1-22 どうしてこうも間が悪い?

 部室に急ぐ。そして急ぎつつも冷静に頭の中を整理する。俺が証明しなければならないこと、『好きな人がいない』か『好きな人はいるが俺ではなく沙和ちゃんである』この二つが好ましい。『好きな人はいるが俺でも沙和ちゃんでもない』は個人的には救われるものの、沙和ちゃんに伝え難いものとなるので妥協点に達しない。俺のことが好きな場合は誰も得しない、論外である。

 次にそれらを証明する証言をどう吐かせるかだ。恋の話をしてくれれば簡単だが、そう都合よく話が振られるとは思えない。

 そうなると、二人きりの状況を作った方が手っ取り早いのではないか?ちょっときてくれって言うだけでいいだろうか。

 そうこう考えているうちに部室前についてしまった。とにかく、ここで白黒つけた方がいい。

 俺は一呼吸おいてからドアに手をかけ、開けた。そして入らず横に逸れると玲司がすっ飛んでくる。なんかくる予感はしていた。俺はスルーして部室に入る。


「ちわーっす」


「こんにちは、たっつん」


「天篠先輩」


 光がすぐさま俺によってきた。これは好都合だが焦りは禁物。


「どうした?」


「……さよちゃん、何て言ってました?」


「それを光に言えるならもう言ってるんじゃないか?」


「……」


 ぐっと息が詰まったように黙り込んでしまった光を見て、自分でも一応それはわかっているようだ。


「なあひか――」


「たぁつみぃ!」


 突然横腹に衝撃が走る。リアルにぐぽあって口から洩れると思ってなかった。ああもう忘れてたよ、無実を証明することだけ考えてたからな。


「痛いぞ玲司」


「無視した巽が悪い!」


「俺は危険を感じたから回避しただけだっつーの。ちょ、離れろ、いつまで引っ付いてるつもりだ!?」


 引き剥がそうとするが剥がれない。力弱いはずなのにえらく粘り強いものだ。……そういえば何故か俺の横腹の弱いところ知られてたよな。

 そう考えた瞬間、俺の手は玲司の横腹に伸びていき、適当に突いてみた。


「んあっ」


「ちょ、気持ち悪い声を出すな!?」


「え?なに?なにしたの巽君!?見てなかった!一体どんなえっちなことを!?」


「ああくそ、見てくれれば誤解されなかっただろうに!とにかく離れろおおお!」


「やだね!僕は巽に永久就職するんだ!」


「雇わねえから!絶対に雇わない!」


 ぶんぶんと玲司を振り回し、何とか振りほどくことに成功する。ああもう、疲れたっ!ええっと、いったい俺は何をしようとしてたっけ?

 ……そうだ、光から聞き出さなければいけないことがあるんだった。


「ひか――」


「巽君」


「……どうしたんだい、佳那芽さん」


「再来週のことを伝えておこうと思って。予定はすでに決まってるからさ」


「ああ、そうなんだ」


 でもあと一週間と数日あるし、そこまで急に伝えなきゃいけないのだろうか。


「それでなんだけど、巽君」


「うん」


「行くのは土曜日でいい?」


「ああ、問題ないよ」


「……集合場所なんだけど……私の家にきてほしいの」


 後半部分を耳元で囁かれる。刹那、心臓が跳ねあがる感覚を覚えた。何故、何故照れながら言う?意味深に聞こえてしまうんだが!?


「な、何時に行けばいいかな?」


 俺は何とか平常心を保たせ、そう尋ねた。その際、声は裏返ってしまったが、仕方のないことと言ってよいのではないだろうか。


「んーとね、十時くらいかな」


「わかった。それで、行く場所はどこなの?」


「え?あー、お楽しみってことでどうかな?」


「……?そういうことなら追求しないよ」


 また少し、不安が募る。こうも隠されると、もしかして何て考えてしまう。例えば、BL絡みの何かとか。

 ……あり得無くない。何ならその可能性が高いが、少しくらいポジティブに行こう。じゃないと俺の精神が保てないと思う。

 それで、俺には何か目的があった気がするんだが……

 ……あっ、そうそう。光に聞きださなきゃいけないことがある。俺は光に声をかけようとして、止めた。また邪魔が入るのではないかと考えてしまった。

 ……よし、行けるな。


「なあひか――」


「みんな、少し注目してくれないか」


 ぶちょおおおおおおお!?なんてタイミングで話切り出すんだ!てか俺が変にタイミング伺ったからですね!わかります!


