Ⅰ-Ⅳ とある夏の日の出会い ①


 暑い。とても暑い夏の日の記憶。 


「やぁ、少年! 奇遇だね。君も迷子かな?」


 そう問いかけてきたのは、年上の女性。具体的には高校生ぐらいの女の人だった。


「いえ、違いますけど……」


 困惑しながらもそう返す。

 君もと言った辺りこの人は迷子なのだろうか。


「ホントに!? いやー、気晴らしにこの山に入ったはいいけど、迷っちゃってどうしようかなと思ってたところなのよ」


 その人はキラキラした目で近づいてくる。


「ねぇ……」


「いやです」


「私まだ何も言ってないけど」


「どうせ、ふもとまで連れてけって言うんでしょ。探し物があるんで」


 はぁ、とその人はため息をつく。


「こんな綺麗なお姉さんをエスコートできるのよー。紳士としては光栄なことじゃない」


「俺は紳士なんていう年齢じゃないので」


「あら、優しい。綺麗というところは否定しないのね」


 ああ言えばこう言う人だなと思った。

 まぁ、確かに綺麗だという点については否定はしないけれども。

 というか、好みのタイプどストレートだけれども。


「そうですね。じゃあ俺はこれで」


 とりあえず相手にするのが非常に面倒くさかったので、適当に流して歩を進めることにした。


「あ、待ってよー」


 それに気づいた彼女が俺の後を追ってくる。

 でも止まる気はないし、この暑苦しい日に暑苦しい相手に構っている時間はない。


「むぅ。そっちがその気なら――えいっ!」


 むにゅ。

 形容するならそんな音になるだろう感触が、俺の背中に押し寄せる。

 瞬時にその人に抱き着かれたのだと理解した。


「ちょっ、何して」


「あらららー。赤くなっちゃって可愛いー」


 後ろから俺におぶさる形で、つんつんと俺の頬をつついてくる。

 うぜええぇぇぇぇ!


「離してくださいよ!」


 何とか振り払おうとするも、そこは小学生と高校生。

 がっちりとホールドされて身動き一つとれない。


「構ってくれるまで離さなーい」


「子供かよっ!」


「高校生はまだまだ子供だよー」


 ホント、ああ言えばこう言う。


「分かりましたよ」


 抵抗しても無駄だと悟った俺は、仕方なく脱力する。


「ホント!?」


 それを感じたのか、彼女もホールドを解き、ゆっくりと離れた。


 今だっ!


 ダッと俺はダッシュでその場を駆け抜ける。

 力では勝てなくても、身の軽さでは小学生である俺に分があるはず。

 先ほどの場所から見えないところまで全力疾走で山を登る。

 ある程度走ったところで、ゆっくりと後ろを振り向いた。

 そこに人影はなく、撒けたことに安堵する。

 そして首の向きを元に戻すと、その人が笑顔で立っていた。


「ふっふっふ。所詮は小童の脚力よのう。私を撒こうなど10年早いと知るがよい」


「……。化物」


「あっ、その言い方ひどーい!」




☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆




「じゃあ私もその探し物に付き合うわ。それならいいでしょ」


「――まぁそれなら」


 結局その後もお互いの攻防戦は続き、この人が折れたので俺も妥協することにした。

 というか多分この人に何を言おうと付いてくるのは確実なので、ここら手打ちにするのがベストだと思ったのだ。


「んじゃ、私のためにもちゃっちゃと見つけましょうか。で、何を探してるのよ」


「石ですよ。透明な」


「ほーん。それをどこかで落としたの?」


「いえ。この山には普通の石に交じって綺麗な透明な石が落ちてることがあるんですよ」


「なるほどぉ。好きな子へのプレゼントだ」


「なんでそうなるんです。目的はどうでもいいでしょ」


「お姉さん気になるなー」


 その人は俺を覗きこむように見てくる。

 なまじ美人だから、思わず恥ずかしくなって顔を背けてしまう。

 すると彼女は俺の前に回り込みニヤリと笑った。


「ねぇねぇ、意地悪しないで教えてよー」


 いちいち面倒くさいなホントに。

 あまり言いたくないけど、言わないといつまでも前に進まない気がする。

 俺は心でため息一つ。軽く頭を掻きながらつぶやいた。


「……なんです」


「ん?」


「あー、もう! だから」


 ガシガシと頭を掻きむしる。


「趣味なんですよ! 綺麗な石を集めるのがっ!」


 俺の声が山の中に響き渡る。

 その大きな声に唖然としたのか、ポカーンとした表情で彼女はこちらを見ていた。

 男がこんな乙女チックな趣味だなんて絶対に笑われるに決まってる。

 さあ笑いたければ笑うがいいさ。覚悟はもうできてるんだからなっ!







「素敵な趣味だね」







「え?」


 笑っていた。

 しかし、それは嘲笑なんかじゃない、純粋な笑顔だった。

 今までのおちゃらけた雰囲気から一変した、その女神のような笑顔に思わず俺は見惚れてしまう。


「いやー、もったいぶるからお姉さん何事かと思っちゃったよ」


「や、でも――」


「さ、日が暮れる前に探しに行こうぜ、少年!」


 そう言いながらずんずんとその人は歩を進めていった。

 ったく、この人は自分から聞いておいて……。

 この人はすごくマイペースで、パワフルな人だなと思った。


 でも――。


 俺を置いてずんずんと歩いていくその人を追いかける。


 嫌じゃない。


 こんな面倒くさい人は嫌いだ。

 でも嫌じゃない。


 そんなあべこべな想いに戸惑いながら、その不思議な人の後を追う。

 まぁ、いいか。どうせ今日だけの付き合いだ。深く考えないようにしよう。

 俺は無理やり自分の気持ちを整理し、彼女に声を投げる。


「そっちは、逆方向ですよ」


 彼女は振り返り、てへっと照れ笑いを浮かべた。

 その少女のような笑みに不覚にも胸が高鳴る。

 俺はそれを悟られぬよう素っ気なく踵を返し、頂上の方へと足を運んだ。




 俺は、ああ言えばこう言う人は嫌いだ。




 俺は、面倒くさい人は嫌いだ。




 俺は、マイペースな人は嫌いだ。




 なのに…。




 ――ったく、なんでこんなにドキドキするんだよ……。

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