3-5 俺ができることを

 トイレから戻っても、誰一人俺への態度を変えない。上手くごまかせていたのか、気付かないふりをしていたのか。きっと後者なんだろう。

 もうあの日とは違う。今はこんなにも、信じられる人たちに囲まれている。面倒くさい絡み方してくる奴もいるにはいるけどそれを差し引いても、いいや、差し引く必要性はない。くっそたのしい!


「なーにニヤニヤしてるの、巽君」


「や、まあ。何でもないよ」


 やり遂げて見せるさ。トラウマなんて佳那芽さんの前じゃあ風で吹き飛ぶ紙も同然。たまに指を切ってしまうくらいの物だ。そんなもの、へでもないはず。


「そう言えば、みんな聞いてくれないか」


 部長が何か思い出したかのような表情を見せ、筋トレを止めてみんなに向き直った。


「どうしたんですか、部長」


「ああ、文化祭のことで少しな」


「文化祭……だと……?」


 俺文化祭って受付係とスマホゲームしてた記憶しかないんだけど。なんか話し合うことってあんの? 俺の知らない世界が過ぎる。


「えっと、具体的には何を?」


「この部での出し物についてだな。各クラスでの出し物は明後日くらいになると思うぞ」


「は、はあ」


「二学期の始めってなんでこんなに忙しないのかしらね。学校が始まったばかりなのにもう文化祭なんてね」


 魅羅がため息を吐いて若干憂鬱そうな声を上げる。そんなこと言いながら普通に楽しめるんだろうな。俺は楽しめた思い出ないですけどね。


「巽、目がいつも以上に死んでるよ」


「普段も死んでるけどみたいなのやめい。死んでるけど」


「自覚あったんんだ」


 そう言って、けたけたと玲司が笑う。そんな玲司にまあなと返事を返す。でもこれでもマシになった方なんだよ。ホントだよ。


「もう俺の目の生死はいいから、部で何かするんだろ? 何すんの? てか去年なにしたんすか?」


「ああ、去年はな何もしなかったな!」


「えぇ……何もしてないんですか」


「ああ、人手不足だったからなあ。だが今年は人手は十分にある! 今年ならなんだってできる気がするぞ!」


 何でもは流石に厳しいとは思うが、ここでそれを言うのは野暮だろう。すげえ楽しみにしてるっぽいし。


「それで、部長何かやりたいことでもあるんですか?」


「ああ、実はあるんだ。提案してもいいか?」


 皆に許可を得るように一瞥して、皆が頷いたのを確認してから安堵の様子を見せて口を開く。


「実はな、喫茶店というものをやってみたいと思ってるんだ!」


「喫茶店、ですか」


 佳那芽さんが少し意外そうな声を出す。俺も意外だなと思った。でも悪い意見じゃない、むしろ面白そうとまで思った。きっとクラスの出し物として聞けば嫌だなと思っていたんだろうけど。


「いいじゃない。キッチン担当もいれば個性的なホール担当もいる。シフトさえ上手く組めば行けるでしょうね」


「魅羅の言う通り、だな。俺と後誰かがキッチンにきてくれれば行けると思うし、ホールもさばけるだろ」


「あら、たっつんは両方よ」


「うっそだろ」


「本当よ」


 何それブラック過ぎませんかね。わかった、その分シフト軽めなんすね。……ないかなあ。


「どういう形で店をやるかも決めなければな! 時間を限定してみんなでシフトに入ることもできるが」


 この学校の文化祭では四つのシフトに均等に入る仕組みであるが、部の出し物に限り四つあるシフトのうち一つのシフトに絞って全員で入ることが可能なのだ。二つ三つにすることも可能なのでそこらは部員の人数によりけり。


