第27話 誘拐

 空港の到着ターミナルにアシュレー達が着くと、ゲート前に異様な男が待ち構えていた。身長は2メートルを超え、頭部がまるで狼のように発達した牙を持った、見るからに凶悪そうなギルボア人だ。茶色いローブをまとったその男はアシュレー達に近寄ると、毛むくじゃらの右手を差し出してきた。


「イニクォイアム(こんにちは)、ウェーブライダー」


「ヴェンドール!久しぶりだな、四年ぶりか?」


「最後に会ったのが大戦終結後ですから、約五年ぶりですね。アシュレーさんもお元気そうで何よりです」


「ハッハ、そうかそうか!貿易事業をやってるとは聞いていたが、まさかお前が来るとはな」


 アシュレーとヴェンドールはハグしあい、お互いの無事を祝いあった。皆がその光景をポカンと口を開けて見ていると、アシュレーが皆の方を振り返った。


「おっと、紹介がまだだったな。こいつはヴェンドール。エイリアン大戦では敵方の航空部隊でエースパイロットだった男だ。今は俺達と同じく貿易商人をしている」


「ホッホッ、昔の話ですよ。ヴェンドール・ヴァーハイデンです。お嬢様がた、ようこそドリアスシティへ。歓迎しますよ」


 ヴェンドールはその凶悪な外見に反して、実に礼儀正しくソフィー達に握手を求めてきた。そしてミカとリノにも顔を近づけると、二人はヴェンドールの顔を覆う毛並みの良い体毛に触った。


「ふわふわだ〜」


「モフモフだね〜」


「フフ、可愛いお嬢さん達ですね。お名前は?」


「あたしはミカ!」


「あたしはリノ〜」


「なるほど、よろしくミカちゃん、リノちゃん」


 ヴェンドールが屈めた腰を立ち上げると、アシュレーは彼に質問した。


「ところでヴェンドール、お前が来たってことは、買い付ける商品はお前が手配してくれたのか?」


「ええ、そうです。細胞復元治療機が5台にMRIが5台、それと圧縮小麦カプセルが約2000トンになります。イオ副社長とは話がついておりますので、こちらのリストをご確認ください」


「分かった、ありがとう。...占めて3500万クレジットか。積み込みの用意は出来ているか?」


「宇宙港にコンテナを届けてありますので、今すぐにでも取り掛かれるかと思います」


「了解した。ソフィー、ミア、クロエ、カティー!早速搬入の準備にかかってくれ。運ぶのは精密機器だ、くれぐれも慎重にな。ドノヴァン、一緒に戻ってミカとリノを頼むぞ。俺も後から行く」


『了解』


 クルー達が到着ターミナルからウートガルザ号へと引き返していくと、ヴェンドールがアシュレーに促した。


「どうですアシュレーさん、久々の再開を祝して、軽く一杯」


「そうだな、まだ仕事中だから軽くな」


「美味いバーがあるんですよ。そちらへ向かいましょう」


 そしてアシュレー達が乾杯し、昔話に花を咲かせていた時だった。ポケットに入れてある携帯端末から受信の音が鳴った。通話に出ると、息を切らせたドノヴァンの声が聞こえた。


「アシュレー様!申し訳ありません!」


「落ち着けドノヴァン、どうした?」


「そ、それが、ミカ様の姿が船内中探しても、どこにも見当たらないのです!ちょっと目を離した隙に...」


「何だと?!見ていろと言ったじゃないか!」


「重ね重ね、申し訳ありません」


「俺も今すぐ戻る!」


 その会話を聞いていたヴェンドールが、アシュレーに訪ねた。


「アシュレーさん、どうしました?」


「娘が船から居なくなったそうだ。ヴェンドール悪いが、俺は一旦ウートガルザ号に戻る」


「それでしたら私が役に立つと思いますよ。先程お嬢さんの匂いを嗅いでおきましたからね」


「どういう事だ?」


「ギルボア人は人間よりも遥かに優れた嗅覚があります。私ならミカちゃんの足取りを追えるかもしれません」


「それは助かる。ヴェンドール、一緒に来てくれ」


「分かりました」


 そしてアシュレーとヴェンドールは空港に降り立ち、ウートガルザ号のタラップに着いた。そこからヴェンドールは階段の匂いを嗅ぎ、東の方向を向く。


「アシュレーさん、こちら側からの匂いが強いですね」


「よし、すぐに行こう」


 そして行き着いた先は、旅客機の整備ハンガーだった。そこに一機の小型旅客ジェットが駐機してあり、そのタラップを黒いスーツを来た男二人がミカを抱え、上ろうとしていた。アシュレーとヴェンドールはそれを見て、すかさず腰に吊るしたブラスターを抜き放ち、男二人の行く先を撃ち抜いてタラップを破壊した。


