第40話 「 白兵戦 」

「したいことをするって・・・。これが悠斗君のしたい事? 本当にしたいことなの!?」


 皐月の言葉に、近づく悠斗の尻尾がまた屋根を叩く。人外の気配を漂わせている悠斗の眉間のしわが深くなっていく。


「うるさいッ! お前が人に言えるかッ!? お前こそ生まれ変わってもしたいことのひとつもやってないじゃないかッ!!」


 やはり皐月がこの世界に来た当初から見ていたのだ・・・と、皐月とシャイアは思った。


「これからよ、これからするの。私、ゾンビを人に戻してあげるの」

「お前がするんじゃないよなッ、その男にさせるんだろ!」

「そ・・・そうだけどッ!」


 シャイアと皐月の足元がかき消え、すぐさまシャイアが皐月ごと横っ飛びする。


「何でもおんぶに抱っこだ。何でも誰かに頼ってばかりで、か弱そうにしたり頑張ってるアピールしたり!

 うざいんだよ!」


(うざい・・・)


 悠斗の言葉が皐月の心をえぐり、声を上げる彼の口に牙を見つけた彼女の表情が強ばる。人の心よりドラゴンの荒々しい心が勝っているのだろうか・・・。


「人のためとか言ってるけど本当にその人のためか!? 自分のしたい事が見つからなくて流されてるだけじゃないか!」


「彼の話を聞くな!」


 肩を震わせている皐月を見てシャイアが彼女の手を引く。


「人のためなんて嘘っぱちだ! 嫌われたくないだけだろッ!」


 悠斗の後方の空間に皐月を映す円が浮かんだ。儚げな印象の皐月が人の顔色を気にして行動している場面が次々と切り替わって映し出される。


 子供達に答え両親の思いに答え、ナースにも明るい笑顔で頑張る皐月を演じている。


「あれは・・・サツキ?」


 映し出された映像が事実なのか悠斗の心のフィルターがかかった心象風景なのかシャイアには分からなかった。


 映像に釘付けになった皐月の目に涙がこぼれ落ちそうに溜まっているのをシャイアは見た。


「だって・・・だって、私に出来る事はこれしかなかったんだもん・・・。心配させないように、明るく前向きに・・・それしか・・・それしか・・・」


 震える小さな声の反論は悠斗の耳に届かない。


 真っ直ぐな黒い髪と抜けるように白い肌の繊細そうな皐月の姿にシャイアの心が揺れた。そして、皐月の何気ない日常をつづれるほど悠斗が彼女を見つめていたことに気付く。


「良い子ぶった偽善者のくせにッ!」


 皐月自身、自分へ一度は投げかけた言葉が深く刺さる。


「お洒落がしたい? 恋愛がしたい? 色々言ってたくせに、随分と崇高な目的を見つけたもんだ!!」


 悠斗との距離をとりながらじりじりと後退しつつ、シャイアは努めて平静な顔で別の話をふった。


「サツキもこれからこの世界で自分がしたい事を見つけていくと思う。そうだろ?」


 柔らかな表情を皐月に向けて悠斗に目を戻すシャイア。


「ドラゴンに生まれ変われる人間なんてそうそういない、君は凄くラッキーじゃないか。ゾンビなんてかまってないで、新しい世界を飛び回って観てきたらどうだい? 君も別の世界から来たんだろう? 楽しまなくちゃ損だと思わないか?」


「うるさい! ゾンビは全部殺してやる! 皐月も含めて全部だ!!」


「サツキは勘弁してくれないか? 僕が人に戻すことに決めてるんだ」


 シャイアは横に立つ皐月を引き寄せて自分の背後に立たせようとする。


「全部だ! 例外なんてない! 皐月から離れろ、その手を離せ!」


 怒りの根幹はやはりここか・・・とシャイアは思った。


「君が危害を加えないなら、僕はサツキの側に居なくても済むよ。こんな事やめようじゃないか、サツキと元の世界に居た時のように仲良くしたいんだろ?」


「そんなんじゃないッ! 黙ってろ!」

「何故ゾンビにこだわる? ドラゴンである君にとってたいしたものでもないだろ?」


 屋根の穴は増えていき、ふたりはとうとう屋根の端まで追いつめられた。


「ゾンビなんてどうだっていい! だから全部消してやるんだ!」


(支離滅裂だな)


 シャイアは心の中で苦笑いする。


「ゾンビがサツキと同じだからか? サツキがゾンビを仲間の様に思っているからか?」

「どっちもだ!!」

「サツキが君と違う存在なのが悲しいか?」


「違う!」

「敵対しているのが悲しいなら今すぐ止めたらいい。仲良くしようじゃないか」


「仲良くなんて反吐が出るんだよ!!」


 悠斗が大きく頭を振って怒鳴る。


「仲良くしたくないならどうしたいんだ? ゾンビを消してサツキを消した後、何が残る? その後どうするつもりだ?」


 つり上がった悠斗の目がシャイアを捉える。


「うるさいんだよ! お前は関係ないだろッ!!」


 悠斗の背後の空に丸い映像が増えていく。


 ベッドを囲んで楽しげにしている悠斗の映像が、彼ひとりベッドに横たわる映像に変わる。別のスクリーンには子供達に囲まれた皐月を部屋の外からぽつんと見つめる悠斗の映像が写る。


