Ⅰ-Ⅳ とある夏の日の出会い ②


「すっかり日が落ちちゃったねー」


 隣に立つ彼女はそう呟く。

 あれから俺たちは石を探しながら頂上付近まで登ってきたが、結局見つからず仕舞いで今に至る。

 というか、時間がかかった主な原因はこの人が事あるごとに絡んできたからだけど。

 そのため日は落ちて、山も暗闇に包まれようとしていた。


「そうですね。残念ですけど今日はここまでに――」


「ねぇ、頂上に星を見に行こうよ!」


 ……。変なスイッチ入ったなこれは。


「しましょうか。夜になると帰り道も分かりにくくなりますし」


 とりあえず聞かなかったことにした。

 なんだよ星を見に行くって。帰れなくなったらどうするつもりだ!

 麓に向けて踵を返し歩こうとするが、そんな俺のTシャツの襟元をガシッと何者かが掴む。

 まぁ、何者かって言ったところで一人しか居ないわけで。


「きっと綺麗だと思うなー」


 あ、この人も聞かなかったするつもりか。

 そちらがその気ならば、こちらにも考えがある。


「じゃあ帰り道はこっちですね」


 徹底的に俺のペースに持ち込む。

 そうすれば道の分からないこの人はきっと諦めるはずだ。


「ということは逆の道が頂上になるんだね」


 ――墓穴を掘るとはこういうことを言うんだろうな。

 ズルズルと俺は頂上の方へと引きずられていく。

 その最中も何とか帰る方法を考えたけれど、結局何も思い浮かばないまま頂上に到着してしまった。


「うわぁ、すごく綺麗」


 彼女は空を見上げそう言った。

 確かに綺麗だと俺も思う。

 頂上で見ているせいか、星空がいつもより近くに感じた。


「見飽きましたけどね」


 だけど素直に肯定するのも癪だったので、そう答えておく。

 すると、彼女はフフッと軽く笑った。


「そういう時は、「お姉さんの方が綺麗ですよ」って言うものよ。覚えておきなさい」


「はいはい。お姉さんの方が綺麗ですよ」


 俺が適当に返すと、「うんうん。よろしい」と納得した表情を浮かべ、再び目を空に向けた。


 どのくらい時間が経っただろうか。

 不意に彼女がこちらを見て告げた。


「ねぇ。私ね、君と同じくらいの妹がいるの」


 急な話に、俺は無言でいることで続きを促す。


「体が弱くって、家に引きこもりがちで。そんな妹が教えてくれたことが一つあるの」


 彼女はゆっくりと指を空に向けた。


「星の名前。アルタイル、ベガ、デネブ……は有名だよね。それ以外に、あっちがアンタレスって言うんだって」


「さそり座ですよね。ちなみにその横のいて座の矢がさそり座の心臓、さっき言ってたアンタレスの方を狙って向いている――というのも有名な話ですよね」


「へー、そうなん……。そ、そうだね、有名だよねその話! 知ってて当然だよ、うん」


 彼女は何かを言いかけて、慌てて腕を組みなおしうんうんと頷いている。

 突っ込まずにジト目で彼女を見ていると、バツが悪くなったのかコホンと一つ咳ばらいをした。


「そんなことを言いたいわけではなくて。要は、私には君と同い年くらいの妹がいるということなのよ」


「はぁ、そうなんですか」


 何を言いたいのか分からず、ただ相槌を打つ。


「それで、君には妹の友達になって欲しいんだよ……ね」


 彼女は非常に言いにくそうに頬を掻きながらそう呟いた。


「ほら、さ。さっき体が弱いって言ったでしょ。あの子学校にも上手く通えてなくて、それで同年代の友達が居ないみたいで――」


「いいですよ」


 俺は彼女の言葉を遮るようにそう言った。

 彼女はこちらを見て驚いた顔をしている。


「いいの?」


「別に断る理由がないです。その子に俺が好かれるかどうかは分かりませんけど」


 すると、ふわりと甘い香りが鼻孔をくすぐったかと思うと、柔らかい感触が俺の身体に襲い掛かった。

 瞬時に抱き着かれたのだと思った。


「ちょっ、やめっ」


「ありがとう」


 離してもらおうと拒絶しかけて、彼女のその一言で留まってしまった。

 涙を交えたようなその声が、あまりにも、あまりにも嬉しそうだったから。


 それはとても長い時間のように感じた。

 もしかしたら数分、或いは数秒だったのかもしれない。

 すっ――と、彼女の体が俺から離れていく。


「ごめんね、急に」


 彼女が目元の涙を拭う。


「いえ、別に――というか、俺も別に友達多いほうじゃないですよ」


「知ってる」


「知ってる?」


「あ、じゃなかった。その辺は大丈夫……って、あれ?」


 何かをごまかす様に彼女が言いかけた時、彼女が俺の足元から何かを拾った。


「これって、君が探してたものじゃない?」


 そう言いながら彼女は俺に拾ったものを手渡した。

 それをよくよく見てみると、親指大の透明な石で、月明かりに照らされてキラキラと輝いていた。


「そうですっ! これですよ!」


「おー、よかったじゃん」


「ありがとう、お姉さん!」


 俺が興奮して彼女の手を掴みブンブンと上下に振る。


「朱音」


「えっ!?」


 テンションが上がっている俺に向けて、彼女が静かにそう呟いた。


「私の名前よ。いつまでもお姉さんじゃ他人行儀すぎるでしょ。君は?」


 次に俺に名乗るよう、彼女は促してきた。

 そこで俺は少し考える。

 いくら石を見つけてくれた恩人とは言え、今日初めて会った人に本名を告げても良いものか……と。

 後でいくらでも訂正できるし、ここはあえて偽名を使うことにした。


「太郎です」


 我ながら安直すぎるなと思った。

 彼女もそれを聞いて若干俺を値踏みするように見たが、納得したのか、「そう。よろしくね太郎」と微笑んだ。




☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆




 そこからは更なる地獄の始まりだった。

 帰り道が分からんとか、妹に紹介するのに丁度良いとか、いろんな理由をつけて彼女の家まで引っ張られていったのだ。

 向こうの親御さんもそんな状況に驚いたようだった。これはまぁ当然だよな。

 で、朱音さんの親から俺の親へ連絡が入って、すぐに迎えに来てくれることに。

 幸いだったのが俺の家と彼女の家がそこまで離れていないことだった。

 そんな話の向こう側で一人の少女がこちらを伺うように見ているのが見えた。

 あー、あの子が妹さんかと瞬時に俺は理解し、まぁ頼まれた以上責務は果たすかと、朱音さんがボロクソに怒られているのを尻目にその子に歩み寄った。


「あっ、えっと……」


 何かを言いたそうだがどうも上手く言葉が出てこないみたいだ。


「俺、佐和涼太。よろしくな!」


 とりあえず自己紹介だけしておく。


「〇△△※ あ■〇です。よ、よろしくね、りょうた君」


 ごにょごにょ言ってて名前が聞き取りにくかったし、なんか分かりにくい名前だな。

 んー、どうするか、もう一回名前聞くのも失礼だよな。

 あ、なんとかさんならいっそのことあだ名をつけてしまうか。うん、その方がよっぽど友達っぽいよな。覚えるのも楽だし。


「じゃあ、『あっちー』で! 俺のことは好きに呼んでくれていいよ」

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