第10話 お笑い担当の花村

 昨日。

 冒険士協会からDランクモンスター討伐の依頼を受けた俺達は、いつも活動している拠点から少し離れた辺境の村までやって来た。


 そしたら、俺は出先の山の中で変な奴と遭遇した。


 見るからに怪しい奴だった。だってそうだろ? そいつ、いきなり現れたと思ったら、モグラみたいに地面に穴を掘り出したんだぜ? しかもそいつときたら、俺たちがせっかく討伐したリザードマンを、勝手にその掘った穴に埋めようとしたんだ。


 これを怪しむなって方が無理だろ。


 詳しく事情を訊いてみたら、なんでも魔力で生成した炎で山火事になるんじゃないかと焦ったらしい。だけど、どうにも胡散臭いんだよな。山の中で猿みたいに育ったって言ってるわりには、言葉も流暢に喋れるし。


「山奥での暮らしが長いのでしたら、見慣れない魔技やドバイザーに過剰に反応してしまうのは仕方のないことですわ」


「別に気にしなくてもいいのだよ。ボクの魔技は特別性だからね?世捨て人みたいなキミが慌ててしまうのも無理ないのだよ。ハッハッハッハ」


 お人好しな妹の弥生と、お気楽なチームメイトのジュリは、そいつの言い分をあらまし鵜呑みにしていた。俺はいまいち信用できなかったけど……そりゃあ、形はどうあれ大切な妹の命を助けてくれたのは感謝してる。でもだからっておかしいだろ。


「あの! もしよろしければ、私達と一緒に冒険士をしてみませんか?」


「あ、それボクも賛成」


「冒険士は、天さんのような方にピッタリのお仕事だと思いますわ!」


「うんうん。どのみちボクらも一度は冒険士協会の本部に戻らないといけないしね。天だって、この山を下りるならこれまでみたく自給自足ってわけにはいかないだろうし」


「冒険士協会本部はとても広大な建物ですから、天さんも一目見たらきっと圧倒されますわ」


「うん。絶対に驚くと思うのだよ。だからさ、冒険士になるならないは別として、試しにボクらと一緒に本部に来てみない?」


 犬や猫じゃあるまいし!なんでついさっき知り合ったばっかりの奴を、何の脈絡もなくいきなり仲間に引き入れるんだよ!


 弥生もジュリもどうかしてるよ。


 その上どうも弥生のやつ、出会ったばかりのそいつの事が微妙に気になるみたいで……


「わ、私のことは、どうぞ『弥生』と呼び捨てにしてくださいね!」


 くっそ!いつもの冷静沈着なクールビューティー超絶美少女の弥生が、急にこの変わりようだ!


 これだからチームに男を入れるのは嫌だったんだ。


 弥生はジュリなんかと違って、清楚で純情で慈愛に満ちたまさに絵に描いたような淑女なんだ。だから男への免疫も低いし、警戒心も薄い。下手をすると、四つ年下のラムよりもそういった方面には疎いかもしれないんだぞ。


 俺が守ってやらなきゃ。


 あの野郎、弥生に変なことしやがったらすぐにチームから叩き出してやるからな!


 弥生は絶対に俺が守る。


 だってあいつは、この世でたったひとりの俺の大切な妹だから……



 ◇◇◇



「アーッハッハッハハハハハハハハハハハハハ!」


 まだ眠気を覚える朝のブレイクタイム。ホテルの食堂に若い女の甲走った笑い声が響き渡った。


「くる、くるヒィッ、アヒュ、アハハハハハハハハハハ!」


「おい、ジュリ……他の宿泊客にめいわく、グフ、ブハハハハハ!」


「そう言う、あつ、淳だって!わら、笑ってるじゃ、なヒハッ、ナアハハハハハハハハハハハ!」


 涙を流しながら大爆笑しているのはお天気屋のハーフエルフこと一堂ジュリ。そしてそれを注意した見た目は美少女、中身は超ド級のシスコンこと色物リーダー淳も、ジュリほどではないにしろ堪えきれずと言わんばかりに吹き出している。