(なんて寂しそうな・・・)


 悠斗の寂しげな姿はシャイアの病気がちな弟とだぶって見えた。


 建物の影でボールを扱っている悠斗。思うように動かなくなった体に苛立つ様子を捉えた映像。仲間の中心から抜け落ちた悠斗に代わり、別の少年が仲間の中心になっている光景。


 楽しげに勝利の報告をする動画を見る悠斗の姿。


 幾つもの光景が空に浮かび上がる。


 そして、暗い洞窟の中で様々な映像を見つめる悠斗の姿。たったひとりで過去を見つめている。その中のひとつの映像は、皐月と楽しそうに笑いながら話をしている光景だった。


 とうとう建物の端まで追いつめられてシャイアは思案する。


 下へ降りるか・・・しかし、騎士達を巻き添えに消されてはかなわない。家を飛び移るのも時間稼ぎにすぎないだろう。家が全て消されるのは時間の問題だ。


「悠斗君。何故この世界に生まれ変わったか考えた事ある!?」

「考えたって分かるもんかッ!!」


「サツキ・・・」


「私は死ぬ時やり残したこと全部したいって思ってた! 生まれ変わったら長く生きて色んな事したいって、だから、人より長く生きられるゾンビに生まれ変わったんじゃないかと思ってるの。悠斗君が時空ドラゴンになったのも意味があると思う!」


「知るかそんな事!!」


 悠斗の足元からシャリシャリと微かな音を立てて屋根が消えていくのが見える。


 目に見えぬ壁が、音にならぬ音が近づいてくる!

 シャイアは皐月ごと後方の家へと跳躍した!


 屋根から足が離れた瞬間に今まで立っていた建物が消え失せ、地面に楕円の大きな穴が空いていた。悠斗は皐月達を睨みつけながら宙に浮いたまま。


 離れた隣家の屋根に降りたったふたりを悠斗は追ってこず、宙に浮いてこちらを見据えている。


「怒りで心の視野が狭まってる。彼の心が和らぐことを何か知らないか?」

「・・・分からない」


 友達だと仲間だと言っておきながら、悠斗のことをそれ程知らないことに気付かされて皐月は悲しかった。

 シャイアはグロリアの顔を透かして、先ほどの映像で見た切なそうな皐月の表情が見える気がした。


「君と彼は? 喧嘩でもした?」


 皐月は首を振る。

 宙に浮いた悠斗からエネルギーが湧いてくるのを感じてシャイアが指笛を鳴らす。


 強く力強く。



 ピーーーーーーーッ!

   ヒューーイッ!!



 それは戦線離脱の号令。


 ほぼ同時に悠斗の前にゾンビ騎士が数10体現れ、シャイアと皐月の立つ建物の屋根へと飛んできた。

 小さな屋根から隣の屋根へとランスロウの騎士のいない方を選び、村の外へ外へとふたりは移っていきゾンビ騎士も追ってくる。


 シャイアの指笛と同じ調子の音がふたつ、それぞれ離れた所から聞こえてきてシャイアの表情が少し明るくなった。

 返ってきた音の主はマリウスとリリスに違いない、彼らが無事である事が分かって安堵する。


(皆、無事に離脱してくれよ)


 村の端の建物を越えて草原に足を着けると、付かず離れず着いて来たゾンビ騎士が待っていたように飛びかかってきた。


 皐月とシャイアが適度に離れて応戦する!


「逃げるだけかッ!!」


 頭上から悠斗の声が降ってきた。


「悠斗君、止めて! 止めさせてよ!」


 皐月の言葉など聞く耳を持たず、躍り掛かってくるゾンビ騎士の後方に更に騎士が増員されていく。


「くそっ・・・! 戦術も無しか? 無駄遣いをッ!!」


 襲いかかる剣を払い、飛び、反転して手当たり次第にゾンビ騎士を切っていくが追いつかない!


 背後を取られたシャイアの背に銀光が迫ったその時、



 ギィィン!



「マリウス!」


 シャイアの背後にマリウス、皐月の背後にリリスが立っていた。


「他の者達は光の加護のある場所まで下がらせています」


 光に属する地に彼らが到達するまで気を引くつもりでいたが、皐月とふたりでは心許ないと思っていた。そこへ現れたマリウスとリリスに、命令違反への怒りより心強さがシャイアの心に溢れた。


「済まない」

「何をおっしゃいますか」


 口を動かしながら剣の動きは止めず、互いの位置関係を目の端で捉えてゾンビ騎士を次々と切って

いく。


 シャイアの剣は魂を解き放ち、皐月は苦悶しながら切り捨てていった。


 しかばねに足を取られぬように移動しながら剣を交える。

 見知った顔のゾンビ騎士にやいばを向けて、マリウスとリリスの瞳に光る物が浮かんでは飛び散っていった。




 雲に覆われていた空は黒さを増して重く、不気味な宵闇を引き寄せているように感じられた。








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