 ミカに当たらないよう注意を払いながら、アシュレーは男たちに向けてブラスターを撃つ。すると黒いスーツの二人は諦めたのか、ミカを地面に置いて一目散に逃げ出した。アシュレーは素早くミカに近寄り、口に縛り付けられていた口枷と拘束バンドをほどくと、ミカの脈を確認する。


 気を失っているだけだった事を受けて、アシュレーはホッとため息を着いた。


「全く、油断もすきもありゃしねえ。ふざけた真似しやがって」


「このチャーター機の行く先を調べさせましょう。それで何か掴めるかも知れません」


「悪い、頼めるか?俺はミカをウートガルザ号へ運ばなきゃならねぇ」


「了解しました」


 小さな体を抱きかかえると、ミカが目を覚ました。


「あれ〜パパ、ここどこ〜?」


「目を覚ましたか、良かった。心配するなミカ、ウートガルザ号に帰ろうな」


「分かった〜」


 そしてアシュレーは足早に船へと戻り、ミカを自室のベッドに横たえさせた。戻ってきた事を知ったドノヴァンが慌てて駆けつけ、部屋の床に土下座する。


「申し訳ありませんアシュレー様!ミカ様は無事でしょうか?!」


「ああ、もう大丈夫だ。薬を嗅がされて意識を失ったんだろう」


「私めが付いていながらこの失態、最早許される事ではございませぬ!」


「済んじまった事は仕方ねえ、顔を上げろドノヴァン。但し、これ以後はリノだけでなくミカにも目を光らせてくれると助かるがな」


「畏まりました!このドノヴァン、リノ様が二人いるとの心づもりで当たらせていただきます!」


「ならいいんだ。さあ、後は外で話そう。ミカを休ませてやらないとな」


 戦闘指揮所に行くと、異常を知ったクルー達が集まっていた。


「艦長、ミカちゃんは?!」


「ああ、大丈夫だソフィー。さっき取り返してきた」


 クルー達はそれを聞いて大きくため息をついた。


「なら良かった。でもどうしてミカちゃんを?」


「さあな。恐らく背格好が似てるから間違えたんだろう。それかもっと穿った見方をすれば、リノとミカの交換誘拐の交渉材料にでも使う気だったんじゃないか?」


「手口があくどいっすね」


「気づけなくて申し訳ありません艦長」


「いや、お前たちのせいじゃねえよ、気にするな。ただ今後は、より一層警戒する事だけ心に刻んで置いてくれ、いいな?」


『了解!』


 その時、タラップから上ってきたヴェンドールが戦闘指揮所に入ってきた。


「アシュレーさん、こちらでしたか」


「ヴェンドール、何か分かったか?」


「ええ。船籍から敵の航路を特定しました。行き先は惑星エイギスです」


「やはりそうだったか...」


「ウェーブライダー、よろしければ私にも事情を話してはいただけませんか?何か助けになれるかもしれない」


「いやヴェンドール、お前まで巻き込むわけにはいかない。これは俺達の仕事だ」


「差し出がましいようですが、惑星エイギスと聞いてピンと来たのですよ。そこにいらっしゃるお嬢さんはリノとおっしゃいましたね。もしかして惑星エイギスの第一王位継承権を持つ王女、リノ・セレスティア・ファイザリオンとは、そちらのお嬢さんの事なのでは?」


「...ヴェンドール、この事は絶対に他言無用にしてくれ、頼む」


「もちろん誰にも言いませんよ、旧知の中じゃありませんか。なるほど、敵方に足取りを辿られてるという訳ですか。盗聴装置か、あるいは盗聴ビーコンを付けられている可能性がありますね。私の知り合いに、そのつてに詳しい方がいます。よろしければ、船内を探索させるよう依頼できますが」


