一回戦第1試合 《控え室》

 城ヶ崎レンは、ごく普通の女子高生である。


 平凡な家庭に生まれ

 優しい親に恵まれ

 友人にも恵まれ

 勉強もそこそこでき

 運動も並以上にできる


 そんなごく普通の、ありふれた女子高校生だった。


 しかしあえて彼女の普通でない点をあげるとするなら、それは彼女が『織田信長を救い出し歴史を改編した』と言うことだろう。


 今から8年前、彼女が高校2年生であったとき。彼女は突如として、過去の世界にタイムスリップした。1577年、つまり1582年に起きる”本能寺の変”の5年前に時間移動したのだ。

 見知らぬ土地、見知らぬ時代。普通なら生き延びることは出来ないだろうそんな世界で、しかし彼女は生き延びた。


 秀吉に自らを売り込み、さらにはその主人である信長に取り入った。そして”それなりの”歴史知識を用いて自らの有用性を示し、わずか4年で信長の右腕となったのだ。


 信長の右腕となってからの彼女の行動は早かった。明智光秀を、信長を暗殺することができないような東国の地に出兵させ、さらには信長暗殺に関して”黒幕説”がまことしやかに噂されていた秀吉や朝廷の面々を監視した。

 そして4年後、ついに信長は天下を統一することに成功し、彼女はそれと同時に元の世界に戻された。


 戻されたはずだった。





 ◇


『今から殺し合いをしてもらいます』

「……はい?」

『異論は認めません』

「……」


 レンは『またか』という思いを抱く。それは半ば、諦めのような感情でもあった。実は、城ヶ崎レンは8年前も今と同じようにいきなり


『過去に行ってもらいます』

『そこで織田信長に天下を統一させてください』

『異論は認めません』


 という、たったそれだけの説明で過去に行かされたのだ。

 結局、彼女が人よりも僅かに歴史が得意だったおかげで、こうやって無事に元の世界に戻ってくることができた。しかしどうやら、再びおかしな事に巻き込まれることになりそうだった。


「……ていうか殺し合い? それって本気?」


 レンは、姿の見えない声だけの存在にそう聞き返す。


 確かに彼女は、信長を救い歴史を変えた“普通ではない”女子高生だ。しかし、それはあくまで“歴史を変えた”だけであって、別にどこぞのマンガの主人公のように『敵のいないくらいにケンカが強い』わけではない。

 つまり、ただの一兵卒として見たとき、城ヶ崎レンはいたって『ごく普通』なのだ。弱いのである。

 そんなレンに『殺し合いをしてもらう』? どう考えても人選ミスだろう。戦闘力だけで考えるなら、米兵とかを選ぶべきだ。それか、戦いに飢えているヤンキーとか。


『心配いりません。戦闘力の低さを考慮して、あなたの才能に見合った特殊な能力を差し上げます』


 レンの疑問に、声だけの存在はそう答えた。答えを聞いたレンが、その”特殊能力”とやらについて聞き返そうとすると、しかしそれよりも早く


『それでは、詳細については後々に詳しく説明がありますので、とりあえずは転移させていただきます』


 声だけの存在はそう言って、彼女を移動させた。




<控え室>


 ――シュゥゥゥゥン……


 気がつくとレンは、見知らぬ場所にいた。そこには無数のロッカーが立ち並び、まるでサッカーや野球の控え室のようだった。


「……」


 レンは部屋を見回す。どうやら、彼女以外には誰もいないようだ。


「……あ」


 視線を向けたロッカーの扉に『氷賀キリヤ』と言う名前が書かれていることに気がついて、レンはそんな声を上げた。


(氷賀キリヤ……聞いたことないわね)


 ”苗字と名前”という構成からして、恐らく日本人だろう。というか、日本語で書かれているし。そして多分、男だ。自分のような”レン”という中性的な名前ならいざ知らず、”キリヤ”なんて如何にも男っぽい名前、名付け親がよほど偏屈でもなければ、男とみて間違いないだろう。レンはそんな事を推測した。


「……よくよく見れば」


 そう言って、レンは他のロッカーに視線を移す。どうやらそれぞれに、違う名前が割り振られているようだった。ロッカーの持ち主の名前だろうか?


