は、ダサい名前のわりに、ものすごい魔力を吸われる。

 まぁやってることは時間操作魔法なわけだし。

 本来はこんな気軽に使える魔法じゃない。

 こう見えて天才と言われ、同年代から嫉妬を一心に集めているが故に友達がいない僕でも、素の魔力では一日一回が限度だ。

 だから、こうして生肉を貪っている。



 「それにしても、もしかしてあいつ僕が生肉好きだと勘違いしてないか……? ご褒美みたいな渡し方してさ……」

 「にいちゃーん? なんか言ったー?」

 「言ってないよー!」



 何度でも言うが、僕は生肉は好きじゃない。

 ステーキはレア派だけど、レアステーキと生肉は全く別物だ。

 生肉を食べるのは、魔力回復のためだ。



 僕たち魔法使いは、基本的には寝る時に魔力を回復する。

 だから睡眠は大事だ。

 大事すぎる。

 「眠れるときはとりあえず眠れ」、というのは、魔法使いなら駆け出しですら常に頭に入っている常識だ。

 でも、睡眠以外にも、魔力回復の方法がある。

 専門とする魔法分野によってその方法は様々だが――――――。

 例えば炎魔法使いは、自分の体温を上げることで魔力回復と魔力補強を受けることができる。

 治癒魔法使いは、素肌に太陽の光を浴びることによって魔力が回復し、魔法の効果も上がる。

 だから治癒魔法使いは露出の多い服を着ていることが多い。

 もちろん、隠すべきところは隠している。

 そして、精霊魔法使いは――――――。



 ―――――――――それは、自然物を生のまま摂取すること。

 肉、野菜、果物、魚。

 効率は悪いしちょっと危ないけど、川の水でもいい。

 自然物を摂取することによって、魔力を回復することができる。

 そしてその中でも特に効率がいいのが、生肉だ。

 野菜や魚では魔力回復しかできないのに比べて、生肉は他食材と比べて同グラム最大の魔力回復効率、魔力補強、そして集中力増強による想像力の疑似的補強。

 野生の肉食動物ならさらに効果が上乗せされるが、そうじゃなくてもてんこ盛りだ。

 美味しくないけど、食べるだけの恩恵はしっかりある。



 つまり何が言いたいかというと、僕が生肉をよく食べるのは、緑の料理の練習に付き合い、緑が料理に納得がいかないとこうして「リターン・アンド・リバース」を使って、料理を食材だった状態に戻すことによって食料費を節約しているからなのだ。

 ちなみに僕が太っているのも、生肉ばっかり食べて、それだけじゃまずいと野菜も食べてたらどんどん大食いになってしまったせいだ。



 そう―――――――怠惰のせいではないのだ!

 …………まぁ運動はあんまりしてないけど………。



 そんなわけで、僕は今日も生肉を食べる。

 恐らく、緑が料理に飽きるか、料理を完璧にマスターするまで、これは続くだろう。

 でも、僕はこんな生活が嫌いじゃない。

 頑張っている緑のことは応援したいし、精霊魔法で人の力になれるなら、こんなに嬉しいことはない。

 緑が将来歌手として大成して、家を出るようなことがあっても、この特訓は役に立つはずだし。



 「にいちゃーん! できたからきてー!」

 「はいよー!」



 また緑に呼ばれた。

 これでまだ緑が納得できなかったら、僕はまた生肉の刑だ。

 さっきよりも良くなっていることを期待しつつ、キッチンへと向かっていく。



 「でも流石にもうちょっと痩せないとなぁ……」



 緑髪双子の料理特訓は、まだまだ終わらない。



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緑髪双子の料理特訓 raraka @ruri-bana

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