二回戦第1試合 《戦闘》

 《戦闘》


『お二人とも準備はよろしいでしょうか?』


 声だけの存在のそんな問いかけに、壇際沙津樹は楽しそうに「いいよー」と答えた。その言い方からは、恐怖や躊躇は一切感じられない。

 一方のヴィーラ・ウェントフォッフは、小さな声で「問題ないです」と言って頷いた。


『それでは、5カウントを数えさせていただきます。開始と同時、能力を使ってもらってかまいません』


 声だけの存在は、二人にそう告げる。それと同時にヴィーラは身構え、臨戦態勢を整えた。しかしその心は、どうしても戦いに臨めるような状態ではなかった。

 何かモヤモヤしているような……戦いにおいては“致命的”とすら言える余計な疑念が、ヴィーラの心を覆い尽くしていたのだ。



 先ほど控え室にいたとき。そこで『なぜ笑っていられるのか?』と聞いた時。彼女…壇際沙津樹は笑った。そして…涙を流していた。

 ヴィーラはその姿に、酷く“歪さ”を感じずにはいられなかった。


 ヴィーラは思っていた。壇際沙津樹は戦いを好む戦闘狂の狂人なのだと。その考えは今でも変わらない。

 しかし……涙を流す彼女の姿を見て、ヴィーラの中にある疑念が生まれていた。『壇際沙津樹は本当に人殺しを望んでいるのか?』と。


 これまでヴィーラは幾度となく、人殺しを好む殺人鬼達を見てきた。だからこそ言える。彼女の知っている殺人鬼と壇際沙津樹は、似ても似つかない存在であると言うことが。


 人を殺すことに一切の躊躇いを持たず、それどころか人を殺すことだけを生きる目的とする者達。殺すことによって快楽を享受する、吐き気が催すような邪悪。ヴィーラの知っている殺人鬼とは、そんな者達のことだ。

 だが壇際沙津樹は―彼女のことを殆ど何も知らないがそれでも―なんとなくそんな“邪悪”ではないように思えた。



『幸せに死んでもらいたい』


 彼女はそう言った。


『自分に出来る唯一のたむけ』


 壇際沙津樹は涙を流してそう言った。



 ただ自分の快楽のためだけに人を殺す。そんな狂人から、果たしてこんな『慈悲深い』言葉が出てくるだろうか? 少なくともヴィーラには、そうは思えなかった。


 いやもちろん、だからといって沙津樹のことを理解できるわけでもないし、許容できるわけでもない。『どうせ殺すなら幸せに死んでもらいたい』なんて言うことも当然のごとく、狂った考えだ。

 そもそも一般的な倫理観から言えば、人を殺すこと自体が間違っているのだから。


 しかし…やはり思うところがあった。壇際沙津樹の言葉の中に見え隠れする…悲哀とでも言おうか? そんな“よくわからない何か”に、ヴィーラは“何か”を感じずにはいられなかったのだ。


 涙を流し『どうせ殺すなら』と本音を漏らした壇際沙津樹。その中に…その言葉に、壇際沙津樹の本心を垣間見たような気がした。

 壇際沙津樹の心の叫びを。苦しみを。感じたような気がしたのだ。



 そんな風にヴィーラが、知る事が出来ようはずもない壇際沙津樹の本心に思いを巡らしている間も、しかし時間は無情にも過ぎていった。

 声だけの存在は、ただただ無機質な声で『5……4……』とカウントを始める。ヴィーラは心内こころうちの疑念を振り払うように、目の前の壇際沙津樹の姿を見た。


 まるでこれから楽しい遊びでもするような、そんな清々しいほどの笑顔。壇際沙津樹の姿からは、先ほど見せたような『悲哀』の感じは見受けられない。

 彼女が何を思い、あのように涙を流したのか。それはもはやわからない。今わかるのは、少なくとも沙津樹はこの戦いに全力を持って挑むと言うこと。自分を“安らかに死なせてあげよう”としてくることだけだった。


