第6話 氷属性の魔法

「それでツカサ。貴方、どうやって氷属性の魔法なんて教えるつもりなの?」


 未だどこか疑っている様子のリーナに見られつつ、サーシャに目を向けた俺はその腕に抱かれた猫を見る。


「本当は、俺自身が氷魔法を使ってみせたりした方がイメージ付きやすいんだが、生憎と今の俺は氷魔法を行使出来なくてなぁ……

 とはいえ、幸いと言うべきか使い魔がいるのであれば、使い魔を氷魔法の師匠とすればいいだけだ」


「貴方が教えるって言ったのよ?

 それじゃあ、完全に使い魔任せじゃない」


「まぁ、そう焦るな。俺が教えられるのはあくまで氷属性魔法の扱い方だけだ。

 それ以前に氷魔法という存在をしっかりと認識する必要があるのさ。

 リーナだって、魔法がまだ扱えなかった頃、まず最初に魔力の流れっていうのを感じ取るところから始めただろ?

 あれと同じことだ。

 で、その訓練にこの使い魔はうってつけの師匠となり得るわけだ」


 使い魔と言うと、喚び出された存在という認識が非常に強いが、厳密に言えば召喚者の願いと適正に合わせて生み出された存在というのが正しい認識だ。

 例えば、サーシャの場合。

 願いが何だったかは分からないが、その願いに応じて使い魔の姿は猫の姿となり、氷属性の適正を持っているから、生み出された猫もまた氷属性に適正があったと推察される。

 もっとも、これは召喚術の基本であって、この世界の召喚と原理が一緒とも限らないのが難点だ。


「とはいえ、状況から見てサーシャの場合はこの理論に基づいて進めて問題はないだろう。

 ちなみに、魔力を練ったりすることは出来るのか?」


「そのくらいなら魔法が使えない分、いっぱい練習してるからそれなりに出来てると思います」


「そんなに謙遜しなくても大丈夫よサーシャ。

 ツカサ。彼女が属性を持たないばかりに魔法が使えないにも関わらず、魔法学園に残れているのは魔法制御の項目において他の追随を許さない好成績を修めているからなのよ」


「なるほど。それは期待できそうだな。

 ならまずは使い魔に魔力を分け与えるんだ」


 使い魔は主の求めに応じて現出すると同時に、主の魔力を喰らって活動する――事が多い。

 俺や、竜のような特殊な生物を呼び寄せた場合は別だが、そうそう起きる事例ではない。今回が特別だっただけに過ぎないはずだ。

 一般的に使い魔になにか行動を起こさせようとすると、必然的に行動用のエネルギーを別途供給する必要があるのだ。


「こ、こうですか?」


 サーシャの手に魔力の塊が生成される。

 それを猫に向けるとすっとその塊は吸い込まれていった。


「そうだな……とりあえず、このコップの水を凍らせるように命令してみてくれ」


 サーシャは頷き、猫と向き合った。

 暫くすると猫は水の入ったコップへと近づき、次の瞬間、コップの水どころかコップごと凍らせてしまった。


「ほう。だいぶ干渉力が強いみたいだな」


「干渉力? 何それ」


 リーナは首をかしげているが、この干渉力というのは別に難しい話ではない。

 例えば精霊四属性は、地面に干渉して土を操り、空気中の水分から水を生成し、空気を燃やすことで火を生み出し、僅かな風を操り大きな風を巻き起こす。

 これらは、そこにあるものに干渉して生み出された事象に過ぎない。

 しかし、聖獣四属性はその場にあるものだけでは事象として発現しないのだ。

 たとえば、水を凍らせる行為はその場にあるものに干渉しているために、氷属性の波動を持つ者なら誰にでも行える。

 それに対し、コップという物体を凍らせようとすれば、空気中の水分に干渉する必要がある。

 水を生成するのとは違い、集めずに凍らせるとなると通常よりもより高度な制御を必要とするため、それ相応の制御力と魔力が必要になる。

 これらを総合して干渉力と言っているのだ。

