第4話 神崎伶奈はコスプレイヤーであって魔法少女ではない

【4】神崎玲奈はコスプレイヤーであって魔法少女ではない。


『ガハハハハハ。それ!飲め飲め!!』


 外はまだ、明るいというのに、酒場の中は盛り上がりをみせていた。


 アニメやマンガで良く見るシーンである。


 テーブルの上には、見た事がない料理が並べられていて、冒険者らしき人達がお祭り騒ぎをしていた。


(くぅ〜!!やばいやばいやばいー!!)


 りのは目を輝かせ、高鳴る鼓動を感じながら、入り口付近でキョロキョロしていた。


 2階建ての建物であるこの酒場は、2階は従業員の寝る場所らしく、階段には立ち入り禁止の紙が貼られており、天井は高い。天井を見上げて見てみれば、3個のプロペラみたいなのがクルクルと回っていて、とてもお洒落な酒場であった。


「いらっしゃいませニャ!お一人ニャ?」


 そんなりのに対し、ネコの耳をつけ、メイド服みたいなものを着ている、一人の店員さんが声をかけてくる。


(これが異世界人との初めての交流……か。か、可愛い♡)


 声をかけられたりのは、失礼のないようにと、深々とお辞儀をする。


「す、すいません!初めてなんです」


(うわぁーー。抱きしめたいんですけど)


「ニャ?それニャら、カウンター席の方で色々と教えてやるニャ。着いて来るニャ」


 くるっと、りのに背中を向けたお姉さん。


 お姉さんの背中を見たりのの目が、輝きを放つ。


(ふ、ふわわわわ、わわ、わわわ!)


 フニャフニャと揺れる尻尾。


 まるで、猫じゃらしのような動き(左右にフリフリ)を見せるその尻尾に、りのの両手はゆっくりあがり、尻尾が右にいけば右を向き、左にいけば左を向く。そんな動作を繰り返す羽目になるのであった。



 カウンター席までの間に、生まれる葛藤。


(マズイ。マズイ。マズイ。マッズーイ!)


 上半身だけ、右、左、右、左と、動き回っているりのを見て、アリアは後ろの方で、深いため息を吐いた。


「…触ったら罰金ニャ」


 りのの怪しい気配?を感じとったお姉さんは、りのを見る事もなくそう告げた。


 野生の勘ってヤツなのだろうか。


「・・・⁉︎」


 ビクッと固まるりのは少し考えた後、お姉さんに声をかける。


「い、いくらですか?」


「オィ!?」


 ふるふるしながらも、お姉さんに声をかけたりのに対し、アリアはりのの右の頬をペシっと叩いた。


 尻尾を触ってお金を払うぐらいなら、お肉を買ってくれという思いとともに。


「じょ、冗談だよ?やだなぁ…はははは」


「・・・」


 あはははっと笑うりのに対し、アリアはじーっと見つめるのであった。


ーーーーーーーーーーーーーー


 そうこうしている内に、カウンター席に着いたらしく、お姉さんがくるっとこっちを向き、両手を腰にあてながら告げる。


「ここニャ」


 そう言うと、カウンターの中に入って行く。りのが、座ろうかどうか迷っていると、カウンターから何かを持って戻ってきたお姉さん。


「私はミヤっていうニャ。ニャにかわからニャい事があったニャら、遠慮ニャく言ってくるニャ」


 そう言いながら、りのに何かを手渡して来た。受け取った物を見て、りのは直ぐにどういう意味なのかを察した。


「す、すいません。ここに働きに来たんじゃないんです」


「ニャ?」


 深々とお辞儀をしながら、受け取った制服をお姉さんに返す。


「初めてって言うのは、ここに来たのが初めてと言う意味でして・・」


 りのはここまでの経緯を、ミヤに話した。


 勿論、異世界から来たなどとは信じて貰えないだろうし、異世界とは?と聞かれたら言葉に詰まってしまいそうだった為、異世界の事は伏せてだ。


「ニャるほどニャ。ニャら、りのは魔王を倒す為に、に来たと言うことニャ?」


「う、う〜ん。ま、まぁ、そんな感じです」


 何かちょっと違う気もするが、とりあえずうなずくりの。


「魔王がここにいるとは驚きニャ」


 そう言うと、辺りをキョロキョロ見渡すミヤ。一卓、一卓ずつ顔を向け、ギロリと睨みつける。


 当然、睨みつけられたお客達からしたら、いい気はしない。


「おい!さっきから何なんだ?何を睨みつけていやがる!」


 一人の男が、ジョッキをドンっとテーブルに置き、ミヤに向かって歩きだした。


(アレ?何か・・話しが違うような・・)


