Ⅰ-ⅩⅣ あの日と同じ星空の下で ③


「気づいたら病院のベッドの上だった」


 そして私は語り終える。

 涼太君はすごく冷静だった。もっと動揺するかと思ってたけれど。


「結局3日間も眠っていたらしくて。私が起きたときお母さん大泣きしちゃって大変だったんだよ」


 今でも思い出す。あの時のお母さん本当に嬉しそうだった。

 それからお姉ちゃんのことをすごく気にかけていてくれた上司さんがいたことを涼太君へ伝えた。

 私が同じ立場になったら日向課長も同じように思ってくれるのかな。


「なんか話が道に反れちゃったね。でも、この話はこれでおしまいかな。後は涼太君と出会って今に至るってとこ」


 そして話を締めにかかる。うん、それがいいよね。暗い話はこれでお終い。


「なぁ、碧依。その……なんだ。一つ聞きたいことがあるんだけど」


「なに?」


 涼太君がとても言いにくそうに切り出す。一体どうしたんだろう?


「えっと、その。そんなことがあったのは、碧依にとってとても辛かったと思うんだ。だけど、何というか、昔とそんなに変わってないというか。いや、別にそれが悪いって訳じゃないんだけど」


 もごもごとはっきりしない態度で涼太君は続けた。 

 でも、私には分かる。涼太君の言いたいこと。そして私にとても遠慮してるって。

 泣いちゃって、こんな話をした後だからだと思うけれど、そこまで気を遣ってくれなくてもいいんだけどな。


「涼太君が言いたいこと、分かるよ。多分それは私が実感してないだけなんだと思う」


「実感――?」


「うん。ほら、さっき話した通り私はお姉ちゃんの最期の姿をパッと見ただけで気絶しちゃって、お葬式にも出てなければ火葬場にも立ち会ってないの。だから、お姉ちゃんが居なくなったという事実を実感させられる過程がなかった。結果だけ突きつけられても、ピンとこないよ。7年経った今もね」


 だからと私は続ける。


「逆に良かったかもなんて思っちゃったり。そうじゃなかったら、多分私は今涼太君の前で笑えてないと思うから」


 そうやって笑って見せた。

 実感がない? 逆に良かった?

 ハハッ、よくもこんな嘘平気でつけるよね私。

 お姉ちゃんの話、語るだけでこんなに胸が張り裂けそうなのに?

 でも、それ以上に涼太君にだけは心配をかけたくないんだよ。

 だって、涼太君は私以上に辛いはずだと思うから。

 恋い焦がれてた相手に「好き」の一言さえ伝えられなかったんだから。


「ああ。いつもの碧依だ」


 涼太君は安心したといった表情で返してくれた。

 そうだよ、涼太君には暗い思いをせず笑っていて――。


「俺だって、朱音さんに……」


「え?」


 心臓が跳ね上がる。

 今何を言おうとしてたの?


「あ、ああ。ごめんごめん。何でもない」


 涼太君はそう誤魔化し、照れたように笑った。



 ああ、やっぱりそうだったんだよね。



 何でもないことないよ。



 涼太君、お姉ちゃんのこと諦めきれないよね。



 そうだよ。こんなのあんまりだよ。



 私だったら、心を握りつぶされるほど辛い。



 涼太君にもし会えなくなったらと思うと……こんなこと考えるのだって嫌だ。



 だから、私でできることであれば何でもやる。



 涼太君が、前へ進むために。



 今、私にできること、それは――。









































『私がお姉ちゃんの振りをすればいい』




 頭に声が響く。

 涼太君を騙すようで悪い、悪いけれど。


 ちらっと涼太君の顔を見る。

 表情が切ない。笑っているけれど、それ、笑えてないよ涼太君。

 やっぱり辛いよね。

 涼太君のそんな顔見たくない。見たくないから。


「そう? 変な涼太君。さてさて、お墓参りも済んだし――」 


 ごめん。

 ごめんね、涼太君。


 だから、私は――。


 私はこれからあなたを騙します。




 そして、私は目を閉じた。

 あたかも、お姉ちゃんが私の中に降りてきたかのように見せるために、わざとらしく言葉を切って。


「ん? どうした碧依?」


 案の定涼太君が私に問いかけてくる。

 よし、ここからが本番だ。


「ねえ、思い出の場所に行かない?」


 言葉遣い、イントネーションそれらを完璧に真似る。

 そして、涼太君とお姉ちゃんの思い出のあの場所へと誘う。

 あの場所なら、涼太君は全てを吐き出せるんじゃないかと思ったから。


「碧依との思い出の場所ってどこだろう」


 素っ頓狂な反応。いや、まぁ、それもそうだよね。


「違う違う。あの山の頂上のことだよ。ちょうど日も傾いてきたし、今から登れば今日の天気だと綺麗に見れると思うんだ」


 お姉ちゃんらしく、お姉ちゃんらしくだよ私。


「別に構わないぞ。それより、今日は碧依の実家に泊まるんだろ? 連絡入れとかなくてもいいのか?」


 全然気づいてないね。本当涼太君って鈍感。


「大丈夫。だって2人とも今日は町内会の人と旅行に行ってて家に居ないし」


 お姉ちゃんらしい話し方をキープしたまま、とりあえず会話を続けてみる。


「待て待て。年頃の男女が2人きりで同じ屋根の下に一泊というのは……」


「前に部屋に泊まったでしょ」


「そうでした」


 多分お姉ちゃんならここでこう言うはず。


「そうだよ。それとも何かしようと思ってたの?」


 そしていやらしく笑みを浮かべてみる。

 お姉ちゃんの得意技、年下いじりだ。


「おう、こんな美人放っておくのはもったいないからな」


 だけど涼太君は平然とした表情で返してくる。

 むー、それは私だと思ってるからだよね。だったら!


「いいよ。責任取ってくれるなら」


「は?」


 よしっ、効果あり。あとはダメ押しだ。


「冗談。でもこういう時は「いくらでも取ってやるよ」って言うものよ。プラス、アゴクイでもあれば胸キュン待ったなしなんだけどなー」


 これで気づかないはずはないよね。どうだ涼太君!


「悪かったよ、降参。ってか碧依に言い負かされる日が来るとはなー」


 ハハハと、涼太君笑った。

 ダメだ。想像以上に鈍感すぎるよこの人。




☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆




「やっと着いたな」


 結局道中ずっとお姉ちゃんの真似をしていたけれど、全然気づいてくれなかった。

 もしかして私、似てない!?

 とはいえもう着いてしまった以上、勝負をかけないとダメだ。

 だってそうじゃないとここに来た意味がないから。

 そこで私は昔のことを思い出す。

 お姉ちゃんがいつだったか教えてくれたけれど、昔涼太君はお姉ちゃんに名乗るときに偽名を使ったらしい。

 別にお姉ちゃんとしては大して気にしていなかったらしいけれど、二人きりの時だけはその偽名で呼んで涼太君をおちょくって遊ぶのが楽しいと言っていた。

 だから、それを使えばきっと。


「あー、でも変わらないなー」


「そうだね、変わらない」


 そう、私はお姉ちゃん。だからお姉ちゃんの気持ちで語る必要がある。


「あの時と同じだね」


 そして、心の中で深呼吸をして言った。


「ね、?」

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