Ⅰ-Ⅷ もう二度と ①


「お待たせ」


「んや、俺も今来たとこ」


 お待たせに対して、今来たところは待ち合わせの鉄則と誰かが言っていた。

 俺もそれに倣い、碧依に笑顔で言う。

 ふと、碧依の服に目が行く。

 白を基調とした清楚なワンピース。綺麗な黒髪と合わせて清楚さを全面的にアピールされているようで、俺は思わず鼻づらを抑える。

 やーばい。めっちゃ可愛いんですけどこの子ー!

 しかも、感想を言って欲しいのか「どうかな」的な上目遣いもやめてください、死んでしまいます。


「に、似合ってるなその服」


 何とか絞り出すので精一杯。柊木さんを相手にしていた俺よ、一体どこへ行った。


「そうかな。えへへー」


 と言いながら、ふにゃっと碧依は笑う。

 この笑顔も殺人級ですね。でも、目が離せない、それが男の性。


「出発まで時間はあるけど、とりあえず行こうか」


 このままでは命がいくつあっても足りないので、可愛い碧依から目をそらしつつ、俺は促した。


「うん」


 碧依も可愛く返事をすると、俺の横に並んで歩きだす。


 まぁ、とりあえず機嫌が直ってくれて良かった。

 結局柊木さんと灰本の件については碧依に全て話すことになってしまったけど。




☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆




「かくかくしかじかで、これこれという訳なんだ」


「ふーん。そういうことなら仕方ないけど」


 碧依は何だか腑に落ちていない様子だが、とりあえずは納得してくれたご様子。

 だが、すっとどこからか碧依はスマホを取り出すと俺に向けてくる。


「でも、ひーちゃんだけはズルい。私も連絡先教えて」


 そこで俺はハッとする。

 そう言えば碧依と連絡先の交換ってしてなかったよな。

 慌てて俺もスマホを取り出し、メッセージアプリの連絡先を交換した。


「ごめんな碧依。交換しようと思ってたんだけどすっかり忘れててさ」


「いいよ。所詮私は2番目の女だから」


「うん、言葉に棘があるよね。あとその言い方誤解を招くからやめて」




☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆




 そんなやり取りがあってからの今日なので、正直俺は不安だったけれど、今日の碧依を見る限りどうやら杞憂だったみたいだ。

 俺も今日は久しぶりに朱音さんに会えるということで、楽しみにしていたし、旅行を存分に満喫することにしよう。


「涼太君、電車来たみたいだよ」


 笑顔で碧依が俺に言う。この笑顔一生守りたい。

 碧依に促されるまま、電車の中へ。

 予め指定で買っておいた席に2人並んで座った。ちなみに窓側が碧依で通路側が俺だ。

 数秒の後、軽快なメロディーが鳴り、電車が動き出す。

 ここから約2時間と、バスへ乗り継いで約1時間の長旅だ。

 適当に寝て過ごせばあっという間かなとは思ったが、隣の御仁の存在がそうはさせてくれない。

 だって、考えてもみろよ。一晩一緒に過ごしたとはいえ、可愛いを極限に究めた女の子が横に座っているんだぞ。しかも二人きりで。

 ドキドキして眠気なんか飛ぶっつーの。


「ん? どうしたの?」


 俺が碧依の方を見ていると、碧依がそれに気づき笑顔でこちらに尋ねてくる。


「いや、別に」


 咄嗟に顔を背けてしまった。なぜなら碧依のエンジェルスマイルを見続けるのが恥ずかしいから。


「変な涼太君」


 クスクスという笑い声が碧依から響いた。


「ねぇ、2人っきりって……、あの日以来だよね」


 そしてポツリと碧依がつぶやく。


「あ、あぁ。そうだな」


 俺は照れながらそう返した。

 しばし沈黙が続く。

 あれ、普段はもっと会話がはかどるのに、なして今日に限ってこんなに空気が重い?


「アハハ、変だな私。涼太君とたくさんお話したいことあったはずなのに。今になって何話そうってなっちゃった」


 照れ笑いを浮かべる碧依。少し赤みが差した頬。手でパタパタと仰ぐ。


「そうそう。こんなときのために持ってきといたんだ、これ」


 そういって、碧依は足元に置いていた旅行用の鞄をガサゴソと漁る。

 そして中から一台の携帯ゲーム機を取り出した。


「涼太君が昔好きだったシリーズの最新作。予約して買ってたんだけどやる暇がなかったんだよね」


「ふむ。考えることは同じだな碧依さんよ」


 そう言いながら、俺も足元のリュックから同じ携帯ゲーム機を取り出す。


「やったー。勝負できるねー」


 喜ぶ碧依を見ていると俺も嬉しくなる。

 が、これでいいのか社会人。

 いい歳した男女が二人っきりでやる事がゲームて。


「涼太君まだー?」


 碧依が少し不満そうな顔でこちらを見る。


「ごめんごめん。今入るから」


 ま、でも俺たちらしいっちゃらしいかな。

 こうして楽しんでいる碧依の顔を見ると、何だか昔に戻った気分。

 ピコピコとゲーム機を操作する表情をチラ見していると、やっぱりあの頃と変わらないなと実感する。


「なあ。碧依ってやっぱ可愛いよな」


「えっ!?」


「隙ありー。アイテム貰ってくぜ」


「ああっ!? 涼太君卑怯だよ!」


 碧依が慌てて態勢を立て直そうとするも時すでに遅し。

 その一つの油断が勝敗を分けることもあるのだよ。

 時に盤外の駆け引きも戦術の一つだと昔から言ってたのに、相変わらず甘い奴め。

 勝ち誇った顔でいると、碧依ははぁ、とため息をついた。


「そういうとこ、ホント昔から変わらないね。でも――」


「ん?」


「ありがとう。勝つことよりも、その言葉の方が何倍も嬉しいよ」


 急に俺に自分の顔を近づけて碧依は微笑んだ。

 俺の胸は一瞬で高鳴る。

 えっ、えっ、何この状況。

 何で碧依はこんな距離にいるの。天使なの? いや、碧依様は天使だろ、何言ってんだ俺は。


「なーんて、ね。あ、涼太君照れてるー」


「えっ、は?」


「さっきのお返しだよ」


 やられた。碧依め、いつの間にこのような猪口才な手を使うようになったのか。

 が、まぁ、しかし、結局のところ俺得だったということを碧依は気付いているのだろうか。

 この、してやったりって表情を見るに多分気付いてないよなあ。


「はいはい、俺が悪かったよ。んじゃ、次は俺がステージ選択するな」


「うん、いいよ。でも、次やったらもう口きいてあげないからね」


 いや、それは辛い。ガチで。次からは真面目にやるか。


 ……でも、こういうの、久しぶりで何かいいな。

 それこそ子供の頃はこうやって遊ぶのなんて当たり前だったけど、今じゃこんな風に遊ぶこともなくなったし、遊べる相手も居なくなっちゃったもんな。

 俺が居て、碧依が居て、そして朱音さんが居たあの時を思い出す。

 朱音さんは今どんな風になっているのかな。碧依と同じように少し大人っぽく――、いや、あの人のことだから多分変わってなさそうだな。

 会ったらどんなことを話そうかな。そんなことを考えながら、俺は勝負開始のボタンを押した。




 結論、ガチで勝負しても俺の方がまだ強かった。

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