「そりゃアハ、あんなの見せられハ、ハハラッ。笑うにヒマッ、ヘヒハハハハハ!」


「兄様もジュリさんも、そんなに笑っては天さんに失礼ですわ……プ、フプ。す、すみませ、プフフ!」


 さらにはこのチームの良心的存在であるはずの弥生まで、口ではフォローしつつ、他の二人と同様に腹の底から込み上げてくるそれの封印を今まさに解こうとしている。


 まあ、これらを簡単に要約すると。


「どうも、新しくこのチームに加入したお笑い担当の花村です」


 朝っぱらから美少女軍団に爆笑の渦を提供していたのはこの俺、史上最強の格闘王こと花村天である。


「朝一番に皆様方を笑顔にできて、何よりだよ」


 俺が頬杖をついて皮肉げに丁寧口調でぼやいていると、今の今まで腹を抱えて大笑いしていたジュリが「ごめんごめん」と涙目をこすった。


「でもその時計、本当にドバイザーそっくりなのだよ」


「というか、まんまドバイザーにしか見えないだろ、それ?」


「はい。どこをどう見てもドバイザーにしか見えませんわ」


 ジュリと淳と弥生の視線が俺の右手に集中する。三人が見つめるその先には、俺が日頃から愛用しているスカイブルーの携帯端末があった。そして次の瞬間。


 《7:30》


 パッとスマホの電源が入り、画面の中央にでかでかと『現在の時刻』が表示された。


「ブバハッ! アーーッハッハッハハハハハハハハハハ!」


「く、ククク……やめ、やめてくれよ、天! フハブハハ!」


「うっ、うぷくく、ごめんなさ……ヒフッ」


 途端に美少女トリオ――正確にはコンビプラスアルファだが――の回復しかかっていた顔と腹の筋肉が、瞬く間に崩壊する。そんな三人を尻目に、俺は呆れ気味にスマホの待ち受け画面に目を向ける。


(別にウケをとっている訳ではないんだがな)


 俺は小さく肩をすくめる。正直これまでの人生でここまで他人を笑わせた――笑われているとも言えるが――ことは、生まれてこのかた記憶にない。しかしこれはこれで思いのほか悪い気分ではなかった。存外、俺も笑いを取るという行為自体はそれほど嫌いではないらしい。その相手が美少女グループならなおのことなのだろう。


(それにお前らのそういう反応はこの上なく俺の思惑通りなんだよ)


 ムスッとした顔で不機嫌な自分を演出しながら、俺は腹の底でほくそ笑んでいた。面識の浅い相手の警戒心を取り除くには、こちらの弱みや劣等性をチラつかせるのが一番手っ取り早い。


(ま、こいつら相手にわざわざそんな事をする必要もないかもしれんが)


 朝一番に見た警戒心の欠片も感じさせない少女達の寝顔を思い出し、俺は軽侮した胸の内で嘆息する。有り体に言えば、この状況は俺のシナリオ通りというやつだ。


 しかし、まさかあんな事でこんなに笑いがとれるとは。


 俺は右手に持った自分のスマホをじっと凝視する。俺がやった事、それは単に自分のスマホをドバイザーではなく『ただの時計』だと淳達に教えただけだ。なんでも淳達の話によれば、ドバイザーは例外なく時計やタイマーなど時間を知らせるような機能が付いていないらしい。あれだけ色々ビックリ機能が付いてるのに何故そこだけアナクロ?と思わないでもなかったが。それは俺の価値観だ。こちらの世界の常識では携帯端末と時計は相性が悪いのだ。そして俺は、その一般常識は利用できると思った。


『なら俺が持っているこの時計は、ドバイザーってのとはまるっきり別物なんだな』


 これ幸いとばかりに、俺は初めについた嘘の上塗りをした。いけしゃあしゃあと。淳や弥生達に自分が所持しているスマホは単なる時計なのだと公表したのだ。これが彼等にはツボだったらしく……


「アーハハハハハハ! もうやめ、やめてくれよ! アハハハハハハッ!」


「だ、だから、ブフッ。他の客にめいわ、くグブハハハハ!」


「ウプフフ、ごめ、ごめなさい天さ、ンフフフフッ」


 ご覧のありさまである。

 腹を抱えて笑っているのが美少女ばかりだから、絵的には逆にオイシイのかもしれんが。それにしてもと。俺はテーブルについていた立て肘を浮かして、座っていた椅子の背もたれに体を預ける。


 なぜ以前の世界の時刻表示が、この世界でも正しく機能してるんだ?


 どういうわけかは分からない。ただ一つ言えることは、俺のスマホに表示されている現在時刻は、この世界のそれと寸分たがわぬものだった。その上なぜかいくら携帯の電源をつけていても本体のバッテリー残量がまったく減らない。まるで動いているのに電源が入っていないような気味の悪い感覚。正直言って軽いホラーである。


(ま、その辺はこれからおいおい調べていけばいいか)


 なんならこの世界の『神』と呼ばれる連中に話を訊くのもいいだろう。きっとそいつらなら俺がこの世界に迷い込んだ理由も何か知っているはずだ。俺がそのような事を考えていると――


 ――ガシャンッ!!


