指定されたセリフで紡がれた物語は今も胸の内に秘められている

ギア

指定されたセリフで紡がれた物語は今も胸の内に秘められている

■ お題:を使って5000文字以下の短編小説を書いてみよう


 「なんか帰りたくないな」

 「こんなの初めてかも」

 「秒殺かよ!」

 「犯人はあなたですね?」

 「ブラックホールフォーエバー!」

 「どうしてそんなに優しいの?」

 「そういえば似てるわね」

 「なんだかんだで、饅頭うまい」

 「緊急メンテナンスなのです」

 「スターダストエモーション!」


■本編


ー」

 机に座っていた私が、手にしてたスマホを脇に置きつつ大きく伸びをしながらそう言うと、一緒に部室にいた後輩のジャックは読んでいた本から顔を上げて気味悪そうにこっちを向いた。

「いきなり何言ってんすか、部長」

「おいおい、どうしたジャック。まるで『いつも変なことを言ってる先輩がまた変なこと言い出したぞ』とでも言いたげな顔をしてるぞ?」

「いや、そのまんまっすよ……それと俺の名前はジャックじゃないっす」

 呆れた顔で私の言葉に反応したあと、慌てて望まぬあだ名に対する反抗を試みたコイツは文芸部の後輩だ。名前を木村きむら大輔だいすけという。ついでに自己紹介をしておくと私は文芸部の部長、笹浪ささなみアキラ。ああ、そうそう。念のため。名前はアキラだが私は女だ。痩せてるうえに背も高く、顔立ちが中性的なせいで「女性らしさがスカートしかない」と良く言われるのは事実だが。


 幽霊部員を除けば実質的に文芸部員は今この部屋にいるそんなうちら2人だけだ。私が入学する前は、毎年きちんと部誌を作るようなまともな文芸部だったらしいが残念ながら私が入部した頃にはただ放課後にダラダラと漫画を読んで時間をつぶすだけの部になっていた。。

 自分の手で物語の1つも生み出さずに何が文芸だという私の主張は煙たがられ、気が付けば部員は私を残して姿を消した。

 そして迎えた次の春、パラパラと新入生は入ってきたが、骨のある新入生以外に興味の無かった私は、その新入部員たちをスパルタで鍛え上げようとした結果、このジャックこと木村しか残らなかった、というわけだ。

 ちなみになぜこいつがジャックかというと、前々から「名前の画数が11画だからという理由だけで『トランプの11にちなんでジャック』とかいうあだ名の付け方をしたら面白いんじゃないか」と思い、それ以来11画になる名字をいくつか暗記しておいたら、その1つである木村という名がちょうど入ってきた……というのが理由だ(余談だが、木村以外では青山や上林などもジャック候補、つまり漢字が11画だ)。


 さて、私は口ごたえしてきたジャックを腕組みしつつ怪訝な顔で見つめる。

「どうしたんだ、ジャック。お前がこの名前を否定するとはな……お前との長い付き合いの中で、しれんぞ」

「いやいやいや、初めてってそんなわけないっすよね? 俺、律儀に毎回ちゃんと否定してるはずなんすけどね。つーか、そもそもまだ付き合い数ヶ月しかないと思うんすけど」

 読みかけだった文庫本に栞がわりに指を挟みつつ、ジャックが反論してくる。

 ふふ、奴め、この私の企みにはまだ気づいていないようだ。私は冷笑を浮かべて相手を否定するように首を軽く振るふりをしつつ、こっそりと机に置いてあるスマホの画面を盗み見た。なんでかって? もちろん次に使うべきセリフを確認するためだ。


 物書きの端くれとして私も書いた文章をコツコツとネットにアップしている。数あるプラットフォームの中から私はカクヨムを選んだ(選んだ理由は長くなるので割愛する)。

 カクヨムの個人的に好きなところは「自主企画」だ。きっちりとした目的を持った真面目なものから、適当に数秒で考えたものとしか思えないアホなものまで、様々なユーザが立てた様々な企画が日々生まれている。その文化祭のようなごった煮感が楽しくて毎日のようにチェックしつつ、気に入った企画は積極的に参加するようにしている。

