第5話 迷宮事件・1

 衛兵団へと所属することになったその日にゲンと巡回へ行き、路上生活者へ暴行をしていた衛兵たちを捕縛したテスラは、それから数日は何事もなく巡回だけをする日々を送っていた。

 

 とはいえ、ゲンの姿から感じるものがあったテスラは、出来る限り住民と言葉を交わし、街の様子を事の仔細構わず知ろうと努めていた。

 

 「むうぅぅ……」

 

 そんなある日、詰め所内の生活環境隊室で入り口付近の丸イスに座ったテスラは、難しい顔で唸っていた。朝から部屋へ来て待機し、じっとしていることに耐えられなくなる昼前ごろから見回りに出るのが、ここ最近のテスラのお決まりであった。

 

 「ひっ」

 

 テスラの唸り声に驚き怯えて、机の席について書類仕事をしていたコルンがとても小さく悲鳴をあげる。目が隠れるほど前髪の長い小柄なコルンは、見た目通りに小心者であり、粗野なテスラの文字通り一挙手一投足に怯える様子を見せていた。

 

 「はあ」

 「ひぃっ」

 

 そして、ただ存在しているだけで怯えられるテスラは嘆息し、その様にコルンはさらに怯えるまさに負の循環となっていた。

 

 「ふむ、コルンはまだ乱暴なテスラに慣れないか?」

 「乱暴って、オレは別に……」

 「そ、そんなつもりじゃあ……。ごめんなさい、ごめんなさい」

 

 見かねたレールセンが助け舟を出すも、余計にこじれる始末で、ついにはゲンからもため息がもれた。

 

 「はあ……、まあ慣れるには行動を一緒にするしかねぇだろう。コルン、テスラ、俺と三人で見回り出るぞ」

 「おうよ」

 「えぇぇ……」

 

 コルンは悲痛な声をあげたものの、しかし本人からしても今の状態が良くないとは思っているようで、渋々ながらも席を立って動き始めた。

 

 しかし、そのある意味平和なやり取りを遮る様に大きな音をたてて扉が開かれ、その音に全員振り向いて注意を向ける。

 

 「君、ノックくらい……」

 「申し訳ないが、それどころではないんだ」

 

 入ってきたのはかつてテスラを取り調べした厳つい顔の壮年衛兵、制圧隊のロックボルトであった。

 

 「たった今、ダンジョン隊から緊急の応援要請が入った。魔石ゴーレムがダンジョン内から冒険者を追いかけて出現、なんとか入り口で食い止めてはいるが倒しきる決定力がなく、このままでは遠からず街まで侵入される。頼む、セッカン隊からザンキを貸してくれ」

 

 レールセンとゲンは表情をしかめて唸り、コルンは日頃以上の悲壮感で俯いてしまう。魔石ゴーレムとザンキを知らないテスラだけが、首を傾げている。

 

 「ゴーレムくらい数で囲めば何とかなるだろ?」

 

 テスラの言葉にレールセンは状況を整理しようとしたのか、一旦説明を始める。

 

 「通常のゴーレムであれば、そうだ。あれらは巨大で頑丈だがそれだけだからな。しかし魔石ゴーレムは違う、人間大で大して素早くも力強くもないが、通常のゴーレムと比較するのもばからしいほどに頑丈だ、物理的にも、魔法的にも、な」

 「それをザンキってのは倒せるのか?」

 

 テスラが問い返した内容に、ロックボルトは訝しみ、レールセンへと目線で問いかける。同じ隊の隊員であるザンキを知らないという態度に違和感を覚えたからであった。

 

 「残念ながら、ザンキは長期出張中だ。遠方の村で厄介なモンスターが出たそうでな、討伐遠征という訳だ。少なくとも今日、明日には帰ってこないぞ」

 「な……」

 

 レールセンの説明を聞いて、ロックボルトが絶句する。仕留める手段のないモンスターが街へ侵入するようなことがあれば住民の総避難も考える必要があるほどの緊急事態となる、その重大さはベテランであるロックボルトをして状況も忘れて思考停止してしまう程であった。

 

 「あ、あの……」

 

 非常に緊迫した雰囲気の中、小さく手をあげていたのは一番小心者のコルンだった。

 

 「どうした?」

 

 全員の視線が一気に集中したことで再び俯いてしまったコルンへとレールセンが優しい声音で問いかける。それに勇気づけられたのか、コルンは俯いたままで制服のズボンの生地を握り、話し始める。

 

 「え、えと、その……。ザンキさんいなくても、ウチと、……テスラ君で、何とかなるかも、です」

 「は?」

 

 意外な申し出の内容に、ロックボルトの口から疑問の息が漏れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る