「ん?何か言わなかったか?天篠」


「いえ、なんでもないです」


「そうか、ならば話すぞ」


 こほんと一つ間を開けて、部長は何なを一瞥した。一体何が言い渡されるのか。


「実は今、夏休みに合宿をしようと考えている。期間はまだ調整が可能だ。今まで友情という言葉を使っておきながら部活だからこそできるようなことをしてこなかった」


「なるほど、だからその合宿でさらに友情を深めようってことですか」


 玲司がそう言うと、部長はゆっくりと頷く。まあ確かに駄弁ってるだけだからな。部活じゃなくてもできることだ。それに普通に楽しそうだと思う。


「という訳だ。無論強制ではないが、是非とも参加してほしい所存だ。それで、どうだろう?」


 部長は心配そうにちらと玲司を見る。すると玲司はふっと笑った。安心してくださいと言わんばかりだ。


「行きますよ、僕は」


「……玲司が行くなら」


「アタシもいくわ、部長。たっつんは?」


「ん?行くよ、楽しそうだし。佳那芽さんは?」


「んーと、行くのはいいんですけど、その場合女は私だけになりませんか?」


 まあ重要だな、そこは。同性がいた方が居心地がいいと思う人の方が多いだろうし。


「これじゃあ私暴走します。そして止める人がいないです」


「ああ、そっちかぁ……」


 それも大変だね、うん。俺とか超大変になる未来が見えた。確かに佳那芽さんのブレーキになる存在が欲しいところだ。


「ふむ、別にいいんじゃないか?」


「待って待って待って待ってください部長!考え直してください!ブレーキ要ります!部長は車にブレーキ要らないとか言いますか!言いませんよね!なので要りますブレーキ!」


「お、おう……そうだな。だがどうするんだ」


「……佳那芽さん、誰かいない?」


 特に案が思いつかず佳那芽さんだよりにする。仕方ないじゃん友好関係狭いんだから。

 そんなこと思ってる間に、佳那芽さんはうーんと考える。


「そだなあ、一人思いつきますけど」


「それならその人にきてくれるように頼んでくれ。洲野尾先生もいることだし、それなら問題なかろう」


「いいですね、ちょっと連絡します」


 と言って佳那芽さんは廊下に出ていった。その後部長は光に目を向ける。


「仁科は行けそうか?」


「はい、ぜひ行きたいです」


 ニッと笑って光は行きたい意思を伝える。うん、夏休み早速一つ楽しみができてしまった。


「よし、そういうことならこの日は行けないって日があれば言ってくれ。一週間後には決定させるから、言う期間は五日ほどだな。持ち物なんかも決まり次第連絡する!」


「了解。楽しみにしておくわ」


「うむ。では今日はこれで報告は終わりだ!」


 そう言い、部長は筋トレを再開する。いつも通りの時間に戻ったことを意味する。やっと光に確認が取れるな。今度は誰かに遮られないよう大きめの声で。


「光。ちょっといいか?」


 ***


「どうしたんですか?天篠先輩」


 何も言わずに光を連れ出したからだろう、声から不安を感じる。とりあえず可愛らしく弱々しい声を出すな。俺がなんか悪いことしてるみたいに思えてくるだろ。

 なんて考えながら見晴らしが良く物影が少ない教室棟と特別棟を繋ぐ渡り廊下にきた。玲司たちがこっそりきても気付けるだろう。


「聞いておきたいことがあってな」


「……さよちゃん絡みですか?」


 まあ、そう繋げるのも無理ないか。でも俺が明言するわけにはいかない。上手く回避する方法はなんだろうか。


「……仕返しだ」


「仕返し!?」


「ああ、人の目の前で好きな人を言わされたからな。こうやって連れ出されただけましだと思ってほしいね」


「……ありがとうございます」


 ……そういうことなら別に連れ出さなくてよかったんじゃ。あの場でそう言えば佳那芽さんに何らかの誤解を与えずに済んだのでは?こう考えるとミスばっかりな気がする……

 いいや違う。こうやって二人きりになれば本人の前で言いたくない現象の回避確率を上げたのだ。か、完璧だね!


「というわけで、光の好きな人は誰かな」


「……いませんよ。そんな人は」


 冷たい声色。苦しそうな表情。本当に好きな人がいないって言うならば、何気ない顔で言って見せろと言いたい。


「そうか。わかった」


 そう言うのも、問い詰めるのも今じゃない。そんな気がして俺は踵を返す。


「戻るか」


「はい」


 沙和ちゃんには、好きな人はいないと言っておこう。光には光の問題があるのだろう。その答えを出すのを急かしてはいけない。

 翌日、沙和ちゃんへの報告は朝早くの学校ですることになり、七時半に学校に着くよう出た。沙和ちゃんは校門で待っていた。


「それで、どうでしたか?」


「好きな人、いないんだってさ」


「……そうですか」


 もしかするとそう答えるとわかっていたのかもしれないと、沙和ちゃんの何とも言えないような表情を見て思う。


「……ゆっくり」


「……え?」


「ゆっくりと距離を詰めてあげてほしいなと思って。光は、答えを出そうと頑張ってると思うから」


「答え?」


「そ。だから、今まで通り可愛いアピールを続けよう。効いてるから」


 俺は最後にニッと笑って見せる。この程度の笑みで多少の重さが紛れればと思ったから。


「そうですね、頑張ります!」


 沙和ちゃんも、笑った。俺のような何らかの効果を期待した作り笑顔とは違う、心の底からの笑顔。光が答えを出すのは時間の問題のような気がし、思わず笑みをこぼしてしまった。





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