第4話 勧善懲悪

 簡単な自己紹介を終えたテスラは、ゲンと二人で街の見回りに出ていた。

 

 「生還隊は手が足りない隊の応援が主任務だけどな、そんなしょっちゅう頼まれるもんでもねぇから普段はこうして勝手に見回りをしとるわけだ」

 「ふぅん」

 

 相変わらず火のついていない煙草を咥えているゲンは、制服の上に部分装甲をつけて腰には刃を潰したロングソードを下げた、一般的な巡回衛兵の格好をしていた。

 

 一方テスラは、服装こそ衛兵の制服がさっそく与えられて着替えているものの、装甲はつけておらず武器も帯びていないため内勤衛兵の格好であった。装甲については動きが阻害されることを嫌ったテスラ本人の意思によるものであるが、武器については後日支給する予定で今は無いとレールセンから申し渡されたためであった。

 

 「ゲンさん! 見回りどうも、これうまいから試してよ」

 「おう、ありがとな。ほいよ、お前も食え」

 「どうも、……うまい」

 

 いくつか露店が並んでいる通りへと差し掛かると、果物を売っていた商人がリンゴを二つゲンへと渡した。受け取ったゲンも一つをテスラへ渡すと、しゃくりとかじりながらしばらくその商人と世間話をしていた。

 

 「あのよ、これが見回りか?」

 「そう見えねぇか?」

 

 話し終えて歩き始めたところで、テスラはたまらず疑問を口にしていた。その表情には単に疑問ということではなく、不満の感情も浮かんでいた。

 

 しかし、リンゴをかじり続けているゲンは、今の行動は見回り、つまり巡回任務であるということに疑問を抱いている様子はなかった。

 

 「衛兵の見回りっつうと、もっとこう……、あるだろ!」

 「ボウズが言いてぇのは、あれだろ?」

 

 テスラがうまく考えていることを言葉にできず、感情だけをぶつけたが、言われたゲンは飄々と、食べ終わったリンゴの芯で通りの先、三人一組で見回り中の衛兵を指した。

 

 その三人は全員が同じく、制服に部分装甲、腰には刃を潰したロングソードという格好で、背筋を伸ばして油断なく視線を巡らしながら歩いていた。

 

 「そう、あんな感じだろ、普通」

 「まあ、あれは犯罪抑止、……要するに悪いやつに悪いことすんなよって睨みつけるためだ」

 

 わざわざ簡単な表現に言い直して説明されたものの、テスラはあまりわかってはいないような、しまらない顔をしていた。

 

 「ほら、あいつらの横でスリをする奴はいねぇだろ」

 「そりゃあ、まあ。当然……、ってああ、そういう意味かヨクシって」

 

 二人はリンゴの芯を近くの街路樹の根元へと投げ捨てると、露店で買ったものを食べるために備えられている簡素なベンチのひとつへと腰を下ろした。遠くに見える三人の衛兵が、いかにも寄るなと言いたげに睨みつけてきたからであった。

 

 足を止めながらもテスラが負けじと睨み返したことに、衛兵たちは反応しかけていた。しかし隣に立つゲンがちらりと視線をやると、三人ともが視線をそらして見回りへと戻っていく。

 

 「んあ?」

 

 あからさまな態度でゲンを避ける衛兵たちと、当のゲンを見比べながら、テスラは不思議そうな声をあげる。

 

 「俺は衛兵内じゃあ、悪名高いもんでなぁ」

 「ゲンさんが?」

 

 特に気にもしていない様子で呟くゲンに対して、テスラは素直に疑問の感情を表した。今も二人の前を通りかかる住民が気さくに挨拶をしていくゲンが、悪名として知られているなど腑に落ちないことであった。

 

 「俺は元々捜査隊の所属で、現行犯以外の犯人を探し当てるような任務をしてたんだけどな? 性分というか本能的に犯罪と思うと見逃せなくてなぁ、衛兵団内のお偉いさんを何人か捕縛まで持っていった時には、まぁ、こうなってたな」

