冴えない主人公《オレ》の見分け方

西秋 進穂

冴えない主人公《オレ》の見分け方

なにかを見分けることはとても難しい。


例えば、五千円と数百万円のギターの音色を交互に聞いたとしても、音楽の素養のない俺にとっては同じ音色に聞こえるだろう。


だからなにかを見分けられなかったとしてもそんなに恥ずべき事ではないし、それに対してとやかく言うことは間違えている、とも言えるのだ。











それが起きたのは窓から入る日光が気持ちいい、正午ごろ。

俺の自宅にガールフレンドのみずきが遊びにきていた。



「どうしようこれ」

俺はついそんなことを言っていた。


キッチンで昼飯を作ってくれたいたみずきが、目線だけちらりと寄越し、柔軟剤でも入れたかのようなふんわりとした声で返答する。

「どうしたの? はるき」


「どっちがどっちだか、わからなくなった」

俺はテーブル上のそれを示すようにあごをしゃくった。


「私、同じ場所に置いちゃった?」

「そうみたいだな。キーホルダーとか二人とも付けないし」


そこには二つの鍵。

渡していた合鍵と純正鍵の区別がつかなくなってしまったのだ。


「まあ、純正でも合鍵でもどっちでも開くからいいけど……」

困ることはないだろう、と俺。


「へへーん。実は見分け方があるよ」

得意げな笑顔でみずきはそう言った。


「え? どうやるんだ?」

「簡単だよ。純正鍵の場合は、メーカー名と十桁程度の鍵番号があるの。合鍵にはそれがない代わりに、四桁くらいの商品番号がついているんだ」


それを聞いて一つ手に取る。


「あ、本当だ。じゃあみずきの鍵はこっちだな」

と、”H200”と書かれた鍵を手渡した。


「こんなの知ってないとわからないな」


「私が知っていたのはたまたまだけど、よく観察すれば違いには気が付いたかもね」

一歩リード! と言わんばかりに彼女は胸を反らした。



「あ、まずいかも――」


みずきはコンロに視線を戻すと、火を止めた。

ぐつぐつと煮える熱湯の中からそれを救い出す。


「まだ茹で始めてから二分くらいじゃないか?」

「いいの、これくらいで」


彼女は手際よくそれをソースと絡めると二人分の皿に取り分け、上に具材を載せた。

二人して椅子に腰を掛けると、

「いただきます」

と合掌しツナとトマトのパスタを堪能した。


うん、美味しい。


「ねえ――気づいている?」

「なにに?」

「これいつもと違うパスタなの」

確かに――なにか違和感があるような、ないような。

「言われてみれば……」


みずきが一つため息をつく。


「言われてみれば、じゃないでしょ。こんなに麺が細いのに。あのね、いつも食べているのは一・七ミリくらい。これは一・三ミリくらいなの」


だからソースとよく絡まって美味しいのか。


「カッペリーニって言うの」

「へえ、イタリア語か?」

「そう、カペリって単語に由来するんだって」

「カペリ?」

「イタリア語で髪の毛って意味」


ああ、髪の毛みたいな細さだからか。

食べているときに聞きたくない由来だな。






それにしても――俺は考えた。

これですっかり俺のことをなにも見分けられない男だと認識しただろう。

ぼんやりした男だと幻滅してしまっただろう。

しかしこんな些細なことで決めつけられてしまっては困る。

冴えない俺にだって、見分けがつくものの一つや二つくらいはあるのだ。

次のチャンスは必ず見抜いて見せる――






俺がそんなことを考えていると、

「髪の毛と言えばさ、私の髪――」


そらきた。


俺はここぞとばかり、間髪を入れずに言う。


「ああ、美容院に行ったんだね。結構切った? それも似合うな。この前と全然違う」


――このときのみずきの表情の変化には、さすがの俺も気がついたね。


「全然美容院に行けてなくてぼさぼさだから、明日予約を入れたんです」






見分けるって本当に難しい。

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