Ⅰ-Ⅱ 歓迎会 ①


 異動日当日。皆へ軽い自己紹介を済ませた俺は、その後部長から各課がどのような仕事を行っているかのレクチャーを受けた。

 到底1日で覚えきれるような量ではなかったが、部長は「頑張れっ!」の一言で済ませやがった。

 が、まぁ、同い年ばかり(実は瀬戸さんも同い年だということが判明した)で周りにも色々聞きやすいし、何とかなるだろう。

 それに、こと五葉さんに関しては仕事を口実に色々と話しかけるチャンスでもある。

 なんやかんや言いながら俺はこの状況を楽しみ始めていた。


「佐和君。ちょっと確認なんだが、今日は夜は空いているかな?」


 そんな矢先、部長が少し不安そうな表情で俺に尋ねてきた。


「空いてますけど、どうかしましたか?」


 そう答えると、部長は少しホッとした表情になった。


「いや、なに。君の歓迎会的なものを実は考えていてね。黒川はそういった会が苦手だから不参加なのだが、他の3人は参加で了承してくれている。後は君の返事だけなのだが、どうかな?」


「はい。是非お願いします」


 俺は笑顔で即答する。

 皆が俺のためにそういった会を設けてくれるのが少し嬉しく感じた。


「そうか、良かった。という訳でみんな、今日くらいは早くあがることとするか」


「はい」「分かりました」「了解です~」


と三者三様の答えが返ってくる。


「佐和君も帰る準備をしてくれ。それが終わったらみんなの後片付けの手伝いを頼む」


「分かりました」


 今日は早く帰れるということで俺は快活な返事をした。

 その後、10分程度で片づけをして、俺たちは5人で会社を後にする。

 そこから、歩くこと10分弱。

 駅前にあるチェーン店の居酒屋に到着し、時間が19時前ということもあってか、幸いなことに6人用の個室が開いていたため、そちらに通された。

 掘りごたつのため、革靴を脱ぎ下駄箱へ入れる。

 それで入口の右手側から部長、瀬戸さん、左手側に柊木さん、俺、五葉さんが座った。

 すぐさま店員がやってきて注文を促す。


「私は生にするか」


「あ~、じゃ私も同じのでお願いします~」


 部長と瀬戸さんは最初は生ビール派か、なるほど。


「えと……カシスオレンジ1つ。涼太君はどうする?」


「ん、そうだな……。ハイボール1つで。柊木さんは?」


「私はジンジャーエールにするわ」


「あれ? 柊木さん飲まないの?」


「飲めないのよ。適当にチビチビやってるから気にしなくていいわ」


「あー」


 小学生だもんなと言う言葉が喉まで出てきて止まる。

 危ない危ない、また命を粗末にするところだった。


「ご注文は以上でしょうか?」


 皆の注文を端末に入力し終えた店員が、俺たちにそう尋ねた。

 五葉さんは皆の顔を見回し、「大丈夫です」と答えた。


 数分後、店員が飲み物を持ってくる。


「それでは、佐和君の総務部への異動を祝して……、乾杯!」


「「「かんぱーい!」」」


「か、かんぱーい……」


 全員のコップがぶつかり合って、カチンと景気の良い音を立てた。

 俺はゆっくりとコップにつがれたハイボールに口をつける。

 チェーン店のため多少薄いのは仕方ないとして、まぁまぁおいしいかな。


 その後つつがなく歓迎会は進んでいったかと思いきや、やはりというべきか事件は起こった。


「うぃー。あんらがふらりに見えるわ」


 俺が頼んだジンジャーハイボールを、ジンジャーエールと勘違いした柊木さんが飲んでしまったのだ。

 まぁ弱いとは言え、1杯飲んだ程度ではどうということはないだろうと思っていた時期が俺にもありました。


「あんらねー、あらしのからあげらべられしょ!」


 先ほどから顔を真っ赤にした柊木さんが、やたらと俺に突っかかってくる。


「た、食べてないよ。部長、なんか柊木さんが変なんですけどっ!」


 すかさず俺は部長に助けを求める。


「ハハハ。柊木は1滴でも舐めるとベロベロになるほど下戸だからな。まぁ、醒めるまで付き合ってやってくれ!」


「られがげこれすって!」


 そう言いながら、ポカポカと左肩を叩いてくる。

 しかし、酔っているせいで力が出ないのか昼間ほど痛くはなかった。

 鬱陶しいことに変わりはないけれど。


「ねぇ、られがげこらのよー!」


「俺は言ってないだろって、やめてやめて!」


 やめるように言ってもなかなかやめてくれない。

 かくなる上は最終手段しかない。


「あらしのしつもんにこらえなさいっ!」


「……」


「ねぇ、きいれるの!」


「……」


「ねぇ、ちょっと……」


「……」


 そう、最終手段とは無視である。

 少しずつ寂しそうな顔になるのを見て、若干の良心は痛むがいたしかたない。

 これで乗り切ろう。


「むぅー! えいっ!」


 すると、なぜか急にふわっといい香りが漂った。

 そして左腕の辺りに少し硬めだが、温かい感触が伝わってくる。

 ゆっくりとそちらの方を見てみると、柊木さんが俺の腕に抱き着いていた。


 ……。落ち着け、まず冷静に状況を把握するんだ。

 とりあえず無視を解除して、本人に尋ねるのが手っ取り早いだろうな。


「柊木さん。何してけつかる」


 思ったほど冷静になりきれてなかったのか思わず変な言葉が出てしまう。


「……から」


「え?」


「あんらがわるいんらから!」


 柊木さんはそう言うと、抱き着いたままでこちらを見上げてきた。

 その目は心なしかウルウルと潤んでいるように見える。

 やばいなにこの可愛い生き物。

 思わず心の高鳴りと同時に、顔が熱を帯びていくのが分かる。

 が、瞬間、背後から絶対零度かと思うほどのとてつもない冷気を感じた。

 恐る恐る振り返るとそこには、笑顔を浮かべる五葉さんが座っていた。

 背後に夜叉が見えるのは気のせいだと思いたい。


「涼太君」


「は、はいぃぃぃっ!」


 その声に、火照っていた身体が一瞬にして冷えていく。

 というかなんでこんなに怒ってるの五葉さん。


「何やってるのかな」


「や、俺は何もしてないっていうか、むしろされてる側と言いますか」


「言い訳は聞きたくないかな」


 だめだ、目から光が消えている。

 これは何を言っても聞き入れてもらえなさそうだ。


「やーい、おこられてやんのー」


 それを見ながら左腕に抱き着いている厄介者がケタケタと笑う。

 こいつ本気で殴ってやろうか。


「ひーちゃん」


 しかし、後ろの夜叉の切っ先が柊木さんに向けられる。


「調子にのらないで、ね?」


 その言葉と同時に今まで楽しそうだった柊木さんの顔が青ざめていく。

 コクコクと何度か頷くとすっと俺の腕から離れた。

 俺は怖くて後ろの彼女の顔を見れません。


 すると今度は柊木さんの顔が青から白に変わっていく。


「きもちわるい……」


 あー、来たか。

 ベロベロに酔っぱらった後に来る恒例行事な。


「ハハハ。いい時間だし、そろそろお開きとしようか」


 すると、それまで静観していた部長が笑いながらそう提案した。

 横では「え~、まだ飲み足りないですよ~」と瀬戸さんが口を尖らせている。

 っていうかあんたこの最中、粛々と飲み続けてただろ。どんだけのうわばみだよ。


 その後部長の説得の末、一丁締めで会はお開きとなった。

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