 そして今回見つけたお題は「指定したセリフを使って短編小説を書いてみよう」だった。チェックしてみたら実に使いづらそうなセリフが並んでいる。燃えるじゃないか。さてどんなやり取りにすれば自然なセリフの溶け込ませ方になるか、とそのまま部室で考え始めたとき、本を読んでいるジャックが目に入り、よし、こいつに自然かどうかを判断してもらおう、と思った次第だ。


 読書を小休止してこっちを向いたジャックに私は真面目な顔を作り、深く頷いた。

「そうか。確かに付き合いはまだ数ヶ月だ。だがな、ジャック。否定するばかりでは何も生まれない。清濁併せ呑むことで生まれることもあるはずだ、ジャック。あえてお前も意に沿わぬ名を自らのものとしてみたらどうだ? 少しは考えてみてもいいんじゃないか、ジャック」

「嫌ですけど」

 案の定、即答された。

 生物室の広い机の上でひざをつきつつ両拳を叩きつけた私の叫びに「秒も何も、殺してないっす」とジャックが冷静なツッコミを入れてきた。私の奇行を目の前にしてこの落ち着き。嫌いじゃない。そしてどうやら今のところなんとか自然な会話を装えているようだ。

 ふふ。ゾクゾクしてきた。

 そんな内心の昂りを隠しつつ、私は机の上に片膝を立てて座り直した。余裕の笑みを浮かべ、髪をかき上げながらもう片手でジャックを上から指差す。

「まあ、そりゃそうだ。2人きりしかいないこの状況で私を殺そうものなら、どんなヘボ探偵だろうが部屋に入ってきた瞬間に『』で事件解決だからな」

「いや、なんで文芸部の部室にいきなり探偵が入ってくるんですか……そいつのほうが怪しいじゃないっすか」

「でも小説とかに登場する探偵って神出鬼没なイメージないか? なんか都合よく現場に居合わせるあたりとか」

「……それは否定できないっすけど」

 そんな中身のない会話をしつつ次のセリフをチェックする……って、おい、なんだこれは……ブラックホールフォーエバー? え、これどうすんだ? 考えたヤツ、何も考えてないだろ……。

 そんな矛盾したことを考えていたらジャックが話しかけて来た。

「部長、どうしたんすか。なんか変なメッセージでも届いたんすか?」

「え?」

 まずい。スマホを凝視してたせいで何か変な目で見られた。いや、こいつに変な目で見られるのはいつものことなんだが、それはそれとしてまずいぞ。バレるとなんか悔しいし恥ずかしい。どう誤魔化す、私。

