Ⅰ-ⅩⅢ もう二度と ④


 バスに揺られること小一時間。

 私は目的地の停留所に降り立った。

 日差しが厳しいな。紫外線は乙女の大敵っと。

 私はカバンから日傘を取り出してさした。


「わー、なつかしいな」


 涼太君は楽しそうにそう言う。


「私は結構な頻度で来てるからそんなにだけど、涼太君からしてみればそうだよね」


「10年ぶりだもんなー。っと、余韻に浸るのもいいけど、まずはスーパーへ行くんだっけか」


「うん。目的地の丁度途中にあるし、便利なんだよ」


 そう、目的地はお姉ちゃんが眠る場所。

 刻一刻と真実を告げる時が近づいてい来るのを感じて、私は気が重くなる。

 お姉ちゃんとはもう会えない。そう宣告しなければならない。


 重い足取りのままスーパーでお供えの花を買い、霊園へと向かう。

 その間もずっと涼太君は楽しそうだった。


「来美……霊園?」


 その焦りを含んだ言葉が心を抉る。

 うん、涼太君が思ってる通りなんだよ。

 だけど、私は今は何も言わず、ゆっくりとした足取りで中へと進む。


 そして、ついにその時はやってきた。


 五葉家之墓。そう書かれているお墓の前に私は立つ。


「久しぶりだね。お姉ちゃん」


 1年ぶりだろうか。激務と聞いていた総務部へ配属となったから無理だろうと思っていたけれど、涼太君が来てくれたおかげで今年も来ることができた。


「ど、どうしたんだ急に?」


「今日はね、涼太君が一緒に来てくれたんだ。お姉ちゃんもずっと会いたがってたよね」


 慌てた様子の涼太君を横目に、私は続ける。


「碧依何を言って――」


 そう言って、涼太君はやっとお墓へ目を向けてくれた。

 その表情は信じられないものを見たといった感じだった。

 そう……、だよね。


「どういうことだ」


 不意に私へ向けて刺さるような言葉が飛んでくる。

 涼太君、怒ってる。直感でそう感じた。


「なぁ、どういうことだよっ!?」


 激しい問いかけ。涼太君は力強く私の両肩を掴み揺さぶってくる。

 だけど痛みは感じない。怒っていても涼太君は私に気を遣ってくれれているのが分かるから、余計にどう言い出したらいいのかが分からない。


「なんで、何も言ってくれないんだよ……」


 涼太君が涙声になった。その瞬間、私の中でも気持ちが溢れてくる。


「ごめん、なさい。どうしても言えなかった……」


 溢れた気持ちが頬を伝う。

 言える訳ないじゃん。


「碧依……」


「私もお姉ちゃんが好きだから。大好きだったから。好きすぎて今でも辛いから。だから――、あんなに嬉しそうな顔されたら、言える訳ないよ……」




―― もう二度と会えないなんて ――




 刹那、涼太君の手から力が抜けていくのが分かった。


「そうか――」


 言葉からも力が抜けている。嫌だよ、そんな泣きそうな声。

 ポロポロと流れる涙を止めようとするけれど、一向に収まらない。


「ごめん」


 涼太君は力なく謝罪の言葉を口にした。

 違うの、謝って欲しい訳じゃない。むしろ謝らないといけないのは私の方なのに。

 涼太君は優しい人。だから私が泣いちゃったのも、本当のことを言えなかったのも自分のせいとか思ってるのかもしれない。

 ただ、私が勇気がなかったから、先延ばししてただけなのに。

 無駄に好きな人を傷つけてしまった。自己嫌悪でさらに涙が止まらなくなった。




☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆




「ごめんね、急に泣いたりして」


「俺も急に取り乱してごめん、もう大丈夫か碧依?」


「うん、一杯泣いたからちょっとスッキリしたかな」


 何とか笑って大丈夫だよって涼太君へアピールする。

 本当は大丈夫でも何でもない、ただの空元気なんだけど。

 だって、多分今から……。


「話してくれるか? 朱音さんのこと」


 涼太君は私の目を真っすぐ見て、そう言った。

 だよね、やっぱり話さなきゃだよね。

 ここまで来たら臆さない。真実を、私の知る限りの事実を彼に伝えないと。


「うん。私も涼太君には知っておいて欲しい。だけど、今から話す話は涼太君にとってとても辛い話だと思うから、覚悟してね」


 そう、これから話すのは暗い過去の話。

 お姉ちゃんがどうしてこうなってしまったのかというもの。


 涼太君は黙って頷いた。

 どんな話でも受け止めて見せるという表情に見えた。

 だから私は彼を信じることにする。

 頼りになる、私の一番の友人だから。


「今から7年前の話になるんだけど……」


 どうか受け止めて、涼太君!

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