 この干渉力が強い者ほど、魔法で多くのことを行うことが出来るのだ。


「分かりやすく例えると、朝の様に指先に火を灯すのは簡単だが、そこから火の玉を作り前に放つとなれば火に運動エネルギーを与えることになる。

 これはただ燃やすのとは話が変わってくるわけだ」


「運動エネルギーって何の話?」


「……」


 呆れてものも言えないと言いたいところではあるが、残念ながら大抵の世界において物理学というものが存在しない以上、学生のうちにある程度の教育を受ける簡単な内容ですらも伝わらないことはよくあることなのである。


「すまない、説明が悪かった。

 簡単に言うと、燃えているものを前に押し出す別の力が自然と加わっている状態といったところだ」


「それって、王都でたまに開催される催しの出し物で演者が繰り広げる技も干渉力がないと出来ないってことですか?」


 聞けば、その催しでは水を使う者が水玉を空中にいくつも浮かべ、火を扱う者が蛇の様な火を地面を這わせるのだそうだ。

 もしそれが本当だとすれば、相当な制御力を持ち合わせた集団と言える。


「下手したら、王家が放った諜報班か何かなんじゃないか?」


「物騒なこと言わないで頂戴」


 考えたくもないとでも言いたげにリーナは頭を抱える。

 難しい顔はしているが、案外あるかも知れないと思ってしまったのかもしれない。


「と、まぁ脱線はこのくらいにして、暫くはひたすら使い魔に魔法を使って貰うんだ。

 そして、それを集中してよく観察してくれ」


「氷属性の感覚というものを掴めということですか?」


「そうだ。すぐに出来るものではないと思うが、毎日繰り返しやっていれば案外早めに習得出来るかも知れないぞ。

 特に魔力の制御力が強い奴は感覚を掴みやすいんだ」


「それは、魔力と属性波動が絡んで初めて魔法として現れるからですか?」


「そういうこと。魔力を理解していれば、発動された魔法の魔力以外が氷属性の波動ということになるからな。

 まずはどこまでが魔力なのかをよく見極めてみることだ」


 § § §


 お開きになった部屋には二人分の夕食が運び込まれていた。


「今日はちゃんと二人分あるんだな」


「朝の内に寮監にも話して追加料金を出して二人分用意して貰えるようにしたのよ」


「ペットにしては金が掛かっちまってすまないな。

 まぁ、その分はきっちり働いて返すから俺の出来る範囲内で色々と言ってくれ」


 実際、大型の使い魔なら兎も角、精霊の類と契約したものは必要な時だけ精霊界から呼び出しているし、小型の使い魔も少食であるため大した食費はかからない。

 しかし、司は普通に人間なのでそれ相応の食事が必要になる。

 つまり、単純計算で今までの二倍は食費が掛かるわけで、日本でも一般市民だった司からすれば痛い出費であるようにどうしても感覚的に感じてしまうのだ。


「食費は全部、父様が出してくれているし、ツカサのことについても既にニーア経由で耳に入ってるみたいで私は話を通すだけだったわ。

 それに、学園の質素な食事程度の食費だったら父様の総資産から見れば端金でしょうしね」


 The・セレブなことを言われてしまった司ではあったが、実際のところ、公爵ともなればまつりごとにおいても、比較的重要な役職に割り振られるのは当然であり、責任が伴う立場というのはどこの世界でも共通で給料が多いものなのだ。

 それに、代々受け継いでいる財産も含めれば相当なものなのだろう。

 この世界における属性以外に存在する四属性の開示、とりあえずは衣食住を確保できたという事実が僅か二日ほどで用意できたというのは司にとっても非常にありがたいことであった。

 しかし、司は知らない。

 サーシャの氷属性が開花するのを待たずして魔術大会が近づいていることを……

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