第43話 「 双子の月に見守られて 」

「悠斗君! 悠斗君どこ!?」


 抱きしめていたはずの悠斗の体が手元から消えている。

 悠斗を殺しただけではなくその姿まで世界から消してしまったのか? 皐月は辺りに目を走らせ悠斗の姿を探す。


「サツキ・・・。サツキッ!」


 心をさまよわせ半分抜け殻の様な表情の皐月をシャイアが呼び止める。


「悠斗君が・・・。悠斗君をちゃんと埋葬してあげなきゃ・・・・・・」


 今まで切ってきた多くのゾンビやヒューイットの姿が思いおこされた。誰もちゃんとほうむっていない、全員を大切にとむらいたい気持ちが強くなる。


「皆、みんな・・・そのまま捨ててきてしまった。切るだけ切って捨てっぱなしだわ・・・私・・・わたし・・・」


 シャイアが皐月を引き寄せて抱きしめる。


「分かった、そうしよう。 ーーー全て終わった。そう皆に伝えて丁寧に埋葬して、安心して眠ってもらおう」


 声もなく何度も頷く皐月の背を撫でるようにシャイアが叩く。



 どれほどの時間そうしていただろうか。その場を離れていたマリウスとリリアが、2人欠けた騎士達を引き連れて戻ってきた。


 本当の死を逃れたゾンビ騎士は直立不動で彫刻のようにその場に立ち尽くしている。


 恐る恐るといった感じで近づいた騎士達の中で、マリウスが地面に落ちた聖剣に気づき取り上げた。マリウスが何度も目にしてきたラシュワールの聖剣。それが何処かしら違う感触を伝える。


「これは・・・」


 目を見張るマリウスの横からリリスが覗き込んで声をたてる。


「紋章がひとつ加わっているわ!」


 剣の柄にこれまでもあった日輪と縦並びにもうひとつ紋章が増えている。それは時と空間を意味すると感じられる紋様。


「グロリア様が時空ドラゴンを討ったのですね!」


 マリウスとリリスの目が輝き、騎士達の瞳に神々しい者を見る様子が浮かんでいた。マリウスがうやうやしく皐月の足元にかしずいて聖剣を差し出す。


 皐月が触れると剣が美しい音をたててほんのり輝く。


 光り輝く剣と共に皐月の体もほの白く光を帯びて神々しい。その光景を目の当たりにして騎士もゾンビ騎士も膝を折りひれ伏した。






 ゾンビ騎士達をその場に留め、皐月達生者は館へ報告するために一旦戻ることとなった。


 手厚く埋葬したいという皐月の気持ちに異論はなく、ヒューイット親子も多くの騎士達と共にランスロウの近くに弔われることとなった。埋葬場所も決まりそれぞれの所定の場所へと亡骸が集められる。


 2日置いて王都から駆けつけた中隊が加わり、死体が無くなるにつれ戦いの痕跡も無くなっていった。ただ、村だけが悲しい姿を留めたまま。

 外へ散らばったゾンビがどれだけ居るものか。先に見回ったランスロウの騎士に兵士も加え、ゾンビ騎士以外のゾンビは全て駆逐されたであろうと判断され、2週間の丹念な調べは終わった。