 「何というか、都会の衛兵は面倒くせえなあ……」

 

 一般的な感覚で深刻といえるゲンの過去を、面倒の一言でまとめてしまったテスラに、ゲンは苦笑が抑えられなかった。しかし、都会特有の人間関係の面倒さでしかないのかもしれない、という考え方は新鮮さを感じるものでもあった。

 

 「ボウズの田舎はもうちっと、簡単か?」

 「そりゃあ、衛兵は悪いことしたやつを捕まえる仕事だろ? ヨクシとか悪名とか面倒以外の何なんだよ」

 「はっは! まあそうだなぁ。ボウズはそれでいいんじゃねぇか? 面倒なのは俺や隊長さんがやっとくさ」

 

 相変わらずゲンの表情は苦笑であったが、しかしあげた笑い声は楽しそうに響いた。

 

 「あー! 衛兵のおじちゃんたち、さぼり?」

 

 その時、大きな声に顔を向けると、小さな女の子が一人、ベンチに座って話し込むテスラとゲンを指して、精一杯の厳めしい顔を向けていた。

 

 「おぉ? 怒られちまったな」

 「怒るよー。向こうの衛兵さんは裏道までちゃんとみてたのにー」

 「向こうって、向こうか?」

 

 一生懸命お説教をする女の子に、テスラが先ほど三人組の巡回衛兵が去っていった方を指して問い返すと、可愛らしく頷きながら「うん」と返ってきた。

 

 「裏道か……」

 

 テスラとしては意図があったわけではなく、ただ確認しただけだったが、それを聞いたゲンは少し考え込んでいる。

 

 「何か気になるのか?」

 「あぁ……、さっきの奴らなぁ、そんな熱心に巡回するような連中だったかな、てな?」

 

 女の子が「変なおじさん」と呟いて去っていってしまう程度の時間、ゲンは思考に沈んでいたが、不意にテスラから肩を叩かれたことで顔を上げた。

 

 「じゃあ、見に行くか」

 「……、はっ。そうだな、俺にも面倒くさいのが染み付いてたみてぇだ」

 

 動く前に考え過ぎるようになっていた自分を鼻で笑ったゲンは、苦笑ではない笑い方でテスラへと応えた。その表情はイタズラ小僧のような、あるいはテスラのような顔をしていた。

 

 

 

 住宅や商店が並ぶ通りの端の方、そのさらに路地裏と呼ばれる死角となる場所。普段はあまり人のいないその場所に、今は四人の人影があった。

 

 「やめてっ、くれっ! 俺は何も!」

 「うるせぇなあ。お前みたいのは存在自体が犯罪的だろうが!」

 「はははっ! 違いないな」

 

 肉を打つ鈍い音と、悲鳴と、そして罵声に笑い声。運悪く目を付けられた路上生活者の男が、路地裏で衛兵姿の三人組からいたぶられていた。

 

 この路地裏にはほぼ人が寄り付かないが、しかし路上生活者が数人居ついている場所となっており、今も離れた場所から何人かは様子をうかがっていた。当然この者たちにも仲間意識はあり、暴力を振るわれている男を助けたい思いは覗き見ている全員に共通しているものの、屈強でしかも権力を振りかざすこの衛兵たちにはいつも立ち向かうことなどできなかった。

 

 その時、普段は誰も来ない、あるいは来ようとしても引き返すその現場に近づいてくる足音があった。

 

 「ん? げっ、あいつ」

 

 衛兵の一人が路地裏へと入り込んできたゲンとテスラに気付いて声をあげる。

 

 「ひ、ひぃっ!」

 

 そして続けて気付いた暴行されていた男も悲鳴を上げる。この路地裏において衛兵の制服はそれだけで恐怖の対象となり果てていた。

 

 「ちっ、お前ら、自分たちが何してるか、わかってんだろうな?」

 「胸くそわりぃ」

 

 ゲンが鋭い視線で睨みつけて問いただし、一方的な弱い者いじめへの不快感をテスラが吐き捨てる。

 