「まあこの人数だと一つか二つが妥当ですね。三つ四つはきついでしょう」


「そうだな、皆で楽しくやりたいという思いがあるから、一つにするのを提案しよう」


「僕もそれで。確実に巽と一緒になるため!」


「私も賛成です! 巽君と宮原君のイチャコラを収めるため!」


「欲望駄々洩れてんぞおい」


 まあこちらとしても佳那芽さんと一緒ってのは魅力的だし文句ないんですけどね。


「反対意見はあるだろうか。あるのなら聞き入れるが」


 部長の問いかけに対し各々が反対意見がないことを伝えると、部長はこれまで見た中で一番うれしそうな笑顔を見せた。


「そういうことなら話を進めていこうか」


「ですね、服はエプロンとかですかね」


「いや、執事がいいな。絶対に着ないだろうから着てみたい!」


 確かにというのもなんだが、部長は執事とは無縁のように思う。玲司はすげえ似合いそうだが。


「執事×執事かあ」


「どしたの佳那芽さん、なんだかテンション上がってないけど」


 もう誰の執事姿と誰の執事姿のかけ合わせかは聞かなくともわかる。調子でも悪いのだろうか、食いついてくると思ったんだが。


「あんまりしっくりこないんだよね。宮原君巽君のあるじ役しない?」


「巽の、主……?」


 何それ最高、と言わんばかりの目の血走り様。シンプルに恐怖を覚える。


「切実に嫌なんだけど。ていうか執事×執事はダメなんだ」


「私はね。みーちゃんはどうかわかんないけど。私的には主×執事の執事誘い受け」


「俺いっつも誘い受けてんな。またあれですか?」


「そうそうこなれてる感。巽君はずっと受け」


「即答か……酷い」


「巽君はね、そういう星のもとに生まれたんだよ」


「本当にそうならその星即刻破壊してやる」


「そんな! 故郷だよ!!!」


「知らん」


「認知して!」


「んなもん認知してたまるか!? 無茶ぶりにもほどがあるよ!」


 ああもう、さっさといろんな問題片付けてさっさと勝負を片付ければこのBL押しが緩和され……ないだろうなあ。負けても勝ってもBL押しは強くなるだろうなあ。

 ……マイナス方面ばかり考えるのはよくない。勝つという目的と、それに至るプロセスのみ考えていこう。


「ともかく、俺たち男は執事姿として、佳那芽さんはどうするんですか?」


 候補は結構ありますよ。メイドとかメイドとかメイドとか、あとメイド。


「む、そうか。女子もいるんだったな……」


「順当に行くならメイド服じゃないですか?」


 何でもない様子で佳那芽さんがそう言った。これは……自分で言ったということは嫌ではないということですか?そこんとこ詳しく。


「いいの? 朱野さん。一名それを強く希望してる人がいるけれど」


 魅羅の一言で俺は我に返る。別にそんなこと結構思ってただけだし?でもまあ嫌じゃないていうのならば俺に止める権利はないなあ。


「私も執事やるってのも魅力的だけどね」


 なん……だと……? それもいい! 心の中でシャウトしながら両の腕を天高く掲げた。どちらに転んでも実質俺の勝ち。


「どうしようかな。一人だけメイドってのもなって思うし、私も合わせてみようかな。滅多に着れないだろうし」


「いいの? たっつん?」


「は? いいに決まってるだろ。佳那芽さんに合わない服はない」


「や、そんなことないと思うけど」


 苦笑いと照れを交えたような笑みを浮かべる。まあ感想には個人差があるから。


「でも、自信出た気がする。ありがとね、巽君」


「俺は思ったことを本能のままに言っただけだよ。でも楽しみだな」


「いの一番に見せてあげるね?」


「やった、ラッキー」


「そうと決まれば後は細かな事を決めていくか!」


 ***


 文化祭で喫茶店をするために必要な事を八割ほど終えた所で五時となり、今日はこの辺で解散することになった。

 俺は帰路を辿る中、文化祭のことで頭をいっぱいにしていた。一年の頃は授業がなくなる日みたいな感覚でしかなかったが、今年は少なくとも同じにはならない。もしかしたら、佳那芽さんと夢の文化祭デートできたりして? ぐへ、ぐへへ……おっとまずい、気持ち悪くなってるぞ俺。

 空気を吸い込んで、しっかりと前を見て、吸った息を吐き出す。どんなことが起きようとも、正攻法で、佳那芽さんを攻略するのみ。何があろうとこれは絶対だ。

 こんな俺でも、それくらいできる。





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