 この戦いで死んだ者達は全て弔われ整然と並ぶ墓標となって、館を見つめランスロウを向いている。そして村人達は村を望む場所へ並べられた。



 場が整い日常が紡がれ始めると、多く残ったゾンビ騎士をどう扱うかと言う案件で少し揉めた。ラシュワールに忠誠を誓った彼等は今も彫像のように立っている。


「人を襲わないのならそのままでも良いのではないか?」

「再び戦いが起こった時に即戦力になる」

「新人の騎士達がものになるまでは生かしておくのもいい」


 ポジティブな意見とネガティブな意見。


「今は忠誠を誓っているように見えるが、いつまでそうしているか分からない」

「いつ忠誠心が解かれるか分からない。しかし、見張りを置くのは騎士の無駄遣いだ」

「人々が怖がる」

「北のラシュワールはゾンビをかくまうと揶揄されるのではないか?」


 様々な言葉が飛び交ったが、まずは王の意向をと頭首グロリアスの一声で皆が一旦口を閉じた。もちろん、皐月のゾンビ再生計画も含めて王へ伝えられた。




 ◇  ◇  ◇  ◇




「さて、始めてみようか」


 物事がそれぞれ落ち着くところへ向かい始め、皐月とシャイアはゾンビ騎士達の居る村へとやって来た。そして今、黙って立ち尽くす彼等と再び対峙している。


 ここへ来ることを提案したのは皐月だった。



「ゾンビから生き返った者は喜ぶだろうか?」



 グロリアスが懸念した事が皐月の中にも重石のように残っていた。


「ねぇ、シャイア。時空ドラゴンの力って未来を見ることも出来るよね?」

「そうだね」

「それなら・・・、ゾンビ騎士が生き返って喜ぶか悲しむか分かるんじゃない?」


 ドラゴンの力を自分が使えるという確信はまだない。しかし、それが出来るなら問題がひとつ解決できる。


「そうか! 君は未来を見る力を授かってたね。彼等の未来を見て分ければグロリアスの懸念する事も払拭できる」


 まだ使った事のない力が本当に自分に備わっているのか自信がなかった。でも、やってみようと皐月は思った。


「私に出来るか確かめたい。シャイア、一緒に行ってくれる?」

「もちろんだよ。君となら何処へでも」


 悪戯っぽくウインクするシャイアを見るのは久し振りな気がした。直ぐに馬にまたがり、そして今この地に立っている。ひとりのゾンビ騎士を前に皐月が武者震いする自分の手を握っていた。


「やってみる・・・けど、上手く行くかなぁ?」


 眉を軽く跳ねさせてシャイアが苦笑いする。


「どうやったらいいの?」

「え? それは・・・僕には分からないよ」

「ええ!? 知らないの?」


 シャイアが肩をすぼませて見せる。


「ドラゴンは力を授けるけど取説はアバウトだからね」

「使い方教えないって意地悪だわ」


 不満顔の皐月にシャイアが笑う。


「きっと、ドラゴンは自分の力を自由自在に使われたくないんだろうな。習うより慣れろだよ」


 皐月はこれ以上シャイアの助けは求められなさそうだと肝を据える。


「やるしかないって事ね」

「君の心の向くままに・・・」


 目の前のゾンビ騎士の胸にそっと手のひらを当てる。


(教えて、私に貴方の未来を見せて・・・)


 そっと目を閉じて意識を集中させる。真っ暗な中に砂金状の細かな光が見えて、驚いた皐月はぱっと目を開けた。


「分かった?」

「まだ・・・。でも、なんか分かるような気がする」

「いいねぇ」


 もう一度目を閉じてゾンビ騎士に呼びかけた。


 闇の深淵から金砂銀砂の細かな光が広がり、やがて銀河を飛ぶ様に光の砂粒が後方へ飛ばされて行く。


(わぁ・・・・・・!)


 皐月は心の中で思わず声を上げた。


 唐突に視野が広がりシャイアの姿が画面に大写しになる。

 生き返って初めて見る光景に違いない。


 休暇を与えられた騎士が向かったのはランスロウから程近い村。村人達の歓待を受け家族に抱きしめられて、そして恋人と抱き合って喜びを分かち合っている光景が見える。


 皐月は知らず知らず涙を流していた。彼が結婚し新しい命を抱き年老いていく姿を見て安堵した。


「この人は生かすべきよ」


 シャイアは黙って頷いて彼を残った建物の中へ連れて行く。


 再生させても生きていけそうにない深手を負った騎士を除き、次々と未来を見ていった。多くの者に良い未来が見えるが、そうではない者も少なからずいた。


 ある者は家族をラシュワールの館で全て亡くし悲しみに暮れ廃人の様になり、ある者は妻と赤子を殺されて怒りに支配された人生を歩む者もあった。


 それでも生きている・・・が、生かすべきか?