 勢いの良い音がテーブルに響いた。

 どうやら、チームきっての食いしん坊のご帰還のようだ。


「ただいま戻りましたです!」


 また随分とよそってきたな。学校給食で使われているようなお盆にこれでもかと料理を盛ってきたラムを見て、俺は少なくない驚きを覚えた。


「いただきますです!」


 そしてラムは着席と同時に食事開始のゴングを鳴らすと、山盛りに積まれたソーセージとスクランブルエッグのようなものを豪快に食べ始めた。


「相変わらずよく食べるな、ラムは」


「そ、それだけ育ち盛りということですわ。きっと」


「はぐ、もぐもぐもぐもぐもぐっ!」


 物凄いスピードでよそってきた大量の飯を平らげていく黒猫の童女。俺はその雄姿に思わず目を奪われる。


(俺もかなり食う方だが、この娘はそういうレベルじゃない)


 驚くことに、彼女はバイキング形式に数種類の料理が置かれている部屋の中央テーブルを、すでに三回行き来している。つまりおかわりはこれで二回目。しかも毎回毎回チョイスした料理を皿に盛れるだけ盛ってきている。相撲取りが食べ放題の初っ端によそってくるプレートがこんな感じかもしれない。そもそも十歳そこらの女の子に果たして食べ盛りや育ち盛りといった表現が適用するかどうか、獣人という種族にとってはこれが普通のことなのかな。などと俺が考えていると……


「それにしたってアレは少し食い過ぎだろ」

「ま、まあ、いくら食べても自由ですから」


 やはり普通ではなかったようだ。淳と弥生はすっかり笑いの波を引かせ、代わりに顔を引きつらせていた。そんな二人を見て俺は何故かホッとした。


「ねえねえ、ラム。ちょっと聞いてほしい事があるのだよ、プププッ」


 そんな中。いまだ笑いの渦から抜け出していないジュリが、いいことを教えてやるとラムに話しかける。いつまで笑ってんだこのエセエルフ。


「これがまた傑作でさ? 天が持ってるドバイザーって、実はただのーー」


「ごはん中はおしゃべり厳禁です!」


 間髪を容れず鬼気迫る威勢でジュリの言葉を一蹴するラム。口のまわりに食べかすをつけながらも邪魔者を威嚇するその姿はまさに捕食者のそれだ。


「……天さん……」


 目の前に座っていた弥生が控えめに身を乗り出して俺に耳打ちしてきた。


「……食事中のラムちゃんには絶対に話しかけてはいけません。これはこのチームの暗黙のルールですわ……」


「……了解した、弥生さん……」


 なんの躊躇もなく俺はその助言を受け入れた。その一方、弥生は何故かもどかしそうに俺を見つめてくる。


「あ、あの、天さん。昨夜も申し上げましたように、私のことはどうぞ弥生と呼び捨てにしてくださいまし」


「悪いが弥生さん。それはまだお互いのために止めておいた方がいい」


 俺はそちらの弥生の申し出は受け入れなかった。


「言葉遣いはともかく、新参者である俺が他のチームメンバーを呼び捨てで呼ぶのは立場上よろしくない。それがこれから公私ともに世話になるであろうキミ達に対してならなおさらだ」


「でしたら、兄様やジュリさんは別として私だけでも――」


「本人がいいって言ってるんだからほっとけよ、弥生!」


 弥生の隣で飯を食べていた淳が、俺と弥生の会話を強引に打ち切った。


「天もさっさと食っちまえよ!その無駄にでかい図体は見掛け倒しか? ったく、今日はこれから協会本部に行くんだろうが……ブツブツ」


 朝の出だしとは一変、淳君は憎々しげな顔をして俺を睨む。嫉妬深い美少女キャラが恋敵に「ガルル」をかます例のあのシーンだ。本当に分かりやすい男の娘である。俺は内心苦笑しながら自分の皿に箸を伸ばした。直後、ガタンッと一つ大きな音がした。


「おかわり行ってきます!」


 ラムが勢いよく立ち上がった。見れば少女がよそってきた大量の料理は跡形もなく消え去っていた。


「さあ、次はいよいよデザートのターンですぅ!!」


 そうして小さな巨人は、バイキングテーブルの外周コース四周目に突入したのだった。



 ◇◇◇



 只今の時刻は10時45分。


 最初の村を出てからおよそ三時間足らず。村から出ていた『魔導バス』に乗って約二時間半、そこから徒歩で三十分ほど。驚くほど呆気なく、あくびが出るほど簡単に、俺はその場所に辿り着いてしまった……


「……マジでデケェな」


 色々と思うところはある。だが目の前に聳え立つ山のような建築物を見上げて、俺はまず圧倒された。世界中を旅してきたこの俺の目から見ても、その建物はどこまでも広大で、途方もなく壮大であった。


「ね、ボクや弥生の言った通りだったでしょ?」


 不意に背後から楽しげな声で呼びかけられた。呆気に取られていた俺は、半ば無意識のうちにその声がした方へ振り向いてしまう。すると、そこにはお調子者な金髪ポニテの魔女っ娘が、ニカッと弾けるような笑顔で待ち構えていた。


「ようこそ。ここがボクら冒険士の聖地、冒険士協会本部なのだよ」


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異世界武勇伝 〜格闘王が異世界を行く〜 外神克 @togamikou0

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