「かかったニャ。あの男が魔王ニャ!この店で呑気に酒を呑んでいた事を、後悔させてやるニャ」


 爪をたて、カウンター席に向かってくる男を警戒するミヤ。


 当然、りのは焦った。


「ま、待って下さい!ミヤさん!」


 ミヤの元に駆け寄り、耳元でボソボソと説明するりの。


 フニャ?っと言うマヌケな声と共に、若干ではあるが、顔がひきつるミヤ。


 男は目の前まで来ていた。


「さ、さてニャ。ドリンクでも作るとするニャ。りのはアイツを頼むニャ」


「な⁉︎無理ですよ!」


 引き止めようと、ミヤの右腕を掴もうとするりのに対し、ミヤはウィンクしながらりのに話しかけた。


「後で、尻尾を触らせてやるニャ」


「ガッテンしょうちのすけ」


「・・・バカじゃ」


 お姉さんに向けて親指を立て、グーっとしていたりの。


 ハッ⁉︎しまった!と、りのが我に返った時には、男はりのの目の前まで来ていた。


 どうしようかと、アリアを見上げるりのだったが、アリアのお手上げポーズを見て、ですよねーっと悟る。


「す、す、すいませんでした!」


 どう考えても、こちらが悪い。


 悪いのだから、謝るしかない。


 子供でも解る事であり、りのが唯一この場でとれる行動である。


 戦うなんて論外だし、説得なんて言っても、向こうが正しいのでまず無理だ。


 ならば謝罪して、許してもらうしかない。


「オィオィ。ねえちゃんが謝る事じゃないだろう?」


 ミヤが因縁をつけてきたから、この男はやってきただけであり、りのを責めに来たのではない。


「い、いえ。か、彼女は・・そ、そう!友達です。友達がしてしまった事を代わりに謝るのは、間違えていないと思います」


 そう言って深々と謝るりのを見て、何か戦う気が失せたと言わんばかりに、男は頭をポリポリかきはじめた。


「あ〜もうわかったから、顔をあげろや」


 なんだか、弱い者いじめをしているみたいで、後味が悪い。と思ってくれたらしい。


 男は、りのに顔をあげるように言うと、何でこうなったのか、怒らないから話すように言ってきた。


 この男の人は、紳士な人だ!と、りのはこの時思った。


(そういえば、人を見かけだけで判断するようなクソみたいな人間になるなって、お母さんに言われてたっけ)


 モヒカンを見ながら、口元のチョビ髭をチラっと見ながら、ゴメンねモヒカンさんと、勝手にアダ名をつけていた。


 これは職業病のようなものである。


 アイドルである自分に対し、ファンは何とか自分を覚えて貰おうと、りのにリクエストをするのがアダ名である。


 りのはコレがとても苦手であった。


 イジっていいのかの判断が難しいのだ。


 気にしてる人も多いだろうから、無難なアダ名をつけるのだが、ここ、ここっと、ハゲアピールをするファンも少なくはない。


 コレじゃぁ、バラエティーなんて無理だよと言う迷惑な、否、有り難いアドバイスと共に。


 閑話休題おわりとにかくだ。悪気はないりのは、ことのてんまつを話し始めた。


「ガハハハ。ねえちゃんが魔王を倒すだって⁇冗談だろ⁇」


 若干、嫌、かなりイラっとしながらも、りのは悪いんですか?と、聞き直した。


 倒さないと、家に帰れないりのにとって、倒す以外の選択肢がまずないのだ。


「悪いも何も、Lv88の勇者だって敵わないヤツだぜ。行くだけ無駄さ」


 ガハハと、笑うモヒカンの男。


 格好からして戦士だろうなぁと、りのは現実逃避気味に考えていた。


(ど、どうしろって言うのよ)


 ギロリとアリアを睨みつけるように見るりのだったが、アリアはプイっと横を向いて、目を合わせないようにしている。


「・・ちょ、ちょっと。話しが違うんじゃないかしら」


バカな勇者が魔王にちょっかいをかけ、魔王が激おこぷんぷん丸。と、りのは聞いている。レベル88で魔王に挑んだ勇者は、果たしてバカなのだろうか?


