Ⅰ-Ⅷ もう二度と ②



「わー、なつかしいな」


 駅からバスに乗り換えて約1時間。

 降り立ち、周りを見回すと、そこは昔と何ら変わらない風景が広がっていた。


「私は結構な頻度で来てるからそんなにだけど、涼太君からしてみればそうだよね」


 同時に降りてきた碧依は、カバンから小さめの日傘を取り出しながら言った。

 乙女のたしなみってやつだろう。確かに碧依の肌って雪みたいに白いし、日焼けとか気にするよね、やっぱり。


「10年ぶりだもんなー。っと、余韻に浸るのもいいけど、まずはスーパーへ行くんだっけか」


 バスの中で碧依から聞いた予定を確認する。

 この後スーパーへ行って、手土産に花を買う。なんでも朱音さんが好きな花が、そのスーパーの中にある花屋でしか売っていないらしい。


「うん。目的地の丁度途中にあるし、便利なんだよ」


 そう言いながら碧依は笑った。


 気のせいかな? 何だか表情が暗い気がする。

 いや、何となくだけど……、まぁ傘の影のせいか。


 その後、碧依に案内されるまま近くのスーパーへいき、朱音さんが好きだという花を購入した。

 そのまま徒歩で15分ほど歩く。

 さすがに田舎とあってか、都会に比べると涼しく感じる。このぐらい歩いた程度では汗をかくほどでもない。


 ただ、目的地を見て、俺は額には脂汗が浮かんだ。


「来美……霊園?」


 俺は看板を口に出して読む。

 不意に嫌な予感が頭をよぎるが、首を振って雑念を払う。

 何を考えてるだ俺は。そんなことありえないだろ。

 しかし、そんな俺に対して碧依は何も言わず、ゆっくりとした足取りで中へ入っていった。

 不安に思いながら、俺も碧依の行くほうへ足を向ける。

 碧依はそのまま無言で、お墓の中を進んでいく。

 そして、一つのお墓の前で足を止めた。


「久しぶりだね。お姉ちゃん」


 ぽつりと、碧依がつぶやいた。


「ど、どうしたんだ急に?」


 俺は慌てて碧依の横に並び顔を見る。

 笑みを浮かべてはいるが、どこか表情は暗い。


「今日はね、涼太君が一緒に来てくれたんだ。お姉ちゃんもずっと会いたがってたよね」


「碧依何を言って――」


 俺はそう言いかけてお墓に目を向ける。

 そこには『五葉家之墓』と書かれていた。

 それだけで、ここに居る意味、碧依の言葉、そのどれもがたった一つの真実に向けて紐解けていく。

 だが、だけど――。

 恐る恐る俺はお墓の側面に掘られた文字を読む。



 何の冗談だ、これ。



『五葉朱音 享年二十二歳』



 笑えねーよ。



「どういうことだ」


 俺は碧依に向けて言葉を投げた。

 自分でも嫌になるくらい刺々しい。けど、そこに気を遣えるほど今の俺に心の余裕はない。


「なぁ、どういうことだよっ!?」


 俺は碧依の両肩を掴み、前後にゆする。

 なんで言ってくれなかった。どうして教えてくれなかった。

 そんな気持ちが肩を掴む両手にこめられる。

 しかし、碧依は力なく俺に身を任せるだけで、何も抵抗しない


「なんで、何も言ってくれないんだよ……」


「ごめん、なさい」


 俺の言葉に反応するように、碧依がポツリと漏らした。

 それ同時に碧依の表情がくしゃっと歪む。


「どうしても、言えなかった……」


 碧依の頬をポロポロと大粒の涙が伝っていく。


「碧依……」


「私もお姉ちゃんが好きだから。大好きだったから。好きすぎて今でも辛いから。だから――、あんなに嬉しそうな顔されたら、言える訳ないよ……」




―― もう二度と会えないなんて ――




 もう二度と会えない。

 それは、朱音さんがもうこの世には居ないということを遠回しに表す言葉。

 その言葉は、熱を帯びた俺の脳を急激に冷やしていく。

 俺は、自分の両腕から力が抜けていくのを感じた。


「そうか――」


 冷静になった俺の前にはあるのは、ただ嗚咽を繰り返す碧依という現実。

 好きな子が目の前で泣いている。泣かせてしまったのは俺なんだ。

 どうにかしないと、そう思うけれど言葉を紡げない。

 言いたいことはあるのに、この感情をどう表現すればいいのか分からない。


「ごめん」


 そして、出てきたのはただの謝罪の言葉。

 誠意の欠片もない、ただその場を取り繕うためだけの言葉。

 それは何に対しての「ごめん」なんだ? 怒鳴ったことか? 乱暴したことか? 碧依の気持ちに気付けなかったことか?

 仕様もない。自分で自分を引き裂きたい。

 違う、頭の中がこんがらがってきた。俺が言いたいことはそうじゃないだろ!

 時折聞こえる息の詰まる声が、彼女の表情が、胸を抉る。


 だけれど俺は、何も言えないまま。

 ただ、ただ、彼女が泣き止むのを待つしかなかった。




☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆




「ごめんね、急に泣いたりして」


「俺も急に取り乱してごめん、もう大丈夫か碧依?」


「うん、一杯泣いたからちょっとスッキリしたかな」


 目を赤く晴らした顔で碧依はテヘッと笑う。

 可愛い。と思うが、今の俺は彼女の笑顔で悶えられる心境じゃない。


「話してくれるか? 朱音さんのこと」


 どうして朱音さんが亡くなってしまったのか。

 落ち着いた碧依の口からどうしても聞いておきたかった。


「うん。私も涼太君には知っておいて欲しい。だけど、今から話す話は涼太君にとってとても辛い話だと思うから、覚悟してね」


 俺は黙って頷いた。

 それを見た碧依は、深呼吸を一つして、俺の顔を見上げる。


「今から7年前の話になるんだけど……」


 そして、碧依は重い口を開き、ポツポツと語り始めた。


 聞くに堪えない、暗い過去の話を。

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