「それはありがたい。是非頼む」


「了解しました、すぐにこちらへ呼び寄せます」


 すると30分後に、身長150センチ程の背の低いギルボア人の老人が5人の配下を連れてやってきた。ヴェンドールが頭を下げて老人と握手を交わす。


「ゼメキアさん、ご無沙汰しております。わざわざご足労頂いて申し訳ありません」


「おお、大きゅうなったのおヴェンドール!さて、早速取り掛かるとするかの。探すのは盗聴ビーコンだけでええのか?」


「その他怪しい機器がありましたら、全て除去願えますでしょうか」


「よし分かった。そうと決まればお前たちは邪魔じゃ!どこか外で適当に暇でも潰しておれ!」


「よろしくお願いします、ゼメキアさん」


「俺はミカを連れてくる」


 そしてウートガルザ号を追い出された九人は、宇宙港内にあるレストランで連絡が来るのを待った。


「ヴェンドール、あのご老体は信頼出来るのか?」


「ゼメキアさんはこの銀河内でも屈指の電気技師です。私も小さい頃から面倒を見てもらっていました。彼なら任せて大丈夫、ご安心ください」


 やがて二時間を過ぎたあたりで、ヴェンドールの携帯端末に通信が入った。


「終わったぞい!皆こっちへ来るのじゃ」


「分かりました、すぐに向かいます」


 全員は席を立ち、ウートガルザ号の戦闘指揮所へと戻ったが、待ち構えていたゼメキアは複雑そうな顔をしていた。それを見てヴェンドールが質問する。


「ゼメキアさん、結果はどうでした?」


「それがな、なーんも見つからんかった」


「それは間違いありませんか?」


「わしを誰だと思っとる!船の隅々まで探したが、それらしい形跡すらなかったわい」


 すると突然ゼメキアは、手に持った盗聴探知機の電源をオンにし、アシュレー達の体に向けてスキャンを開始した。(キュイーン)という反応音が響き渡る。


「やっぱりのう、そういう事じゃったか」


「ゼメキアさん、それはどういう意味です?」


「何、簡単な事よ。こやつらの体のどこかに、盗聴ビーコンが埋め込まれとる」


「俺達の体に?本当かそれは?!」


「嘘を言ってどうする。お前たち全員、一人ずつこの椅子に座れ。全身スキャンするでな」


 アシュレーを一番にしてソフィー、ミア、カティー、クロエ、ドノヴァンと艦長席に座り調べていったが、何も反応はなかった。次にミカを座らせるが、これも反応なし。最後にリノを座らせたが、右手首の付近で機器が強い反応を示した。


「あったぞい、これじゃな」


 アシュレーは反応のあった箇所を見たが、そこには何も映らなかった。


「ゼメキアさん...でいいか?そこはただの素肌があるだけだぜ?」


「そうじゃ。何者かがこの子の体内にビーコンを埋め込んだのじゃ。これを見てみい」


 ゼメキアは装置のスキャンモードを切り替えてアシュレー達に見せた。するとゼメキアの言うとおり、右手首の中心位置に金属片の反応がはっきりと映っていた。


「さて、今取り除いてやるからな。お嬢ちゃん少し我慢するんじゃぞ?」


 ゼメキアは手首をアルコールで消毒し、ツールケースの中からメスと鉗子、ピンセットに注射器を取り出して手術の準備にかかった。それを見たアシュレーとドノヴァンが慌てる。


「おいおい爺さん、本当に大丈夫なんだろうな?」


「リノ様にもしもの事があれば、私はあなたを決して許しませんぞ?」


「心配せんでもええ!ちゃんと医師の資格も持っとるわい!いいから黙ってそこで見ておれ」


 ゼメキアの助手が対面に膝を付き、二人共が手術用のニトリルグローブを装着した事で準備は整った。ゼメキアはリノにはアイマスクをかぶせると、慎重に手首の局所麻酔注射を打った。


「チクッとするが、我慢するんじゃぞ」


「う、うん...」


 麻酔が効くまで10分待った後にゼメキアはメスを手に取り、スッと軽くリノの手首を切開した。赤い血液が流れ落ち、助手がそれを拭いて鉗子で挟み込み、患部の位置を特定すると、ゼメキアは今度はレーザーカッターを取り出した。


 そして手首の筋肉の筋に巻きつけられた、超小型の銀色に輝くビーコンを切除すると、それをゆっくりとピンセットでつまみ上げて取り除いた。そして手早く患部を縫合し、無事に手術が完了する。ゼメキアはリノの手首に絆創膏と包帯を巻き付けながら皆の顔を見た。


「ふ〜、よし終わったぞい。これでもう大丈夫じゃ」


 アシュレーはそれを聞いて、心配そうにリノの頭を撫でた。


「リノ、おいリノ、大丈夫か?」


 目を覆っていたアイマスクを外すと、目に涙を一杯に溜めたリノがアシュレーに抱きついてきた。


「うわああぁあん!アシュレーおじちゃん怖かったああぁぁああん!!」


「よーしよし、よく頑張ったリノ!偉いぞ!!」


 アシュレーは艦長席からリノを抱えあげて抱きしめた。ゼメキアはそれを見て再度盗聴探知機をオンにするが、全くの無反応となった。


「これでもう大丈夫じゃな。この小ささから言って、恐らくはその子が生まれた直後に付けられたビーコンじゃろう。まあ、理由は聞かんよ」


 横で固唾を飲み見ていたヴェンドールがゼメキアの手を取り、握手した。


「ありがとうございます、ゼメキアさん!」


「なーにヴェンドール。それよりも約束のギャラの件は忘れるなよ?」


「もちろんですとも。みなさんどうです、この後は休息も兼ねてドリアスのホテルに泊まっては?」


「そうだな、そうさせてもらうか。治安のいい所で頼むぜ?」


「心得ております。車を用意しますので、皆さん参りましょう」


 そしてアシュレー達は、惑星ドリアスで急遽一泊を取る事となった。



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