りのの抗議に、アリアは口を濁らせた。


「・・ちょっと。じゃな」


「そのちょっと(バカな勇者)じゃないわよ!」


 両手を腰にあて、りのの肩の上を飛んでいるアリアに文句を言う。


「だ、だから言うたじゃろ?バカな勇者が魔王にちょっかいを出したと」


「レベル88はバカなの??ていうか、魔王を討伐しないと、家に帰れないんですけど」


 ギャーギャー騒ぐ事なく、ヒソヒソと話していた二人に対し、モヒカンの男は声をかけてきた。


「何なら、ウチらのパーティーに入れてやってもいいぜ。魔王討伐はしないけどな」


 ガハハと笑うモヒカンの男。


 酔っ払っているのか、紳士かもと思った自分の目を疑うりの。


「俺は戦士だ。他にも魔法使いとかまあいるが、駆け出し冒険者故に、レベルはまだ10って所だな」


 右手をアゴにあて、自慢話しのように語りだすモヒカン男。


「お前さんは、見た所…その格好?魔法使いか何かか?」


「え、え〜っと…ア、アイドル、です」


 下を向き、ボソボソっと呟くりの。


 今更ながら魔王を倒すのに、アイドルという謎の職業が恥ずかしくなったのだが、パーティーに入れてくれるというのは重大な事なので、嘘はつけない。


 万が一嘘をついて、モンスターと遭遇した場合、死人がでてしまう恐れがあるのだからと、りのは正直に打ち明けた。


「アイドル?何だそれは。お前さんまさか、本気で魔王を倒す何て事を、考えていないだろうな」


「・・・」


「ガハハハ。面白れぇネェちゃんじゃねぇか。荷物運びをやるってんなら、連れて行ってやってもいいぜ。ガハハハ」


 悔しかった。


 アイドルという職業を、馬鹿にされている気分だった。


 しかし、言い返す言葉が見つからない。


 ここは日本ではない、異世界なのだ。


 うつむき、唇を噛み締め、フルフル震えるりの。震えているのは、泣いているからではない。


 悔しかったからだ。


 高笑いする男に対し、震えていたりのを救ったのは、よく冷えた水であった。


 バジャーン。


「つ、冷てぇ‼︎何しやがる」


 モヒカン男が、水をかけられた方へと顔を向けた。りのもまた、モヒカン男の声につられ顔をあげる。


 そこには、鋭い目つきをしたミヤの姿があった。


「友達を悪く言うニャんて、許せないニャ」


「な、何だと‼︎」


「魔王とか、アイドルとか、そんニャの関係ニャいニャ。お前はミヤの友達を傷付けたニャ。ここから無事に帰れると思わニャい事ニャ」


 シャー!!っと聞こえてきそうなほど爪をたて、鋭い目つきで相手を威嚇するミヤは、カウンター席から、りのとモヒカン男の間に割って入った。


 鋭い目つきで相手を睨みつけるミヤに対し、モヒカン男は、両拳をゴツンと胸の辺りで鳴らす。


「面白れぇ。覚悟は出来てるんだろうな?」


「当然ニャ。りのに謝るまで、許さニャいニャ」


『ヒュー!いいぞー!やれやれ!!』


 一触即発の雰囲気である。


 他の冒険者は、酔っているからなのかは分からないが、何故かノリノリであった。


 りのは二人をとめるべく、アワアワしながら駆け寄ろうとした、次の瞬間。


「・・グハッ」


 何が起こっているのだろうか。


 先ほどまで目の前にいたミヤの姿は見当たらず、モヒカン男の悲鳴だけが聞こえる。


「チッ!オ、オィ、テメェ達!手を貸せ!」


 モヒカン男は、先ほどまで自分が座っていたテーブルへと声をかけ、仲間を呼んだ。


「ったく。しょうがねぇなぁ」


 声をかけられ、三人の男が面倒くさそうに席を立ったのだが、仲間が立ち上がったと同時に、ミヤが襲いかかり、立ち上がってすぐ座り直した。いや、正確には、ミヤによって座り直させられていた。


