第41話 「 死者に残りし灯火《ともしび》 」

 襲い来るゾンビ騎士と剣を交え、切り捨てられた死体が折り重なって増えていく。


 何人切ったのか分からない。しかし、残りの数はまだまだ多いだろう事だけは感じていた。切っても切ってもゾンビ騎士は増えていく、こちらの体力が後どれだけ持つか。


 じりじりと後退しつつ切って裂いて交わし、やいばをかわしていく・・・。


 この大人数と4人でよく戦っていると思える奮闘ぶりだが、息を付く暇もない応酬に疲れの色が濃厚になっていくのが分かる。


らちが明かない!)


 4人それぞれに小さな傷が増えていく。


 頭で理解していた事と実際に戦って実感する事とのギャップが、シャイアの心に苛立ちと焦りを生む。騎士であるゾンビは一撃でしとめられない。ただのゾンビなら500の数でもそれほど苦にならないだろうに・・・。


 シャッ!


「くっ・・・!」


 間一髪、避けた剣がシャイアの頬をかすめて傷を付けた。

 皐月は肩口の袖に血を滲ませ、マリウスもリリスも動きが鈍りつつあった。皐月の息も荒い。


「くそぉーーッ!!」


 声を上げたシャイアが地を蹴って空へ舞い上がる! 勢いのまま空を駆け上がって頭上の悠斗へ剣を振るった!


(ここまで飛び上がるッ!? 馬鹿なッ!)


 悠斗は真下から接近して来たシャイアに驚きながら辛くも剣を避けた。だが、バランスを崩し回転しながら落ちていく。それを追ってシャイアも急降下!


「どけーーッ!」


 落ちながら叫ぶ悠斗の声にゾンビ騎士達がその場を離れ、丸く地表が現れた。悠斗は地面に叩きつけられる瞬間体を浮かせて着地したが、その背めがけてシャイアの剣先が真っ直ぐ突き進む!


 悠斗は間髪入れず体を転がして避け、獲物を失ったシャイアの剣は深々と地面に突き立った!


「くぅ・・・ッ!!」


 電撃の様に体を走った痛みにシャイアの口から声が漏れる。突き立った剣を伝って地面から跳ね返った力が、ダイレクトにシャイアの体に当たって鈍い痛みを与えた。


 シャイアが苦悶しつつ悠斗に目を向けるのとほぼ同時、鋼の尻尾が音を立ててしなった。打ち下ろされる尻尾を避けて転がったシャイアに尻尾が追撃して来る!


 地に深く刺さった剣をそのままに、猛追する鋼の尾を踊るようにシャイアが避けていく。ふたりの動きに合わせてゾンビ騎士達が離れ空間を空けていった。まるでモーゼの十戒のように。


 悠斗がシャイアに気を取られてか、多くのゾンビ騎士の動きが鈍り攻撃を仕掛けてくるゾンビ騎士が減った。


 地面を突き刺したままのシャイアの剣に皐月が手をかけ引き抜こうと試みる。しかし、深く刺さった剣は女の力では容易に抜けそうになかった。その姿を見て即座に対応したのはマリウスだった。


「・・・! 有り難う!」


 皐月と替わってマリウスが剣を引き抜きにかかる。直ぐに皐月は彼のカバーに入って近寄るゾンビ騎士に剣を振るった。


 マリウスは残った力を全て込めるように、全身で剣を引き抜きにかかる。


「くっ! ・・・うぅうううッ!! あぁぁぁあっ!」


 のろりと動き始めた剣が唐突に抜けて、マリウスは尻餅をつきそうになるところを辛うじて体制を立て直し、すぐさまシャイアの姿を探す。


 タイミング良くゾンビ騎士の垣根が割れ、シャイアの姿を捉える事が出来た。


「シャイア様!」


 シャイアの目がこちらを捉えるのを待って剣を投げ渡す。

 ゾンビ騎士達の脇をすり抜けて、意志を持ったようにシャイアの手に剣がすっと収まった。すぐさま剣を構えるシャイアに鋼の尾が迫る!


 先に放たれた尾は剣を叩き、加速した尾は重くシャイアの体ごと剣を跳ね返えした。飛ばされたシャイアは反転して立ち上がりざま剣を構える。


 悠斗は一見優勢に見えたが、剣の当たった部分のうろこが変色するのを見て目を見張った。


(何だこの剣はッ!)


 驚く悠斗の顔を見てシャイアが笑む。


「聖剣の力はドラゴンとの戦いに最も力を発揮するんだよ!」


 迫るドラゴンの尾へ迎撃に徹した剣では尾が切れることはなく鱗が剥がれることもなかった。しかし、ドラゴンの血を受けた剣はそれなりの力を持ってダメージを与えたようだった。


「聖剣!? 皐月の持っている剣だけじゃ・・・」

「悪いね。これは別のドラゴンの血を受けた聖剣なんだ」


 悠斗は剣の当たった尾からヒリヒリと焼けるような痛みを感じ、本能的な恐れを感じてゾンビ騎士の輪の中から空へ飛び出した。体が伝えてきたこの痛みは命を脅かすと感じられた。悠斗は数名のゾンビ騎士を従えて空の高い位置まで浮き上がって見下ろす。




「時空ドラゴン様、聖剣には気をつけて下さいよ。ドラゴンの血を受けて聖剣となった剣は、見た目に他の剣と変わりがなくてもドラゴンの鱗を突き通す力があります。触れても危ないんですよ」




 懇切丁寧に教える妖魔の言葉が思い起こされた。

 教育係のようにうるさく色々話をしてきた妖魔を疎ましく思っていたが、今となってはもっと詳しく聞いておくべきだった・・・と唇を噛んだ。



 下方から光る点が近づいてくる!



