Ⅰ-Ⅱ 歓迎会 ②

「では、柊木さんは私が送っていきますね~」


 そう言う瀬戸さんの肩には、柊木さんがぐでんとした状態で寄りかかっていた。

 聞くところによると、2人はご近所さんで、柊木さんがこんな状態になったら連れて帰るのは瀬戸さんの役目になっているらしい。

 瀬戸さんはそんな彼女を支えながら、手を挙げてタクシーを止めた。


「うむ。頼んだぞ」


「はい~。あ、これって経費で落ちますかね~」


「横のやつと交渉したらどうだ。まぁ、無理だと言われるのがオチだろうがな」


「ですよね~」


 そう呑気に返しながら、瀬戸さんはタクシーの後部座席に2人で乗り込んだ。

 運転手はそれを確認するとドアを閉め、車を発進させる。

 去っていく車から瀬戸さんが手を振っていたので、苦笑いで振り返しておいた。


「さて、私も帰るとするか」


「あれ? 部長帰っちゃうんですか?」


 思わず俺は声が出てしまった。

 今は9時過ぎで、てっきり二次会があると思っていた。

 というか営業部なんかはそれが当たり前で、課長には無理やり連れていかれたものだけど。


「個人的に飲み会は1次会までと決めていてね。おっと、もう電車が来るな」


 部長は「じゃあまた明日」と軽く告げると、駆け足で駅の方へ向かっていった。

 結局残されたのは俺と五葉さんだけになってしまう。


「えっと、どうする?」


 俺はとりあえず五葉さんに振ってみる。


「涼太君さえ良ければなんだけど。実は私も少し飲み足りなくて……」


 そう言いながら、五葉さんはこちらを見上げてくる。

 お酒のせいか、ほんのり頬が朱色に染まっているのがかわいい。


「じゃ、じゃあもう1軒だけ行こうか」





☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆





「いらっしゃい。おや、佐和君」


「ご無沙汰っすマスター」


 俺は五葉さんから、どこか静かに飲めるところに連れて行って欲しいとのご要望があったので、駅近くの行きつけのバーにやってきた。

 最近仕事が忙しかったせいで最後に来たのは2、3か月前くらいだったため、ここに顔を出せたのは正直嬉しい。


「久しぶりだね。おや? 後ろのお嬢さんは……。もしかして佐和君のかい?」


 そう言ってマスターは小指をピンと立てる。


「ち、違いますよ! 職場の同僚ですっって!」


 俺は後ろに振り返り、五葉さんの同意を求めるが、何故か彼女は赤くなってうつむいていた。

 いや、恥ずかしがってないで否定してよ、もう!


「ふ~ん。まぁ、その辺の事情は追々聴かせてもらうとして……。今日は御覧の通り閑古鳥だから適当に座っちゃって」


 マスターの言葉を聞いて店内を見回すと、確かにお客さんが1人もいない。

 確かに穴場のバーだけれど、この時間帯ならいつも2、3人は居るはずで、正直貸し切り状態はラッキーだった。


 俺は五葉さんを引き連れて、カウンター席の真ん中に肩を並べて座った。


「佐和君はいつものでいいね。お嬢さんは何にしますか?」


「それじゃあ、カルーアミルク1つで」


 相変わらず五葉さんは女子っぽいカクテルを頼むんだなぁと思った。

 まぁ、女子なんだけど。


 数分後に、2人分のお酒が目の前に出される。

 ちなみに俺のは当然ハイボール。いや、これがリアルに一番美味しいと思う。 

 チンと軽く2人で乾杯をして、お酒を喉に流し込む。

 チェーン店のと違って濃いめに作ってあり、非常に美味しい。


 それからはマスターの質問攻撃が始まった。

 俺は、部署異動の件とか五葉さんのこととかを手短に説明した。


「なるほどね。しかし佐和君も大変だねぇ」


「まぁ仕事はこれからなんで正直分からないっすけど、五葉さんみたいな美人も居るから今のところはラッキーって気持ちが大きい……あっ!」


 言ってしまって、思わず口が滑ったことに気づく。

 やばいっ! マスターの前だからついいつもの調子で本音が出てしまった。

 恐る恐る五葉さんの方をみると、茹でダコのように顔を真っ赤にしてうつむいていた。


「えっと、いや、これは、その……」


 弁明の言葉を探すが思うように頭が回らない。

 くそっ、こんな時にアルコールの弊害が出てくるとは。


「だ、大丈夫。お、お世辞っていうのは分かってるから……」


「や、まぁ、お世辞ってわけでもないんだけど」


「は、はぅぅぅ……」


 シューと湯気を出しながら五葉さんは溶けていった。

 そんな表情もかわいいと思ってしまう俺はもう駄目なのだろうか。


「若いって、いいよねぇ」


 そんな俺たちを見て、マスターはしみじみと言うのだった。


 それから何とか復帰した五葉さんと俺は、他愛もない話をする。

 趣味の話や、休みに何してるかとか。

 というか、聞いていて悲しかったのが明らかな休日の少なさだった。

 心無しかその話をするときに、五葉さんの顔に影が差していた。

 あと、意外とゲーム好きだということが知れたのは嬉しい。

 俺も子供時代からゲームは大好きで、大人になった今も結構はまってるんだよなぁ。


「ところで佐和君。終電大丈夫なの?」


 話が盛り上がりを見せたころ、不意にマスターが俺に尋ねた。


「あっ!」


 五葉さんとの話が楽しすぎて時間の感覚を忘れていた。

 慌てて携帯で時間を確認する。

 時刻は24時前ぐらいで何とか電車はある。


「五葉さんは?」


「……」


 五葉さんは携帯を見て、青い顔をしていた。

 あ、これやっちゃったやつじゃね?


「ねぇ涼太君。どうしよう!?」


「えと、タクシーとかは?」


「無理だよぉ。軽く1万円はかかるし……」


 そう言いながら五葉さんはこちらを涙目で見上げてきた。


「ホテル……はこの界隈は高いしなぁ。じゃあ俺の家に泊まる?」


 俺は冗談半分でそう言ってみた。

 いくら何でも年頃の女の子がそんな提案乗るはず「いいの? ありがとうっ!」いえいえ、どういたしましてって、えぇぇぇぇ!?


 ぱああぁっと顔を輝かせて五葉さんはこちらを見ている。


 いいの? ってこっちが逆にいいの? なんですが。

 えっ、俺もしかしてそういう対象に見られてない? それはそれで悲しいんですけどっ!?

 というか今になって急に恥ずかしくなってきた。

 五葉さんめちゃくちゃかわいいし、こんなかわいい子を今日俺の家に泊めるんだよね。

 俺、理性ちゃんと保てるのか? ヤバいその自信ないわー。


 ぐちゃぐちゃと頭の中を色々な思いが駆け巡っていく。

 すると、五葉さんの表情がだんだんと曇ってきた。あっ、やべぇ。

 えぇい、男佐和涼太。覚悟を決めろっ!


「じゃ、じゃあその方向で……」


 すると再び五葉さんは光が差したような笑顔になった。

 あぁー、かわいいなぁ。この笑顔見れるだけでいいや。


 俺は、もうどうにでもなぁれと思いながら、目の前のハイボールを飲み干した。

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