 「い、いや、これはあれだ、尋問してたんだ。ほら、こいつ怪しいだろ? それにこれくらいで俺たちともめたら、またアンタ団内で問題に……」

 

 衛兵を容赦なく捕まえる衛兵。住民たちにとっては聞こえが良く、またゲンにとってもそれが疑いようのない正義であったが、それが数々の問題の発端となって、衛兵団内での本人の居場所を無くしていたことも事実であった。それ故にゲンは、レールセンに拾われて生活環境隊の一員となってからは、他の衛兵たちにそもそも近づかないよう振舞ってきた。見てしまえば見ぬふりはできないのだから。

 

 もしこの現場を、少し前のゲンが一人で見つけた場合、苦渋の表情で、なるべく問題を小さくする努力をしつつ、捕縛したのだろう。しかし今のゲンは、隣のテスラと顔を見合わせると、快活でありながら意地悪な表情で、三人の衛兵たちへと向きなおり、迷いなく言い放った。

 

 「面倒くせぇ! テスラ、こいつらぶちのめしてとっ捕まえるぞ!」

 「よし来た!」

 

 正義感に忠実だが思慮深い印象であったゲンの怒声に、衛兵たちは驚き、立ちすくんだ。状況が呑み込めない暴行されていた男も、目を見開き座り込んだまま驚き固まっている。

 

 しかし、そんな状況に構うわけもないテスラは一歩の踏み込みで一番近くにいた衛兵の懐に潜り込み、その勢いで同時に鳩尾へと左拳をやや打ち上げるようにして抉り込んでいた。

 

 「ぐふぇ」

 

 ただテスラが近づいただけで衛兵が崩れ落ちたようにしか見えなかった残りの二人は、ますます驚き困惑した。しかし衛兵として受けている日頃の訓練の成果なのか、疑問や戸惑いを顔に浮かべたまま、腰を落とし身構えた。

 

 「まぁ、剣は抜こうとしなかったってぇのは、ちゃんと報告してやるよ」

 

 冷静に言いながらゲンはテスラを追い抜いて二人目の衛兵にするするとすり足で近づいていき、反射的な反撃で突き出された衛兵の左腕を掴み、足を引っかけながら引き倒した。自らの攻撃の勢いのまま石畳へと背中から叩きつけられたその衛兵は、声も出せずに意識を失う。

 

 「くそっ」

 

 ここでようやく三人目の衛兵は悪態をつく程度の反応を示せたものの、この時にはすでに軽く飛び上がりながら踏み込むテスラが右腕を振りかぶった体勢で、目の前まで迫っていた。

 

 「おらっ!」

 

 飛び掛かる勢いのまま振り抜かれたテスラの右ストレートは、三人目の衛兵の顎先をかすめるように打ち抜いた。打たれた衛兵は糸の切れた操り人形の様に崩れ落ち、その場に座り込んで静かになる。

 

 「おっさん、大丈夫か?」

 「ひ、ひぃっ、俺は何もしてない!」

 

 テスラに声をかけられた路上生活者の男は、強くそして態度の荒いテスラにますます怯え、這うようにして他の者たちのいる路地裏の奥へと逃げていってしまう。

 

 「まぁ、仕方ねぇさ。それよりこいつら連行すんの手伝え」

 

 気絶した衛兵たちを後ろ手に縛って拘束していたゲンは、それでも少し残念そうな声音で言った。

 

 「……ああ」

 

 言われたテスラは面白くなさそうにしばらく路地裏の奥を見ていたが、振り返るとゲンを手伝って衛兵たちを担ぎ上げる。

 

 「さて、隊長さんへは何て報告すっかねぇ」

 「そんなの、こいつら悪いやつらだ、でいいだろ」

 「はっは! テスラは意外と衛兵向きの性格してんなぁ」

 

 少しのバツの悪さと、大部分の爽快感と充足感を声と表情に滲ませて、ゲンはテスラと共に詰め所へとその衛兵たちを担いで連行して行くのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る