15話 帰還

 突然に開いた空間の穴ともいうべき「それ」は、異様な光を放っていた。

 それこそひび割れた硝子のように、空間に開けられた穴だった。


 そこからお互いの空気が入り込んで嵐のように吹き荒れている。フライト中に飛行機の硝子が割れたら、きっとこんな風になってしまうだろう。


「ううっ……!」


 あまりのことに、呻くことしかできない。


「う、あ、ああああっ……」


 後ろのほうから女性の声が聞こえる。この嵐に耐えきれないんだろう。

 愛奈は大丈夫なのだろうか。

 なんとか目を開けて、何が起きているのか見ようとする。


「う……」


 きらりと光るものが視界に入る。そこに、見覚えのある人影が飛び込んできた。


「化野さん……!」

「いい加減――……夢から醒めろやあ!」


 右手につかんでいるのは銃だ。

 銀色の弾丸が飛び出し、スローモーションのように虚空に向かっていく。


 鈍い音が響いた。途端に、そこだけ硝子のようにがらがらと崩れて世界の色が変わった。そして、トラックが姿を現わした。


「小僧! 出口だ! 早くしろ!」


 化野の声が聞こえる。

 向こう側の空間がトラックを呑み込むと、彼はすぐにゲートの向こうに撤退した。


「こいつの穴はすぐに塞がれる! 早く来い!」

「は……はい! 行こう、愛奈――」

「……!? おい待て小僧、そいつは……!?」


 化野が何か言いかけたそのとき、ずしんと巨大なものが移動する音がした。

 あいつだ。

 あの巨大なやつが、俺たちを追いかけてきたのだ。振り返ると、巨大な影がこちらを覗き込むように腰を曲げている。


「……だ、だめだ……残りのクシも使い切ったし……」

「お兄ちゃん、帽子も投げて!」


 愛奈が叫ぶ。


「帽子……? こ、これもなのか!?」


 言われるがままに帽子を影に投げる。

 投げてしまってから、大切なものだったんじゃないのかと青くなる。けれども、愛奈はまったく動じていなかった。

 それどころか――。


 帽子がほどけるようにしゅるしゅると一斉にツタのようなものが生えたかと思うと、人影を捕えるように巻き付いた。

 人影と人影を繋ぐように巻き付き、こちらに迫っていた巨大な顔にもくるくると成長しながら伸びていく。やがてその首を締め付けると、巨大な影は苦しげにツタをはずそうともがきはじめた。ツタからはいまや黒いヤマブドウのようなものが生え、急成長している。

 まだ手が自由な人影たちはそのヤマブドウを見ると、今度は我先にと巨大な人影のツタに手をかけた。少しずつ巨大な影の体をのぼりはじめる。自分を苦しめるツタと、のぼってくる人影。巨大な影は次第にその重量に耐えられなくなったのか、体を丸めるように地面に倒れ伏した。


「やった……思ったとおり」

「すげえ……!」

「おい、お前ら急げ!」


 金髪の声で我に返る。

 そうだ、感動している場合じゃ無い。

 金髪と女性が先にゲートにたどり着くと、光の中に倒れ込んでいった。

 愛奈の手を取る。息をあげながら走り出し、ゲートを目指す。

 だがゲートまであともう数メートルのところまで近づいた瞬間、突如地面が崩れ、足が宙を掻いた。


「うわっ!?」

「お兄ちゃん!」


 がらがらと崩れていく足下の下には、真っ暗な闇が広がっていた。

 俺と愛奈はその暗闇に落ちていった。

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