 しかしヴィーラも、彼女に殺されるわけにはいかない。逆に彼女を殺し、このトーナメントを勝ち進まねばならない。そして、永遠の終幕を手に入れるのだ。

 この終わりなき絶望を、終わらせねばならないのだ。



『2…1…戦闘を開始してください』


千年牢獄ジャッジメント・セル!」


 カウントが終わると同時、一回戦と同じようにヴィーラは、すぐさま最強の拘束魔法“千年牢獄ジャッジメント・セル”を発動した。


 壇際沙津樹の強さは未知数。どんな能力を持っているのかも不明。それならば、何もさせないにこしたことはない。

 千年牢獄ジャッジメント・セルでの拘束に成功してしまえば、少なくとも技の名の通り千年間は、壇際沙津樹の身動きを封じることが出来る。その長くも短い千年の中で、じっくりと彼女を殺せばいい。ヴィーラはそう考えたのだ。

 しかし……



「よっ!」


 ――バシュンッ


 千年牢獄ジャッジメント・セルによって生じたまばゆい光が空を切った。壇際沙津樹は軽やかな身のこなしで、地中から生えてきた光の格子による拘束を避けたのだ。その反応速度は、およそ常人のそれとはかけ離れている。


 この時点でヴィーラは、壇際沙津樹がやはり『戦闘の天才』である事を確信した。しかしそれも予想通り。さして驚きはなかった。

 なにせ主人公『最強』トーナメントに呼ばれているのだ。このくらい、当然という感じさえある。


不死鳥の息吹フェニックス・バーン!」


 沙津樹に千年牢獄ジャッジメント・セルを躱されたものの、しかしヴィーラは攻撃の手を緩めない。距離を維持しつつ、遠方より“不死鳥の輪郭を持った火炎”を沙津樹に向けて撃ち放った。


 ――ゴォォォォォォォ


 火炎は一直線に沙津樹に向かって突き進む。しかし―やはりというか―沙津樹は不死鳥の突撃さえも、その美しくさえある身のこなしで華麗に回避した。

 地面に直撃した不死鳥は、青白い炎を辺り一面にまき散らした。



 ――ボシュッ、ボシュッ、ボシュッ


 さすがに防戦一方で形勢不利と悟ったのか、壇際沙津樹は武器生成の能力でスモークグレネードランチャーを生み出すと、闘技場の至る所にスモークグレネードを発射した。

 そして、辺りを埋め尽くす白い煙の中に身を隠した。


 ヴィーラは、しようと思えばこの煙を吹き飛ばすことも可能だった。しかし彼女は、あえてそれをしようとはしない。むしろこの状況を好機と捉えた。


 恐らく沙津樹は『遠距離から魔法を撃ち続けて沙津樹に攻撃の隙を与えまい』としていた自分の目論みに感づいたのだろう。だから“攻撃されないように”姿をくらました。

 たしかにヴィーラも、この濃煙の中では沙津樹がどこにいるかはわからない。しかし…”彼ら”ならわかる。視覚ではなく、優れた嗅覚によって敵の居場所を突き止める、偽物の不死を手に入れた男ティムシーの両腕から生み出した、二頭の漆黒の猟犬達ならば。


 ――バウッ!


 二頭の猟犬は一声吠えると、すぐさま煙の中に向かって走り出し、そして見えなくなった。考えるまでもなく、見つけたのだろう。沙津樹の匂いを。ともすれば、あとは待つだけだ。

 この濃煙の中においては、“視ること”が出来ない沙津樹よりも、“ること”の出来る猟犬達の方が圧倒的有利。しかも数の有利まである。

 注意すべきは、文字通り“煙に紛れて”沙津樹が不意打ちをしてくることだけだ。それさえ気をつければ、自分はもう大人しく待っているだけで勝つことが出来る。


絶対防壁アストラル・バリアー


 ヴィーラは自らの周囲に、薄オレンジ色の魔力防壁を作り出した。この絶対防壁アストラル・バリアーは彼女が使える防御魔法の中でも特に強力な部類で、厚さ数ミリの鉄板に勝るとも劣らない防御力を誇る。これならば、さすがの沙津樹も不意打ちで自分を仕留めることは出来ないだろう。

 あとは、煙の中から沙津樹の断末魔が聞こえてくるのを待つだけ……


「ギャンッ!」

「!」


 しかしそんな考えとは裏腹に、煙の中から聞こえてきたその叫び声は、ひどく動物的なものだった。


「バウッ! バウッ、バウッ……」


 ――ぶしゃっ


 猟犬が何度か叫んだあと、地面に血が吹き付けられる音が聞こえた。そして直後、場が静寂に包まれる。

 この時すでにヴィーラは、まだ見ぬ煙の中で起きてしまったことを感覚的に直感していた。


(まさか……返り討ちにされたの⁉)


