第14話 先輩14 夏休みー6

 「お願い、もう少しだけこうさせて」


 いつもの明るい先輩とは違う、しかし時々見せる「あの顔」だ。

 この顔をされると、僕はなぜか体に緊張が走る。


 「どうしたんですか?いつもの先輩らしくない」

 

 先輩はベッドの中でも顔を僕に見せようとしない。

 しかし、言葉は弱弱しく、でもはっきりと先輩は次の言葉を続ける。


 「そうだね、いつもの私らしくないね……。でもね、こんな姿見せるのはカイ君にだけなんだよ?」

 「えっ、ごめんなさいっ。僕、何か先輩の困ることしてました……?」

 

 すると先輩は顔をこっちに向け、眼をぱちぱちとさせている。


 「違う違う、カイ君のせいじゃないから安心して」


 僕の予想外のあせった顔を見て、可笑しそうにくすくすと肩を揺らして笑う先輩。


 「確かに原因はカイ君にあるけど、カイ君は何も悪くないよ。むしろ悪いのは私」

 「え?どういうことですか?」


 訳が分からず先輩に聞き返すと、今度は少し怒ったように口を尖らせた。


 「そういう鈍感なところはカイ君が悪い」

 「え、鈍感って?」

 「もういいです」


 そう言うと、あからさまにふて腐れて、先輩はベッドの中で背を向けてしまった。

 

 「えー……?」

 

 なぜ先輩が怒っているのかまったく見当もつかない僕は、書ける言葉も見つからず、ただ呆然と先輩の背中をじっと見つめていた。


 「……カイ君は、さ」

 「え?」

 

 僕に背を向けたまま、言葉を発し始める先輩。


 「私のこと、どういう人だと思ってる?」

 「先輩のこと、ですか?」

 

 前にもどこかで同じようなことを聞かれた気がする。


 「先輩はとても優しい人ですよ。誰とでも仲良く接して、みんながやりたがらないような雑務でも進んで引き受けてて。それにいつも明るくて」

 「そう」

 「だから今の先輩はなんだか変です。いつものみんなに明るい先輩に戻ってくださいよ」


 日本語は少しおかしいことは自分でも理解していたが、それよりも先輩がいつもの先輩らしくないことの方がよっぽど違和感があった。


 「だからね、君の前だから、今の私はいつもの私とはちょっと違うんだよ? ……ううん。君にだけ、ホントの私を見せたいの」

 「本当の先輩?」

 

 そう言うと、先輩はこっちに体を向けた。


 「私ね、みんなが思ってるほど、明るい子じゃないの。むしろ、根暗。そう、もう真っ暗」


 掛け布団のせいではっきりとは見えないが、今度は少し穏やかな顔でそんな冗談を言う先輩。


 「だからね、みんなの前ではそんな私の素顔見せたくないから、人一倍頑張って毎日元気にやってるの」

 「そう、だったんですか」


 「うん。でもね、カイ君にはそんな隠し事はしたくない。もちろん、明るく接してほしいならそれでもいいよ。いつもの私が面倒ならもう少しは落ち着いてみる」

 「もう少し、ですか……」

 「あはは。その顔は疑ってる顔だなー?大丈夫、多分大丈夫。……でも、それでも、私のすべてを知ってほしい。明るい私も、こんな私もね」

 

 先輩はこっちに向けた視線を外そうとしない。代わりに僕の方がその視線に耐え切れず、下の方に逸らす。


 「ど、どうして……」

 「ん?」

 「どうして僕にそんなにこだわるんですか?」


 ……

 

 返答は返ってこない。

 

 「あの、先……」

 「私と付き合わない?」

 

 僕が声をかけようとしたその時、先輩の口から耳を疑う言言葉が発せられた。意外ではないけど、意外だった。

 

 「えっと……」


 普段の先輩なら、今の言葉も「あぁ、そうですか」で軽く流せたはずなのに、なぜか今日の僕の舌は、絶不調なようだ。全く回らない。


 「ご、ごめんねっ?今の言葉、気にしなくていいから。私の、独り言……」


 「ちょっと、考えさせてくださいっ」


 今度は僕の方が先輩の言葉を止める。うまく回らなかった僕の舌は別の生き物のように無意識に返答していた。保留だけど……。


 「え、ほ、ホント……?」

 

 再び先輩の強い視線を感じ、思わず目を向けると、真っ赤な顔をした先輩の顔がすぐ目の前にあった。


 「え、えっと……、はい。まだ保留ですけど」

 「うん!それでいいよ!ありがとね!」

 「あ、いや、まだいいとは……」

 



 コンコン。


 「お兄ちゃーん、お母さんが来たよー」


 扉をたたく音と妹の声が聞こえた。どうやら、仕事を終えた母さんが迎えに来たらしい。


 「あ、母さんが来たみたい……」

 「そ、そうだねっ。帰る支度しなきゃだね」

 

 完全に2人きりの空間になっていたところを現実に戻されて、慌ててベッドから抜け出す先輩。


 


 下に降りて玄関に行くと、すでに小春が母さんの車の助手席に乗っていた。

 

 「今日はうちの子たちをありがとね、エリカ」

 「全然いいよー、小春ちゃんに買い物から夕食の片づけまで手伝ってくれてほんと助かったわよー」

 

 母さんとエリカさんは玄関でママ友トークをしている。


 「あら、有希亜ちゃん~、こんばんわ~」

 「あ、カイ君のお母さん、こんばんわ」

 

 先輩は母さんに丁寧にお辞儀する。

 

 「そんな長ったらしく言わなくてもいいのよ~。なんなら、お義母さん、でもいいからねっ?」

 「あ、えっと……」

 「ちょ、母さん何言ってんの……」


 先輩が困った顔をしたので、すかさず僕は口を挟む。心なしか、顔がまた赤い……。


 「ん~?まぁ、いいわ。それじゃぁ、エリカ。このお礼は今度するわね」

 「うん。次はうちの子も頼むわね~」

 「なっ?!お母さんっ、私もう中二だよ?留守番くらいできるってば」

 

 また慌てる先輩。今日はいつも以上に忙しそうだ。エリカさんの前じゃ、いつもの先輩を発動するのは難しいらしい。まぁ、うちもだけど……。


 「あははは。有希亜ちゃんも今日はありがとうね。カイ君の面倒見てくれて。用事がなくてもうちに来てくれていいからねっ?」


 今度はうちの母さんが余計なことを言い出す。面倒なので、ツッコまない。


 「ほら、カイ君もお礼言いなさい?」

 

 母さんに言われ、2人の方を向く。

  

 「エリカさん、今日はありがとうございました。先輩も……ありがとうございました。また、学校で」


 さっきの先輩の部屋でのことを思い出し、声が上ずりそうになるのを表に出ないように少し強めに抑える。


 「う、うん……。こちらこそ、今日は楽しかった。ありがと。またね」

 「よし、じゃぁ帰りますか。小春も待ちきれなさそうだし」

 

 そう言われて、車の助手席を見ると、退屈そうな顔をした小春がじっとこっちを見ているのが見えた。母さんとエリカさんが車の方に向かう。

 僕も車に乗ろうと振り返ったとき、後ろから先輩の声が小さくだがはっきりと聞こえた。

 

 「返事……待ってるね」


 僕は何も言わず、車の方に足を運んだ。

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