Ⅱ-Ⅷ 碧依の苦悩 ②


「ということで~、2組には開発で競争をしてもらうと部長が言ってるの~。勝った方には2日ほど有給をとることが許されるらしいわ~」


「詳しく」


 kwsk。

 私は身を乗り出してせっちゃんこと瀬戸さんに尋ねる。


「と言われても言うことはそれだけなのよ~。あっ、そうそう~。負けたほうは勝った方の仕事が振られるから頑張ってね~」


「……面倒くさいことになった」


 くーちゃんは本当に面倒くさそうな顔して私を睨んだ。うっ、負けなければいいんだよ、負けなければ。


「話はそれだけだから~。じゃあ頑張ってね~」


 せっちゃんは手をヒラヒラ振りながらサーバールームを去っていった。

 残された私たちには一瞬の沈黙が走る。


「まぁ、とにもかくにもだよっ!」


 沈黙に耐えられなくなった私は、咄嗟にくーちゃんへ話しかけた。


「こうなった以上は一緒に頑張ろう!」


 するとくーちゃんはジト目でこちらを見つめ、はぁとため息をついた。


「そうだね。リョータに任せろと言った以上、最低限努力はさせてもらうつもり」


 それにと続ける。


「2日間の有給は魅力的すぎる。正直本気を出さざるを得ないかもしれない」


 くーちゃんはよしと言い、おこたの下へ戻っていった。


「くーちゃん、ごめんね」


 私はくーちゃんの後を歩きながら謝った。


「私たちの仕事は部長たちが引き受けてくれてるからいいけど、くーちゃんは自分の仕事をしながらだもんね。私考えなしに巻き込んじゃった」


「もういいよ。それよりも早く作業に取り掛かろうよ。こうしてる間にも柊木さんたちは着実に仕事を進めて言っているはずだし」


「くーちゃん……。うん、そうだね。ありがとう」


 くーちゃんの優しさに感謝をする。

 よし、そうと決まったら頑張って良いもの作っていくぞ!



 3日後――。



「五葉さん、この資料に目を通しておいて」


 ドサッと私の前に資料の山が積まれた。


 5分後――。


「さっきの読めたよね? 次はこっちをお願い。あと、類似商品の売れ行きのデータをまとめておいたから、商品案の参考にして欲しい」


 ドサッと私の前に更なる資料の山が増えた。


「五葉さん、これを――」


「五葉さん、さっきの――」


「五葉さん」「五葉さん」「五葉さん」「五葉さん」


「五葉さん、商品開発部の没商品のデータが……って五葉さん?」


 気が付けば私は地べたにうずくまっていた。

 もう、ヤダお家帰りたい。


「返事がない、どうやらただの屍となったようだ。かくなる上はもうこの手しかない」


 くーちゃんは冷静にそれだけを言い残すとおこたの方へ戻っていく。

 そう、私は屍。燃え尽きっちゃったよ、真っ白にね。

 涼太君は今頃どうしてるかな? 涼太君に会いたいな、顔が見たいな。

 会ってどうするのかって? まずは頭をポンポンして欲しいな。すごく温かい気持ちになるの。

 それでね、涼太君に私辛かったのって言うの。優しい涼太君は、また頭を撫でてくれて、辛かったなーって共感してくれるの。私は、うん、辛かったのって言って涼太君の胸で甘えるの。

 それから、碧依よく頑張ったねって言って欲しいな。涼太君に褒められると天にも昇る気持ちになるの。

 それからね、涼太君と、涼太君と、涼太君と――。


「涼太君、涼太君」


 そう唱えているとすぐ側に涼太君が居てくれるような気がするんだー。


「五葉さん、すごく気持ち悪いからやめて欲しい」




□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □




 俺はサーバールームのドアをゆっくりと開けた。

 相変わらずの冷気が俺の火照った体を冷やしていく。

 さてさて、お目当ての碧依さんはどこだ……と。


「敵襲?」


 すると、パソコンで何かをタイプしていた黒川さんが俺に気付き、駆け寄ってきた。

 敵襲てあんた。


「さっきはスルーしたけど碧依が心配になって来てみたんだ。なんかやばそうな雰囲気だったから」


「ああ、五葉さんなら」


 黒川さんはちょいちょいと部屋の隅を指差した。

 そこには禍々しいほどの黒色と何やら怪しげなピンク色を混ぜ合わせたような、カオスなオーラを纏った碧依がうずくまっていた。

 俺、今からあれに話しかけるんですか?


「私は仕事に戻るから好きにしていいよ。復活すれば儲けものくらいで思ってるから」


 ホント酷いですねあなた。一応タッグを組んでるパートナーでしょうに。

 とりあえず黒川さんからは了承? を得られたので、碧依の下へそろりそろりと近寄る。


「碧依さん? どうしたのかなあ?」


 俺が声をかけると、ギギギという油の切れた機械のような音を立てながら首が上がこちらを向いた。

 いや、ホラー過ぎる、やめて。


「リョウタクン?」


 碧依は電池の切れかけた喋る人形のように、薄気味悪い片言で俺に返事をした。

 いや、だからホラー過ぎるからやめろっての。


 とりあえず、碧依の頭に手をポンポンと乗せてみる。

 すると、碧依の体がビクンと電気ショックが走ったように反応した。

 おっ、こうすると碧依っていつも嬉しそうにするからと思ってやってみたけど、効果ありか?

 そのまま、ポンポンとする度にビクン、ビクンと反応する。何だか面白いなこれ。

 何度かそれを繰り返すうち、碧依のカオスオーラの中から黒色の部分が少し薄まってきたのを感じる。

 それと同時に、少し目に光を取り戻した碧依が、俺にこう尋ねてきた。


「私、辛かったの」


 お、おう、そうか。と思うけど、普通にそう返すと再び闇落ちする未来が見えるな。

 確か辛い思いに対しては共感してあげると良いと前にテレビで言っていた気がする。

 だから俺は、そのまま碧依の頭を撫でながら、「辛かったなー」と共感した。

 すると、碧依の顔に光が戻っていき、完全に黒色のオーラが霧散した。よしよし、でもピンク色が残っているのはなんで?

 不思議に思っていると、ポスっと何かが俺の胸に飛び込んでくる。

 えっ、と思い見ると、碧依の頭頂部が目の前にあった。


「うん、私辛かったの!」


 ぐりぐりと俺の胸に頭をこすりつけてくる。

 うん、ちょっと恥ずかしくなってきたからそろそろご遠慮願えると助かるんですが。

 でも、碧依は一向に離れようとしない。どうすればいいんだろう、とりあえず気が済むまで慰めればいいのか?


「そうだなー、碧依はよく頑張ったなー」


 その言葉をかけた時、碧依は顔を上げ、パッと明るい笑顔になった。というか、恍惚っていうのこの表情。


「涼太君、涼太君、涼太君、涼太君」


 そして、また俺の胸に頭を擦りつけながら、甘えてきた。

 いつまで続くんだろう、これ。いや、俺得だから別にいいんだけどね。




「私は、一体何を見せられてるの」


 そう言う、黒川さんの声はサーバールームの室温以上に冷たかったけど気にしない。碧依、あったかい。

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ようこそ総務部へ ~異動先はハーレム!? いや、振り回される未来しか見えないんですが……~ 雷舞 蛇尾 @pomum

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