 先ほど聞こえた、二つの断末魔。あれは間違いなく、沙津樹のものではなく、ヴィーラの向かわせた二頭の猟犬達のものだ。

 そして血しぶきの飛び散る音から推測するに、恐らく二頭とも既に殺されている。


 この一面の濃煙の中、沙津樹は一寸先すら見えていないはず。にもかかわらずどうやって、臭いで沙津樹を追っていた猟犬達を返り討ちに出来たのか? 

 まさか特殊な能力を持っているのか? 第六感のようなものが覚醒する、そんな馬鹿げた能力を持っていたから、“見ること”のできないこの状況でも“視通す”ことが出来た?

 ……いや、それは考えにくい。沙津樹は先ほど、この煙を生み出した爆弾を発射する武器を生成していた。そのことから推測するに、彼女の能力は『武器を生み出す』能力である可能性が極めて高い。

 もちろん複数能力保持者ダブルという可能性もあるが、しかしその可能性は低いだろう。

 ではどうやって壇際沙津樹は……



 ――――パァァァン!


 瞬間、絶対防壁アストラル・バリアーを貫通して、一発の弾丸がヴィーラの頭蓋に直撃した。

 戦車をも貫く、そのあまりにも莫大な運動エネルギーを保持した弾丸は、ヴィーラの頭蓋を易々と弾けさせ、まるでトマトでも押しつぶすかのように、彼女の顔面を粉砕した。




 煙が晴れる。ようやく姿を現した壇際沙津樹は、熱源感知器サーモグラフィーと呼ばれる、双眼鏡のような見た目をしたゴーグルを装着していた。

 沙津樹は熱源感知器サーモグラフィーを取り外すと、眼下に倒れる頭のない齢九歳の少女の遺体を見下ろした。

 そして、ひどく嬉しげで、しかしどこか悲しそうな表情を浮かべた。


「……楽しかったよ、ヴィーラちゃん」


 壇際沙津樹は涙を流し、眼下に倒れる幼子の死体につぶやいた。







 目を覚ますと、そこはなにもない暗闇の中だった。光の一切存在しない暗黒の中で、ヴィーラは意識を取り戻したのだ。


 あるのは、得体の知れない息苦しさと閉塞感。それ以外は何も感じない。頭が薄ぼんやりとする。なんだか上手く物を考えることが出来ない。起き上がろうと体を動かしてみる。しかしなぜか、体はピクリとも動かなかった。


(ここは…どこ?)


 暗闇の中で、彼女はそんなことを思う。しかし上手く働かない彼女の頭からは、なんの答えも返ってこなかった。


 思い出せない。先ほどまで何をしていたのか。何が起きたのか。

 なぜ自分の心がこんなにも、閉塞しているのか。

 何も、何も、何も。何もわからなかった。



 ――グッ……グッ……


 突然、自分の周りに存在していた“壁”が運動を始めた。その動きはまるで、パイプにつまった物体を奥に押し出そうとしているかのようだ。

 何も出来ぬ彼女はその“押し出そうとする力”に逆らうことも出来ず、されるがままに暗闇の中を移動していった。

 そして、光が差し込んできた。





「おめでとうございます! 可愛い女の子ですよ!」


 まぶしさに目をくらませていると、そんな声が聞こえてきた。そして、自分の小さな体が持ち上げられるのを感じた。


「はぁ、はぁ……あぁ……ありがとうございます神様……この子を授けてくださって……!」


 自分を抱えているのとは別の人間が、感謝を滲ませる声でそう言った。


 これまで幾度となく、嫌になるほど聞いてきたその言葉。それを聞いた瞬間、彼女は思い出した。全ての過去を。












あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!




 赤子は産声を上げる。ひどく悲痛に。これ以上無く凄惨に。

 しかしその場にいる誰も、そのことに気がつかない。


 母親は、泣きわめく自らの娘を抱きしめる。そして、小さな声でささやいた。


「どうかこの子に、神様から永遠の祝福がもたらされますように……」

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