「あ、もしかしてまたカクヨムの自主企画でなんか面白そうなもの見つけたとかっすか?」

 くそ、相変わらず無駄に鋭い奴だ。よし、本当を混ぜると嘘がバレづらいという話は良く聞くので、その方向で対処してみるか。

 私はあえてスマホを凝視したまま、話を続けた。

「ジャック、必殺技の名前といえばどんな名前が浮かぶ? いわゆる中二病っぽいヤツでだ」

「必殺技っすか?」

 いきなりな私の質問にジャックが首をひねる。

 普段から私はよくカクヨムの企画にどんな話を書こうかという相談をコイツにするので、今回もその系統の質問だと推測してくれればと思ったが、上手くいきそうだ。

「そうっすねえ、やっぱエターナルフォースブリザードとかライトニングなんちゃらとかそういうのっすかね。あと必殺技の名前はさておき、俺の名前はジャックじゃないっす」

「色分けされた戦隊ものだとブリザードが青でライトニングが黄色になりそうだな」

「そっすね。そうなるとリーダーはレッドですから炎属性ほぼ確定っすね。ファイアーとかインフェルノとか……そこらへんっすかね」

「じゃあブラックはさしずめブラックホールだな……ブラックホール……

 机の上に座っていたので適当に上半身の動きだけで必殺技っぽいポーズを決める。

 ぶっちゃけかなり恥ずかしい。夜に布団の上でこのことを思い出してジタバタするかもしれん。

「ダッサ……あ、すんません。つい本音が」

 そうか。

 つーか私は別にいいが、自主企画の主に謝れ。

「そもそもそれどんな技なんすか。永遠にそこにブラックホール作るんすか? 人類ごと滅亡しないっすか、それ」

「まあ、敵に使う技だとしたら……そうだなあ、相手を暗黒空間に吸い込んで未来永劫そこに閉じ込めるとかそういう技だろ、たぶん」

「確かに本物のブラックホールだと創作する上で扱いづら過ぎるんで、それくらいが落としどころになりそうっすね」

 指を挟んだ文庫本をうちわにして自分をあおぎながらジャックが呟いた。

「なんだ、いつも辛辣しんらつなジャックがやけに素直に認めてくれたな……何かいいことでもあった? 今日は

「え? 部長の中で俺ってそんな辛辣なキャラだったんすか……ちょっとショックなんすけど」

「いや、冗談だ。いつも創作を手伝ってくれる心優しいお前だ。辛辣なキャラは似合わんな。戦隊ものだったらブラックは無理だな。グリーンかブルーあたりだな」

「部長は敵の女幹部っすね」

 なかなか言いよるな。

 否定しづらいが。

「ああ、戦隊もので思い出した。最近読んだ漫画で『戦隊ものの映画で、過去シリーズのレッドが勢ぞろいするシーンがあったけど、興味のない人には赤蟹の群れに見える』ってネタがあったのよ。大量のレッドと赤蟹って

 お題のセリフを無理やりねじこむ。使い慣れない口調が自分でも気持ち悪い。案の定、ジャックに不審がられる。

「なんでいきなりそんな口調なんですか」

 気味悪がるよりも若干心配そうな顔をするジャック。ホントに心優しいな、お前は……私に気があるんじゃないかと勘違いしそうになるぞ。

「いや、試しに戦隊ものの敵の女幹部っぽくしゃべってみようかと思ってな」

「なんで試そうと思ったんすか……」

 そう呟きながらも理由が分かって少し安心した様子のジャックが、ふと何かを思い出したようにスマホを取り出す。

「どうした」

「いや、何時かなと……この文庫本、下校時刻までに読み終えようと思ってたんすけどちょっと厳しいかもしれないっす」

 指を栞がわりに間に挟んだままの本を私に振って見せる。

「そうか。すまんな、読書の邪魔をしてしまったようで」

「読書は別に1人でも出来るからかまわないっすよ。家に帰る前にどこかファーストフードで読み切るっす」

「夕方に間食したら夕食が食えなくならないか?」

「いやいや、何も食わないっすよ、頼むのは飲み物だけっす」

「ドーナツとかアップルパイとか食べないのか、ジャックは」

「めちゃくちゃ手が汚れそうなラインナップっすね……あと俺はジャックじゃないっす」

「そうか。でもジャックって名前と洋菓子って相性良さそうじゃないか? まあ、私は和菓子派なんだがな」

 うんうんと頷く私にジャックが呆れた声を出す。

「聞いてないっす」

よな」

「だから聞いてないっす……って、あれ、そういえば部長」

「なんだ」

「さっきの必殺技うんぬんの話はあれで終わりでいいんすか?」

「え、あー、それか。えーと」

 次のセリフの確認もしないといけないし、ちょうど良かったのでスマホの画面をチェックすると……え?

「何がっすか?」

「え?」

 うええ、しまった。なんかつい口に出してしまった。まあいいか。もうあと少しだ、勢いで押し切ろう。誰の迷惑になる話でもないしな。

「……あ、あー、カクヨムがな。なんか、その、緊急メンテナンスに入ったらしくて、さっきまで見てた自主企画の細かいところがチェックできなくなったんだが、まあ、あれだ。簡単に言えば中二病っぽい必殺技名の出て来る話を募集みたいなそういう奴だ」

 どうでもいいが、今この瞬間にでっちあげた割には我ながらいかにもありそうな自主企画だな。

「それであんなこと聞いてきたんすね。どうするんすか。結局、ブラックホールがフォーエバーで行くんすか?」

「いや、それだとなんか暗すぎて悪役っぽいからもうちょい明るいヤツにしようかと思ってる」

「明るいヤツ?」

 こんな無茶なお題を考えやがった企画主を宙に思い描きつつ、手刀でそれを切り裂きながら私は最後の必殺技名を叫んだ。

「エモーションって感情では……? 光るんすか?」

 腑に落ちない顔でそう指摘してきたジャックを無視して、私はやり遂げた安堵のため息をついた。

 なおセリフを使い切れたことで満足してしまって結局短編は書かなかった。別にジャックとの2人の会話を自分だけの思い出に留めておきたかった、とかそういうのではない。断じてない。

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