「『黒宮治棘』……日本人で多分女ね。『ヴィーラ・ウェントフォッフ』…外国の名前かしら? …あ」


 いくつかの名前を確認したところで、彼女は自分の名前が書かれたロッカーを見つけた。『城ヶ崎レン』と書かれたロッカーがあったのだ。


 レンはしばし考えた後、恐る恐るそれに近づく。そして扉に手を伸ばした。


 ――ギィィィ……


 軋む音を立てて、ロッカーの扉が開く。その中には…


「……?」


 一枚の紙がひっそりと置かれていた。彼女はそれを手に取る。その紙は谷折りにされていて、内側に何かが書かれていることが、ほんのりと透ける黒インクからわかった。


 レンは辺りを再び見回した。そして、誰もいないことを確認すると、隠すようにしてそれをのぞき込んだ。





「あれ? 先約が居たんだ」

「!」


 レンは慌てて、手に握っていた紙切れをポケットに押し込んだ。ポケットの中で、紙がぐしゃぐしゃになる。しかしレンはそんなことも気にせずにすぐさま、自分にいきなり話しかけてきた”誰か”の方を振り向いた。


「おっはー。初めまして……かな? 初めましてだよね?」


 レンに話しかけてきたその女は、そんな気楽な挨拶をした。その女はニコニコと不気味に笑い、その様子は”危ない人”の典型のようだった。

 レンは警戒心のこもった視線を向ける。


「……誰?」

「誰だと思う?」


 それがわからないから聞いているのだ。レンは僅かな苛立ちを覚える。しかし女は、そんなレンのことなど微塵も気にしない。見入ってしまうほどに美しく、そして不気味に笑った。


「ダメだよー? わからないことをすぐに人に聞いたら。まずは考えなくっちゃ。脳を活性化させようよ」

「……」


 考えてわかるくらいなら聞いてなどいない。考えてもわからないからこそ、聞いているのだ。しかし、そんなレンの考えをあざ笑うかのように女は言った。


「そんな風に人に聞いてばかりじゃダメな大人になっちゃうぞ、レンちゃん」

「……!?」


 レンは硬直する。そして、目の前の得体の知れない女を凝視した。


「なんで……私の名前を!?」

「あははあ。そんなに怖い顔しないでよ。別にたいしたことじゃないよ。ほら、そこ見てみなよ」


 女はそう言って、一番端っこにあるロッカーの方を指さした。そこには……


「……トーナメント表?」


 ロッカーの陰に隠すように、A4サイズの紙切れが貼り付けられていた。そしてそれには、どうやらトーナメントの対戦表らしきものが書かれていたのだ。


「ロッカーばっかり見て、気がつかなかったんでしょ? だめだよー。もっと周りに注意しなきゃ」


 女は「そんなだとすぐ死んじゃうよ?」とレンに忠告した。しかしレンには、そんな忠告は聞こえていなかった。


(……あのトーナメント表で、自分の対戦相手になっている名前を調べたわけか。だから、私の名前を当てることが出来た)


 レンはそう推測した。そしてその推測は正しかった。

 レンから遅れること3分。女はレンと同じようにこの”控え室”に転送されてきた。そして転送されたのと同時に、すぐさま周囲の全てを視認し、状況を理解したのだ。



(彼女の名前は……壇際だんざい沙津樹さつきか……日本人?)


 レンは再び、目前の沙津樹の方に視線を戻す。沙津樹はどうやら、自分のロッカーを物色している最中のようだ。レンはそんな沙津樹の様子を見つつ、僅かに恐怖を覚える。


(こんな奴と……戦うのか)


 レンは息を飲む。

 恐るべきは、壇際沙津樹の注意力と思考力だ。いくらレンが戦いは苦手だと言っても、同じ部屋にいきなり人間が現れれば数秒でそれに気がつく。そして、それは裏を返せば『壇際沙津樹はここにやってきてほんの数秒でレンの名前を知った』と言うことに他ならない。


 レンは沙津樹に教えられるまで、隠すように貼り付けられたトーナメント表の存在にすら気がついていなかった。にもかかわらず沙津樹は、たった数秒でそれを見つけ、その中から自らの名前を探し出し、さらには自分の対戦相手が、自分より先にここに居たレンであるということまで推測したのだ。恐るべき洞察力と思考速度である。


 まだ戦いは始まっていない。しかしもうすでに負けてしまっているかのような感覚に、レンはさいなまれた。しかし彼女は、そんな嫌な気分を振り払うように顔を振る。


(落ち着け! まだ戦いは始まってもいないじゃない! まだ負けてない! ここは冷静に……落ち着くのよ)


 レンは深呼吸をした。


(……そうよ。私は何を焦っているの? 焦る必要なんて無い。なんたって私は、戦国時代だって生き抜いたんだから。人だって、もう何人も殺した。そんな私が、こんな甘っちょろそうな奴なんかに負けるわけないじゃない)


 レンはそんな事を言い聞かせると、再び沙津樹の方を見た。どうやら沙津樹もレンと同じように、ロッカーの中に入っていた紙切れを確認しているようだった。紙切れの中をのぞき込んで、まるで子供のようにはしゃいでいた。


(大丈夫よ。こんな脳天気な奴に私が負けるわけない。修羅場をいくつもくぐってきた私が負ける要素なんて一つもないんだから。それに……)


 レンはポケットに手を突っ込み、グシャグシャになってしまった紙切れを取り出す。


(……それに、この能力さえあれば私は絶対に負けない)


 そんな事を心でつぶやくと、不敵な笑みを浮かべた。


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