 未来をより良く変えることは出来ないか?


 迷いは生まれるが悩み続けるわけにはいかない。


「皆が幸せな未来だったらいいのに」


 そんな事を言いながら皐月は全員の未来を見ていった。力の使い方が下手なのか、疲れやすい皐月は休み休み2日をかけて全員の未来を見た。




 ◇  ◇  ◇  ◇




 王都から中隊がやってきてさほど経たないうちに、皇太子が小隊を引き連れて館に出向いてきた。シャイアの兄であるサンラインだ。


「これはこれは・・・」

「何も特別な事はなさらないで下さいね」


 シャイアに向ける礼よりも更に頭を垂れる面々にサンラインが明るい声でそう言った。


「グロリアス様は父の友人、私はその息子として参りました。かねがねお話は父とシャイアから聞いておりました。会えて光栄です」


「こちらこそ皇太子様にご足労をかけてしまって、この度の不祥事を恥ずかしく思います」

「ゾンビを使っての襲撃など人の考えぬ事、不祥事だなどと言わないで下さい。ご無事でなによりです」


 サンラインは王が再度聖剣による国内の浄化を行うこと、ゾンビ騎士達の再生にある程度の期間の猶予も考えに入れている事を伝えた。


「実際どれくらいかかりそうだ?」


 サンラインの問いかけにシャイアが苦い顔をする。


「何年もかかる」

「それは困る」

「再生を終えるのを待たなくてもいいかもしれない」


 首をひねるサンラインにシャイアが笑顔を見せる。


「グロリアは時空ドラゴンの力がある。あの村だけ光の加護を受けないように出来ると思うんだ」

「ほぅ・・・その方法は?」

「それは模索中。それと力の加減を覚えるのに少々時間をもらいたい」

「分かった。王に掛け合おう、多分待って下さるだろう」


 サンラインが笑顔を見せてシャイアの髪をくしゃくしゃっといじる。


「兄さん止めてよ、癖っ毛が絡まって大変なことになるだろう!?」


 声を上げるが怒ってはいない。子供の頃からの定番のふざけあいだ。


「ドラゴンを討ち取ってくるとは羨ましすぎる。誇りに思うよ!」

「たまたまだよ。今度は兄さんが討ちに行くといい、外の世界見たいんだろ?」

「お前が皇太子になってくれるならな」

「それは勘弁、性に合わないよ」


 兄弟で口喧嘩のようにふざけて笑っているのを皐月は近くで見ていた。


 笑顔のシャイアが少年の様に見える。

 金色の髪の兄と焦げ茶色の髪のシャイア。互いの髪の色は違っても癖っ毛の曲がり具合は似ていた。


(あぁ、本当に終わったんだな。平和な日常がやって来るんだ・・・)


 そう思った皐月は、ふと思う。この世界の日常はグロリアの日常はどんなものなのだろうと。

 もしもこの先グロリアが体を明け渡せと言ってきたら、皐月は即座に返すつもりでいる。きっと次の世界でもやっていけそうな気がしていたから。




 ささやかとは言えぬ夕食の席をふたつの月が付かず離れず見守っている。異世界に転生して初めて見た双子の月が、もう何年も昔に見たことのように思えた。


 月を見上げながら皐月は物思いにふける。

 シャイアの持つヘルドラゴンの力で悠斗の魂を見つけられるだろうか、見つけられるなら謝りたい。そして、彼の行く末を見守りたい。


 そして、やりたい事がもうひとつ心に浮かぶ。


(私が授かった力で本当に空間を越えられるなら・・・。地球があるあの世界へ飛んで行きたい! 父さんや母さんが今どうしているか見てみたい。そして、もしも一言声をかけられるなら・・・・・・)




「私は元気に自由にやってます」




 そう、伝えたい・・・と。






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