Ⅱ-Ⅲ shion ①

 昼休み。

 俺はいつもの食堂で考え事をしていた。

 さて、どうやって発信機を回収したものかと。

 2人は簡単なんだよ。っていうか既に1人については運よく既に回収できたし。

 一番手ごわいのはやっぱ柊木さんなんだよな。さて、どうしたものか。


「あ、涼太君だ」


 すると目の前に碧依の姿が。

 碧依はニコニコとしながら俺の横に座った。や、テーブルなんだし目の前に座れよ。


「涼太君今日のお昼ご飯はなんだったの?」


 割り箸を割りながら碧依は尋ねてくる。


「ん? 碧依と同じ焼き魚定食。」


「そうなんだ! 気が合うね」


「ま、昔はよく一緒に飯食ったしな。好き嫌いも似てくるんじゃないか?」


「あはは。そうかも」


 碧依は笑いつつ、いただきますと言って昼食を食べ始めた。

 とりあえず今がチャンスといったところか。

 俺はゆっくりと碧依のうなじへ手を伸ばす。


 ……。別にやらしいことしようと思ってるわけじゃないからね。


「どうしたの?」


 すると案の定碧依が不思議そうな顔で聞いてきた。


「いや、首んとこにゴミついてるから取ってやろうと思って。だから、ちょっとじっとしといて」


 そういうと碧依はうんと首肯して俺の言うことを聞いてくれた。

 俺はうなじに手を伸ばす。

 あったあった、これだ。

 銀色の小さな発信機をカリカリと剥がしていく。


「ふにゃん」


 すると、碧依が猫撫で声を出す。


「な、なんだよ」


「だってくすぐったいんだもん。はにゃん、もう、涼太君!」


 どうやら碧依は首筋が弱いらしい。

 一瞬怒ってるのかなと思いきや、何だか嬉しそうじゃない?

 というかその声ちょっとエロいからやめて欲しいんだけど。俺が変なことしてるみたいじゃん。


「よし、取れた」


 俺は何とか発信機を剥がすのに成功した。


「もう。涼太君のエッチ!」


「なんで!?」


 急に碧依が顔赤らめてそんなことを言うもんだから、慌てて俺は否定した。


「違うから、ホントゴミがついてただけだから!」


「そうかなー。ホントは私に触りたかっただけじゃないの?」


 ……。まぁ、それはなくはないかな。

 いやいや、本来の目的はそうじゃないから! 黒川さんに協力してるんだ。これくらいのご褒美があってもいいじゃない。

 とりあえず碧依に変態として見られたくなかったので表面上は否定しておいた。

 なぜかそこから碧依の機嫌がめちゃくちゃ悪くなったけど。




□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □




 さて、昼からの仕事だーと思ったら、運よく柊木さんと2人きりなることができた。

 部長と碧依は、広告会社へ出張。瀬戸さんは黒川さんに備品管理システムのエラー報告に行っている。

 数分したら瀬戸さんは戻ってきてしまうから今がチャンスだ!


「なによ」


 不意に俺が手を伸ばしたのに敏感に反応する。集中してても周りが見えてるって社会人には大事なスキルだよね。


「いや、チラッとゴミがついているのが見えたから取ってあげようかと」


 碧依と同じ戦法。ちなみに瀬戸さんにも同じ戦法で楽々取れました。「ありがと~」ってほわほわ言われた。


「ふーん、どこ? 自分で取るから教えて」


 まじまじと俺の目を見つめ返してくる。

 素直に教えてあげてもいいけど、あれって結構カリカリしないと取れないから、柊木さんの場合不審がられるかもしれんのよね。


「いやいや、取りにくそうだから取ってやるってば」


「嫌よ。触られたくないから」


 グサッ。柿食えばハートブレイク法隆寺。


「で、どこよ?」


「もういいです」


「はぁ?」


 発信機なんてもういいよ。なんで俺は黒川さんの尻ぬぐいで傷心しなければならないのだろう。


「変な奴」


 そしてトドメの一刺し。さすがです柊木さん、完敗ですよ。

 でもホントどうしようかな、と考えていると、発信機とは別に一つ気になっていたことを思い出した。


「そういえば、柊木さん一つ良い?」


「さっきからなんのよ、もー!」


 ちょっとイライラしながら柊木さんはこっちを見た。


「柊木さんの下の名前って『しおん』?」


「!?」


 するとさっきまで青筋立てていた顔が驚愕の表情に変わっていく。


「なんで、それを……」


 なんでって、黒川さんの座標リストからの推測だけど、それは言えないしな。

 どういうかなと黙っていると意を決した表情で柊木さんが口を開いた。


「そうよ、私の名前は紫に遠いで柊木紫遠

ひいらぎしおん

だけど。で、それが何だって言うの?」


「別に何でもないけど。ただ教えてもらってなかったからさ」


「私の名前なんてどうでもいいじゃない。どうせ初めて会った時のことも覚えてないくせに」


 フンと柊木さんはそっぽを向いてしまった。

 覚えてないもなにも覚えてないですね、ハイ。

 それにしてもサーバールームの時から引っかかってたんだけど、紫遠ってどっかで聞いたことあるんだよな。

 俺、人の名前覚えるの苦手だからなー。でも、こういう時は紫遠って名前でどういうあだ名をつけるかを考えればいいんだ。あっちー戦法だな。


 しおりん。違う。


 しーぽん。違う。


 しーちゃん。違う。


 しおたん。何だそれ焼肉かよ。


 ん? 焼肉?


 焼肉、焼肉、しおたん、しおたん。


 しおたん。


「あーっ!」


 俺は思わず柊木さんを指差してしまう。


「えっ、何よ急に」


 俺の大声にびっくりした表情で柊木さんが反応した。


「柊木さんて、『しおたん』だろ!」

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