「マ、マジかよ・・。」


 流石に、モヒカン男も焦る。


 油断していたとはいえ、仲間の三人が一瞬で倒されてしまったのだから、無理もない話しであった。


 モヒカン男の頬は、汗まみれである。


 一か八か、突っ込むしかない。


 モヒカン男は覚悟を決め、カウンターにあった瓶を手に持ったその時であった。


「こ、この・・・馬鹿たれがぁぁ!!」


 ドカァーン!!という音ともに、店内に怒号がとぶ。


 モヒカン男の頭が床にめり込み、両足が宙に浮く。


 りのはカウンター席に一番近かった所為もあり、両耳を思いっきり塞ぐ羽目におちいったのだが、あまり効果はなく、耳がキーンっと鳴ってしまう。


 そんなりのの目の前に、ミヤが降ってきた。


「ニャァ‼︎‼︎」


「ミ、ミヤさん!大丈夫ですか⁉︎」


 大の字でバタンと落ちてきたミヤは、そのまま床に大の字で倒れており、ピクピクと震えていた。


 ミヤが心配になり、しゃがみ込むりの。


「おうおうおうおう!ここは何処だい馬鹿タレども!!」


 そう言って、姿を現した人物に、りのだけでなく、その場の全員が震えあがる。


 静まり返る店内。


「あ"ぁーーん‼︎‼︎聞こえなかったんかぃ⁇」


 ドスの効いた低い声は、それはそれは大層迫力があった。嫌、それ以前に、そこに現れた人物の外見に、迫力があった。


 身長は2mを余裕で超えており、高さもそうだが、どっしりと構えた体格は、力士を連想させる。


「さ、酒を飲む所です」


 一人のお客が、この空気に耐えられず、質問に答えた。


 すると、質問をした人物は、質問を返した人物の方へ体を向け、答えを出したのである。


「違うわ!!馬鹿タレがぁぁ!!!」


「ひ、ひぃ!?」


 店内に再び訪れる怒号。


「ここは、皆んなが楽しむ場所だよ。そんな事も解らないなら、出ていきな」


『す、すいませんでしたぁ!!』


 その場にいた全員が(りのとミヤ、モヒカン男達を除く)一斉に立ち上がり、深々とお辞儀をする。


 その光景に満足したのか、出て来た人物はミヤに話しかけた。


「ミヤ。アンタはそこで一体、何をやっているんだい」


「ニャにって、それはニャいニャ。バーバラが大声を出すからニャ・・」


「あ"ぁん!?」


「ニャんでもニャいニャ」


「だったら、働きな。アンタの仕事は何だい?」


「お客様を楽しませる事ニャ」


「だったら、遊んでないで仕事しな」


「了解ニャー」


 バーバラと呼ばれた人物はそう言い残し、カウンターの奥、厨房へと戻って行く。


 残されたミヤは手慣れた手つきで、モヒカン男達を店の外へと放り投げた。


 勿論、お金が入っている袋を取ってからである。


 ーーーーーーーーーーーーー


 モヒカン男が潰された床は、大きな穴があいてしまっている。


 これではお客様が危ない為、ミヤは直そうとしていた。それを見たりのは、手伝うよ。と、ミヤに声をかけたのだが、お客様にそんな事はさせられないと、断られてしまった。


 仕方なくりのは、ミヤに案内されたカウンターに座り、メニュー表を眺めていた。


 流石に、何も注文しないで出て行けないし、まだお礼を言っていない。


 とりあえず、100Gで買える食べ物を頼んで、飲み物はお水ただで済ませようと、メニュー表と睨めっこしていると、声をかけられている事に気が付いたりの。


 メニュー表から、ひょこっと顔をだすと、そこにはフリフリした水色のゴスロリ服を着た、可愛らしい女の子が立っていた。


「あ、あの・・・魔王を・・討伐する旅に出られるの・・ですか?」


 ボソボソっと呟かれる言葉。


(・・・か、可愛い)


 髪の毛の色も服に合わせてか、水色であり、ツインテールなのが、マジ最高。


 身長は150㎝ないだろう・・胸は・・良し!勝ってる。


 りのが、わりかし失礼な事を想像しているなどとは思いもせず、その少女は告げる。


「か、神崎 玲奈かんざき れなといいます。よ、良かったら、わ、私と・・パパパパパ、パンティーを組みませんか?」


「・・・・ハイ?」


 これが、神崎玲奈という少女との、初めての会話であった。

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