 悠斗は咄嗟にゾンビ騎士を盾に身構えた。

 目の前のゾンビ騎士が数度剣を交えただけで真っ二つになって落ちていく! 従えた騎士を次々と繰り出し追加の騎士を増員して迎え撃つが、シャイアの攻撃は緩むことはなかった。


(行ける! ドラゴンの血の力、半端ない!)


 攻撃の手を緩めることなく繰り出しながら、シャイアはにやりと笑った。



 空中戦を続けるシャイアと悠斗。地上では皐月とマリウス、そしてリリスがゾンビ騎士と戦いを続けていた。もう知った顔にも迷い無く剣を振るうふたりを目の端に捉えて、皐月の心は苦しかった。


 ゾンビ騎士の亡骸が累々と辺りに横たわっている光景が広角レンズで見る様に皐月の目に映っていた。



 どんどん死んでいく・・・

 魂の救済もなく本当の亡骸になってしまう!



 人に戻す術がありながら若い騎士に死を迎えさせてしまうことが苦しかった。自分自身がその事に荷担している事に罪の意識が被さる。


 少し離れた空の上から騎士達の亡骸がバラバラと降ってくるのも見えていた。上空の黒い固まりは悠斗に呼び寄せられた騎士達に違いない。


(死んでしまう! 本当に死んでしまう!!)


 戦いの手を止めず心の中で悲痛な叫びを上げる皐月の声に、深い心の奥でグロリアが目を覚ます。


(・・・・・・死ぬ? ヒューイは・・・死んでしまったわ・・・・・・)


(ヒューイットの事じゃない! 騎士達が死んでしまうの!!)

(騎士・・・?)


 ゆるりと彼女が起き上がる気配がする。


(ランスロウの騎士達が死んでしまう!)

(・・・ランスロウ)

(騎士達を助けなくちゃ、皆みんな死んでしまう!!)


 グロリアが皐月の側で外を凝視している。


 ゾンビと化したランスロウの騎士達が襲いかかってくるのが見える。辺りにはランスロウの制服を着た亡骸が溢れ、空から血しぶきと共に落ちてくるのが騎士だと分かりグロリアは愕然とする。


(何があったの!? どうしてこんな事に!)


(時空ドラゴンが操ってるの! 彼ら騎士は人に戻せる! 本当の死を迎えさせたくない!!)


 グロリアが力を貸してくれたなら何かが変わるだろうか。藁をも掴む気持ちで皐月はグロリアに助力を呼びかける。


(人に戻せる? ゾンビを?)


 はっきりとグロリアは目覚めた。


(そうよ、戻せる! これ以上彼らを殺したくないの! 力を貸して!!)


 どうすれば・・・と逡巡するグロリアの気配が伝わる。


(ゾンビになってもまだ心が残ってる! 彼らは人に戻れるのよ、まだわずかに人の心を宿してるの!!)


 皐月の言葉がグロリアの心に火を灯した。


(これ以上彼らと戦いたくない、彼らを止めたい! グロリア、どうしたらいい?)


 グロリアの瞳に光が宿り、皐月の心にグロリアの思いがシンクロしていく。



 彼等は我らと共にある!



 自然と皐月の思いのようにグロリアの言葉が紡がれ始めた。

 重なり合うふたりの心が喉を震わせ口から思いがほとばしり出る。それは朗々として凛と響き渡った。



「聴けーーッ!」



 グロリアの声が皐月の思いが力強く辺りに広がっていく。  


「ランスロウの騎士達よッ!!」

 

 その声が騎士達の耳に届く。


「ラシュワールに忠誠を誓った者達よ、聞けぇッ!!」


 ゾンビ騎士達の動きがピタリと止まった。マリウスとリリスはにわかには信じられず、剣を構えたまま目を見張って辺りに目を走らせる。


「グロリア様の声が届く!?」

「騎士達の心にまだグロリア様が居る!」


 マリウスは驚き、リリスは望みに表情が明るくなる。


「我はグロリア・ロウズ・ラシュワール! ラシュワールの血に忠誠を誓った者達よ、我等ラシュワールと共に敵を討てぇッ!!」


 その場の全ての騎士がグロリアを注視していた。


「敵は・・・・・・! 時空ドラゴン、その者だ!!」


 剣で指し示し、鋭く向かうべき先に声を向ける。


 ざっと踵を返す音と共に、



  うをぉぉぉぉおお・・・!!!!!




 地の奥底から轟くゾンビ騎士達の雄叫びが辺りを震わせた。






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